5 初めての防衛戦と、告白
ブルルッと鼻を鳴らす葦毛の馬は林の手前で急に手綱を引かれ、憤慨したように竿だった。騎手の怒気に当てられたようだ。
「……説明してもらおうか」
声を低めたウィレトが馬上からつめたくルークを見下ろす。その後ろからは(物理で)表情がほとんど読めないギゼフ。ほか、騎士が三十名ほど。
「何が」
ルークは背中にティナを隠し、すっとぼけた。
とたんにウィレトが激高する。
「僕が!
「っ」
背後で少女が身を固くした。
ルークは、ふっと息をこぼした。
――当事者として、相手が本当に嫌がったのならあんなことはしない、と、どれだけ訴えたいことか。
(ってえか、こいつ、目が良すぎるだろ。一体どこから見えてたんだ……??)
いっそ素直に『キス』と答えようかと思ったルークは、しかし、タイミングを逃した。後ろから当事者の片割れが飛び出し、ふたりの間に割って入ったからだ。
頬を染めた少女は両手でしっかり錫杖を握り、若干声を震わせながら従者に制止をかけた。
「ストップ! ウィレト。き……、来てくれてありがとう。いまは
「ティナ様、でも」
「そうだな。やっちまおう。おいお前ら、打ち合わせ通り盾隊は聖女を守れ。弓隊は聖女を中心に展開。他の奴は離れ過ぎんなよ。的にされて呑まれっぞ」
「「「ははっ」」」
馬を降りて規律正しく動き始める騎士たちを尻目に、ウィレトは小さく舌打ちした。
渋々と弓隊に続く角を生やした少年に、ギゼフは念押しする。
「お前の腕前は、さっき見た。うっかり勇者狙うなよ」
「……わかっています」
「よし。勇者、お前はこっち。オレが広範囲魔法を連発する間、
「わかった」
「あっ、あの!!」
ルークは、ちらりとティナを見た。
「続きはあとで。ティナ。カーバンクルと連繋しながら俯瞰して。警戒が必要そうな大物がいれば教えてほしい」
「………………わかったわ」
「了解ー。じゃ、真ん中だけ結界緩めるね。がんばって!」
樹上からふわふわとカーバンクルが降り来る。やがてちょこん、とティナの肩に着地した。
パーティーのなかでは最大の火力を擁する魔法使いが「おう」と答える。
こうして第二の殲滅戦は開始した。
* * *
(『続き』って何だ? 『続き』って……!)
動揺を表に出さないよう、魔力の矢をつがえながら無心に狂った元・同胞たちを射抜いてゆく。数が多すぎるので、一度に三本の矢を放っている。
あらかじめ決めてあった方角へ、後続隊を率いたのはウィレトだった。
当初、ルークの作戦で唯一の穴と思われたのは南のスタンピードを迎え討ったあと、どうやって東の合流地点を探るのかということ。ティナがいなければ誰にも正確な場所はわからない。
また、聖獣の力を危ぶむわけではないが、『もしも』は常にある。後続が遅れれば勇者と聖女は失われ、魔物の波は
それだけは避けたかった一同の心配を一気に解消したのが、ティナとウィレトの特別な絆――主人と従魔という繋がりだった。
砦建設の資材団や技師たちを守るため、戦力は分けざるを得ない。
よって、カーバンクルの神気を漠然と察知できる聖騎士ではなく、主の気配を辿れるウィレトが先導役として抜擢された。
――
かけがえのない存在。なのに。
(くそっ。人間風情が!!)
肉体はともかく、セレスティナの魂が内在する現在の主は何があっても尊守必須。魔物からも不埒な輩からも死守しなければならない、か弱い存在だ。なのに、触れさせてしまった。
時おり派手に火柱が立ち、あかあかと魔物たちを焼き尽くすなか、耐性のある火蜥蜴だの荒ぶる竜種など厄介な魔物がこぼれ迫る。
ルークはこれらを手際よく神剣で捌いていった。しかも器用なことに、他の騎士が不利になりそうなところには雷撃魔法で助太刀までしている(※むかつく)。
すべてを掃討するまでかかったのは、およそ小一時間。
効率的に結界をコントロールして魔物を中央のみに集めたカーバンクルの手腕も大きい。
若干の負傷者をティナが順に癒している。傷が癒えた者は皆、戦いよりもこっちに高揚した顔をしていた。あちこちで聖女を敬う声が上がる。肝心のティナは、少しいたたまれないような、バツの悪い表情を見せていた。
理由は、無事にキャンプに戻ってから判明した。
アダンを含む勇者パーティーのみで急遽ひらかれた話し合いで、意を決したティナが告白したからだ。
「ごめんなさい。私は……ティナではなく、『セレスティナ』。記憶がないというのは嘘よ。訳あって、この体に封じられてしまった。ウィレトとは同種の魔族なの。元・魔王でした」
「は?」
「…………」
「あぁなるほど。それで、そんな半端な魔力値なのか」
「え〜〜っ!??」
「!!!」
王子のテントでこそこそと話していた意味がないほど、カーバンクルの反応は素直だった。アダンが、もがもがと喋りたそうな聖獣の口を塞いで言葉を失っている。「まさか」
そのまさかなんです、と、しおらしく伏し目がちになったティナが呟く。
が、そのあとではっきり、しずかで昏い熱を青い双眸に宿した。
「でも、これだけは信じてほしいのだけど。いまの魔王を討ちたいという気持ちは本物よ。この体に『私』を飛ばしたのは、多分そいつだから」
「……セレスティナ様」
その仕草や話し方があまりにも以前の主そのままなので、感極まったウィレトが思わず名前を呼ぶ。
――――ティナは答えなかった。
勇者ルークは腕を組み、いかにも何かを考えているような、徹底した無言を貫いていた。
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