8 知らない心
会議のあとは各自解散となった。もうすぐ昼だが軽食をつまんだため、昼食は食べられそうにない。
ウィレトは日没まで静養。
アダン王子は通常勤務。
ルークとティナは客分らしく、のんびり自由時間。あてがわれた部屋は隣同士のため、「戻るか」と切り出すルークに、ごく自然に頷いた。
離れの館から客棟へと戻り、ふたりで歩くと、まるで貴族に対するように使用人たちが端により、会釈してゆく。
ルークは最初、こんな扱いにも戸惑ったらしい。
「まだ何の成果も出してないのに」とは、来て間もないころの彼の言。それがいまや(※傍目には)悠然と進み、王子の小姓たちとは軽口を交わし、王城の騎士たちとも親交を深めているのだから大した順応力だった。
(できるとは思えないけど……)と、ほろ苦く微笑。
そんなとき、ふと話しかけられた。
「――あのさ、あいつと交わした契約って、どんな?」
「え? あぁ。たぶん、人間にとっての主従関係より少し重たい感じかしら。主人と下僕……?」
「何それこわい」
「ふふっ。でも、魔族にとってはふつうなの。相手を上位と認めれば自分の負け。死にたくないなら従うわ。
「よく知ってるなぁ……。それも聖女候補になって習った? それとも冒険者時代?」
「! ええっと……候補になってからよ」
「ふーん」
ぴたり。
ちょうど部屋の前に着いたところでまじまじと見つめられ、ティナは目を逸らしつつ冷や汗が流れるのを感じた。
廊下には、今のところ誰もいない。「じゃ」と短く告げてドアを押しひらこうとすると、ぐっと右腕を掴まれた。
(?)
驚いて振り向き、見上げる。秋さなかの明るい日差しを背に受け、焦げ茶の髪が淡い栗色に透けている。――思いもしなかった真剣な表情。ひたむきな緑の瞳とかち合う。
なぜか、心臓がどきどきとした。
「ルーク?」
「お前、なんか隠してるだろ。思い出したこととか、あるんじゃないか?」
「!!」
「……まぁ、話したくないってんなら、それでもいいけど」
「う」
――――わからない。本当にわからないが、胸が締めつけられて顔が熱くなる。視線を逸らせず、はくはくと口を開閉していると、ひどく不機嫌な顔が近付いた。
日に灼けた、引き締まった頬。ルークの鼻頭と唇が、こめかみのあたりで止まる。
一瞬の思考停止。その隙に囁かれた。
「旅に出る前に言っとく。俺、お前が家出すんのを止められなかったこと、ずっと悔やんでた。……はじめは聞いちまった責任感だと思ってたんだけど。違う。好きだったんだ。いまも」
「………………えっ」
「二度も言わせんな。ぼけなすティナ」
悪態とは裏腹に低い声は柔らかく良く響き、あまり抑えられていなかった。むしろ、体のなかの
茫然自失で立ち尽くすティナに、真っ赤になったルークは、さっと距離を取った。腕を離し、「じゃな」と自室に入ってしまう。
「…………………………っ……え、えええええっ!?!?!?」
不覚。
ちいさく叫んでしまった。
この場合、青くなればいいのか、赤いままでいいのか、さっぱりわからない。
恐ろしく耐性のない混乱状態の
何故に内側から……と、考える間もなく扉が薄くひらき、なかから侍女が顔を出す。侍女は申し訳なさそうに、もじもじしていた。
「お、お疲れ様でございます聖女様。すみません、聞くつもりではなかったんですが、その……ドアを、開けられたので。お迎えしようかと」
「あ、うん。そうね。開けてたわね」
――頼む。皆まで言わないで欲しい。
うつろなまなざしで、ふらふらと部屋に入ってからは、読みもしない神学書をひらいて、ぼうっとした。
里の壊滅。謎の偽魔王。
逃れたウィレトと二人きりですべき、諸々の話し合い。
合流予定の魔法使いにも、あんまり視えたことを喋りすぎないでくれと釘を刺す必要がある。
頭がずきずきするのは、ルークがまとう神気のせいか。ちょろちょろしていたカーバンクルの聖なる気配か……。
頭痛が増してきたティナは、吐息して本を閉じた。
「だめ。ちょっと休みます」
「はい。では、控えておりますので、何かございましたらお呼びくださいませ」
「うん……」
心持ち笑みを含んで退室する侍女が解せない。
ティナは神学書を机に放り出し、ぼふんと寝台に倒れ込んだ。
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