9 魔王城突入
ポッカリと穴が空いたアーチ状の天井からは、魔族領特有の薄暗い空が見える。そこに、弱々しい光が差している。
一行は無意識でその下に集まり、互いに安堵と思案をないまぜにした
ティナによるキュアラの召喚と巨大化は、以前、半竜人の里付近で彼女が見せた浄化魔法と同様のものだろうと位置づけられた。
――なぜ、今回は意識を反転させずにできたのか。魔力消費による昏倒を避けられたのか。
答えはわからないまま、ティナは結果のみを善しとした。
パーティの半数がハルジザードに拐われている以上、こんなところで思い悩む必要は一切ない。
(わかる……気はするけど。考えたくないわ、
ルークの怪我の治癒を終えたティナは、スッと立ち上がった。
「行くわよ。魔王城へ」
「ティナ様? し、しかし。絶命寸前の淫魔が言っていました。この迷宮に出口はないと」
「……ウィレト。上を見て。おあつらえ向きよ」
「…………………………まさか?」
「まさかよ」
首肯すると、ウィレトは目をみひらいた。ゆるゆると視線を巡らせ、うつくしい竜体となったキュアラを凝視する。「本気ですか」
「冗談は言わないわ」
「そうだよなぁ。せっかくデカくなってくれたもんな、キュアラ」
「キュ!」
「……乗る? これに?」
「乗れるだろ」
「〜〜貴様には訊いていないッ、勇者!」
「そこ、喧嘩しない。乗るのよウィレト」
「しかし…………っ、ティナ様、無理です! かたちは違えど、
「……」
とたんに眉を寄せ、苦々しい顔になったティナに、ウィレトが口をつぐむ。
「失礼しました」
「いいのよ。本当のことだし。……あのね、たしかに体は聖女だから、今の私はキュアラを恐ろしい生きものと感じない。けど、心は」
「ティナ」
そっと胸に手を当てるティナを、ルークは複雑そうに見つめた。
ティナは沈黙し、おもむろに宙へと手を伸ばす。
「おいで、カーバンクル」
「はーい」
緑銀の獣は抗うことなくティナの指先にじゃれ付き、するすると肩に降り立った。
頬擦りをされながら、ティナは溜め息をつく。
「この通り、心はさておき、状況が何一つ魔王としての矜持を許さないのよ……。私だって
「え〜!?」
「キュウゥ!?」
「ごめんなさいね、ふたりとも。でも」
抗議の声をあげる聖獣と神竜に、ティナは儚く、申し訳なさそうに微笑んだ。
「必要、だから。あなたたちがいなければ、私は責任を
「ティナ様……」
労るような、かつての従者。
ウィレトは。
長じればセレスティナの伴侶として、慣例的に隣にも立ち得た。“
それから、恭しく片膝をついた。
「――わかりました。御心のままに。我が主、『ティナ』様」
* * *
「ひゃあっっ、はーーーーあ!!!」
「ああっ、暴れんなカーバンクル! 落ち……まぁ、お前なら落ちても平気…………痛てッ」
「ぶー! 聞き捨てならない。もっと大事にしてよね、ボクを!?」
「うえぇ〜」
垂直飛翔。
魔法ではなく、神竜の背に
乗りやすいよう、手綱や鞍を着けてくれた地竜形態の半竜人とはわけが違う。バランスを崩せば
――きつい。浮遊感がえぐ過ぎる。
前からルーク、ティナ、ウィレトが並ぶ。
浮かれたカーバンクルはルークの鼻先をちょろちょろしていた。怒られた腹いせに鼻っ面を尻尾で叩いたところだ。
が、ちゃんと要求を聞き入れて、もぞもぞとルークの胸元に潜り込んでくる。
「黙っていれば可愛いのに」という台詞を、ルークは賢明にも飲み込んだ。
いっぽう、ティナは生きた心地がしなかった。まさか鞘越しであっても神剣を抱きしめることになろうとは……。
背後からは、すっぽりと包み込むように覆いかぶさる元・同族の少年の手が小刻みに震えている。
そのため、そこは敢えて黙秘。己を鼓舞した。
(大丈夫……背に腹は代えられない、代えられない!!!)
だから、なるべく神剣を直に触れるのは避け、ルークの左側の肩甲骨の後ろに頬を当てる。腰に回した腕に力を込めた。
ルークは、ちょっと間を空けてからティナに声をかけた。
「……大丈夫か」
「大丈夫」
「あれ、すっげえ色の葉っぱ? 森が見えるんですが」
「瘴気の森ね。あの中に城があるわ」
「どうする? 突っ込むのか?」
「まさか。さすがにキュアラに良くないわ。アダン様の結界が張られている私たちも」
「え。じゃあ」
ごく、とルークが喉を上下させる感覚が伝わった。
こく、と頷く。
「そうよ。――キュアラ、ブレスの準備を。上のほう目がけて焼き払ってちょうだい。それなら、城は燃えない。思いっ切り風穴をあけていいからね」
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