9 悪だくみの巫女たち

「ようこそ、聖女候補の皆さん。私はアダン。今回の選定祭の総責任者を陛下より任されている。第一王子だ。よろしく」


 洗練されていながらも威風堂々という言葉がしっくりする金髪の美丈夫に、巫女の正装をまとった候補者たちは、ぎくしゃくと膝を折った。俯きながらどの娘も頬を染めている。――ティナ以外。


「顔を上げて」


 す、と面を上げれば、まだ他の者はもじもじと視線を揺らしている。礼も直していない。


(あれ? おかしいな。作法と違った……?)



 スフィネから習った王族に対する態度としては、許しがあれば背筋を伸ばしても構わないはず。

 やや戸惑いを浮かべつつ、はっきりと視線を向けるティナに、アダンはしばらく無言でいたが、やがてにこりと瞳を細めた。


「着いて早々で申し訳ないが、中庭に軽食を用意している。よかったら一緒にいかがかな」

「は」


 思ったよりも俊敏な動きで長身の王子がこちらに歩み寄る。おそらくは、これが『エスコート』という作法なのだろう。突然右手をとられてぎょっとする。

 いっぽう、アダン王子はティナの態度に気を悪くした様子もなく、むしろ呆然と固まる他の巫女たちにも均等に笑みを向けた。


「貴女がたもおいでなさい。陛下がたや、私の弟妹もいるからね。ついでに紹介させてもらおう。楽にして」


「は、はぁ」


 ユガリアではあれほど元気だった意地悪な巫女たちが、いまは全員が全身で気後れしていた。そのことに首を傾げつつ、ティナは礼を言う。「ありがとうございます」


 アダンは、濃い紫の瞳を面白そうにきらめかせた。


「報告書にあった。見事な暁色の髪だね。――君がティナ? 巫女スフィネが代理に推したという」

「はい」


 落ち着いた声音は、頭ふたつほど上からもたらされる。

 ルークよりも年上で上背がある。武芸にも秀でていそうなアダンの足さばきに感心しながら、ティナはゆっくりと頷いた。


「若輩の身ではありますが、誠心誠意候補をつとめたいと思っております。アダン殿下」

「ふうん」

「?」

「君、出身は」

「ユガリアより南東にあります、ヴィヘナという小さな村です」

「聞かない名だね。領主はわかる?」

「えっ、ええと」


 とっさの質問に、ルークから聞いたことと、この二日間で得た知識を総動員して答える。王子は興味深そうに口の端を上げた。


「なるほど。ヴィヘナの巫女ティナか。覚えておこう」

「……? 光栄です」





 案内された中庭はすっきりと整えられており、少人数でのガーデンパーティに適した花と緑の空間だった。

 随分とくだけた席で、中央の大きなテーブルには真っ白なクロスが掛けられ、小さく切られたたくさんのサンドイッチやフルーツが盛り付けられている。

 シンプルな銀の皿やカトラリーは陽の光につやつやと輝き、飲み物が注がれたゴブレットも銀。お仕着せのメイドたちが大勢控え、国王夫妻はすでに着席していた。また、反対側の奥からは高位の女官らしき人物が幼い王子と王女を連れてくる。


「わあぁ! 聖女さまだ!」

「すごいすごい。いっぱいいらっしゃるのね」


 あどけない二つの声に、背後の巫女たちの緊張もようやく和らぐ。

 それを、「これ。聖女様は明日、お決まりになるのよ」と淑やかに嗜める王妃が印象的だった。



 ――――明日。

 いったい、どんな方法で聖女を選出するというのか……?

 この問いばかりは、ティナも他の五名も同じ思いを抱いている。


「まぁまぁ。どうぞ掛けなさい、聖女候補たち。遠路はるばるご苦労であった。アダンよ、そなたも」

「はい。陛下」


 アダンはにこやかに答え、手ずからティナの椅子を引いた。他の候補者たちは控えの男性給仕によって次々に着席を促されている。


 こうして、王室懇親会はつつがなく進められていった。




   *   *   *




「〜〜信じられないわ、あの娘! 殿下にべたべたして。さぞかし有頂天だったことでしょうよ」

「ええ、本当に」

「身のほどを弁えないにもほどがあるわ……!」


 その夜、城内に部屋を割り当てられた聖女候補たちは例によって示し合わせ、ティナ抜きで一室に集まっていた。


 話題はもちろん、ぽっと出のにわか巫女のこと。

 それに、とうとう明らかになった『試しの儀』についてだった。


「知らなかったわね。都の地下に祭壇があるなんて」

「祭壇が勇者の剣が刺さってる岩とも繋がってるなんて。ロマンチックよねぇ」

「あなたって、おめでたいのね。マルチェラ」

「ま! 何ですって」


 マルチェラはぷりぷりと怒った。

 喧嘩になりそうな空気を察し、「それより」と、他の巫女が口を挟む。


「どうするの? あの、ティナって子。抜け目がなさそうよ。万が一あの子が

「…………」


 皆が黙り込み、いっせいに顔色を曇らせるなか、はい、と手を挙げる娘がいた。マルチェラだった。


 マルチェラは得意げに言い放った。


「――じゃあ、地下に降りたあと、こっそり結界魔法で閉じ込めちゃえばいいんじゃない? わたし、そういうの得意よ。絶対に上手くやってみせるわ」



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