9 求婚どころではありません!(中)

「なんだ、お前ら。付き合ってんのか?」


「……どうしてそうなる」

「! どうしてそうなるんです!?」


 ――時間差でハモった。




   *   *   *




 結論から言うと、敷地内で通りすがりの残業中の下官に案内を乞い、官舎の端っこ、一階大書架室へと案内されてすぐに仲間の魔法使いは見つかった。

 ひと気がないのもあるが、ギゼフは長身で濃い紫紺のローブをまとっているため、地味な格好でもかえって目立つ。探しやすい。


 入口の受付は無人。

 ぼそぼそと話し声が聞こえたので声の方向に行くと、四方をほぼ書架で埋め尽くされたスペースに出た。備え付けの移動階段を使えば二階分の高さはありそうだ。

 うち、ひとつの閲覧テーブルで向かい合う男女がいた。アダンは気負わず「やあ」と声をかけた。その返答が冒頭かと、頭が痛くなる。


(……たったいま……私は、人間の娘ティナとしての色恋どころじゃないんだと肝に銘じたばっかりなのに???)


 王子も王子で、あんな挑発的な告白をして来たとは思えないほどあっさりと流している。同席の女性官僚に会釈し、「歓談中、申し訳ない」と断りを入れた。


「いえ。こちらこそ長くなって申し訳ありません、アダン王子。彼は相変わらずですね。ねえ、ギゼフ。貴方が帰らないと、わたしは書架室ここを閉められないんですが」

「気にすんな。閉めといてやる。鍵寄越せ」

「はあ? 渡せると思ってんの?」

「まぁまぁ」


 一見理知的な美女が、タイトなミディアムショートヘアをさらりとかき上げる。暗い色の髪はあっという間に元通り。細長いフレームの眼鏡越しに紫の瞳が険しくなり、もっさりした黒髪の魔法使いを迫力満点で睨んでいた。

 取りなす王子は慣れているのか、まったく動じない。

 この段で「あら」と女性が呟いた。わずかに体を傾がせてこちらを見ている。そこで、ぱあっと向日葵のような笑顔を見せた。


「ごめんなさいね、貴女が聖女? 大変ね、こんな面子で旅なんて」

「あ、いえ」


 返事に窮していると、察したアダンがこほんと咳ばらいをする。ようやく互いの紹介をし合う姿勢となった。


「ティナ。こちらは昔、クエストで組んだことのある女性魔法使いで、名前はアイラ。今はユガリアで司書官をしている。――アイラ。こちらはティナ。察しの通り、我らが聖女殿だよ」


「初めまして、アイラさん」

「初めまして、聖女様。ふふっ、ティナちゃんって呼びたくなるわね。頑張って。…………で、ギゼフが持ち込んだ調べものの成果だけど。聞く? 掛ける?」

「! はい」


 色っぽい流し目で着席を促され、ティナはアダンとともに彼らと同じテーブルに着いた。

 もっぱらアイラが語ってくれた内容によると、やはり、人間側の記録ではハルジザードは正体不明の霧の魔人とされているらしい。

 絵姿もあったが、たしかにこれでは中身が霧と勘違いされても仕方がない。禍々しい赤黒いローブに無機質な仮面。ご丁寧に手袋まではめており、顔はおろか素肌が全然見えない。おそらく、自分の容姿に絶大な劣等感コンプレックスがあったのだろうが。


(どうしよう。訂正すべきかしら……あぁでも、そうしたらややこしいことになりそう)


 すん、と口をつぐんだ少女にアイラは、ふと気遣うような微笑みを向けた。


「ティナちゃん、平気よ。新しい魔王の戦法がハルジザードに似てるって話だけど。勇者の剣で討ち取れなかった魔王はいないわ」

「アイラ、それは……フォローとしてどうなのかな」

「うん? あら、そうね。ごめんなさい。軽率だったわね」


 悪気なく謝る美女に、ティナももちろん気分を害したりしない。(※どころか、謎の罪悪感で果てしなくしおらしくなっている)


 と、ここでギゼフが別の紙を差し出した。

 大きな地図だ。

 リューザニアより向こう――魔族の地は、基本的に真っ白。せいぜい「山脈」「沼」「深い森」という記述しか。

 ギゼフは、それらの文字を一回ずつ指で叩いて見せた。


「ハルジザードの、人間にとって都合が良かった点は向こうから出て来てくれたことだ。あ、そのバツ印が決戦の場所な」

「……元、カロリアの街。改め『レーゼ荒野』?」

「そう。で、どうする?」

「どうする、とは」


 至極まじめに問い返すと、アイラが一冊の綴りをティナに渡してくれた。


「はい、これあげる。ギゼフが喋りっぱなしだった間、暇だったから写本にしてあげたわ。過去のあらゆる冒険者たちが『探索クエスト』や『狩りハント』に赴いた魔境について、バラバラだった記述をまとめてみたの」

「!! 流石、優秀だね。アイラ。助かった」

「どういたしまして。こっちこそ、おかげでいい仕事が出来たわ。報奨ねだりたいから、無事に帰って来てよね」


「当然だ」

「努力する」

「ありがとう、アイラさん!」




 ――――――――


 その後、ひらひらと手を振るアイラに見送られ、当初の目的通りギゼフを確保したふたりは、街の食堂に寄りたがるギゼフの首根っこを引っ張って領主館に戻った。


 が、一行の耳に入ったのは、彼ら付きにされた使用人たちの、おろおろとした話し声。「どうした」

 アダンが問うと、使用人たちは天の助けを得たように顔を綻ばせ、かつ、祈るように手を組んで叫んだ。


「ああっ! 王子殿下! 良かった、何とかしてください。ゆ、勇者様と従魔の少年が……こんな夜に手合わせすると仰って。ものを壊したくないからと、街の外に出てしまわれたんです!!」




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