10 求婚どころではありません!(後)
この場合、仮にも勇者がこの街で、騎士団の一員として三年も働いていたことが災いした。
何しろ地理に明るい。顔が利く。抜け道と言える騎士時代の通用門を熟知していた点や、門番と顔見知りだったことも。
……『ちょっと本気の手合わせを』(※意訳:街中や修練場じゃできないレベルでやり合いたいんですが)と言えば、訳知り顔で通されてしまう身内ルールも。
――いや、ルークも最初はそこまで
が、如何せんふたりとも『前から気に食わなかった』。この一点において非常に気が合った。
ゆえに、気兼ねなく相手を叩きのめすチャンスが到来しただけだったりする。お目付け役が帰るまで、という制限時間付きで。
「覚悟はいいか」
チャキ、と柄を鳴らしたルークは騎士団から借りた剣を下段に構えた。
「そっちこそ」
ウィレトも抜剣した。同じくユガリア騎士団の剣だ。
これは、“間違ってもティナの従者を神剣で滅するわけにいかない”という、ルークなりの譲れぬ条件であり、それを“勇者の慢心”と受け取ったウィレトの怒りの発露でもある。
両者、半歩ずつ距離を縮める。
なお、半端な魔物はふたりの闘気に当てられ、近づくこともできなかった。
「――ッ!」
「く!!!」
初手はルーク。目にも止まらない打ち込みだった。
持ち前の身軽さを生かして間合いに入り、斜め下から切り上げる。ウィレトは辛うじてこれを避けたが、黒髪が数本舞った。
「お前、弓矢使いだろ? もっと距離取ってガンガン
「……誰が……お前ごときに。同じ武器で充分だ!!」
「っと。うおっ!??」
カァンッッ!!
負けじとウィレトが懐に飛び込む。打ち合いが続いて数度目、ルークは異変に気がついた。
上半身は動くのに、なぜか
さっと視認すると、自分の足の甲に、光る針状のものが刺さっていた。恐ろしいことに痛みがない。いつ仕掛けられたのかもわからず、ひやりと汗が滲む。
「何だよこれ。お前の技? えぐいんですけど」
「降参するなら今のうちだぞ、勇者。身の程をわきまえてティナさまから手を引け」
「おま……っ、そればっかだな!? ド正直かよ! 『
「!! うぁあっ!」
バチッ、と音をたててルークの剣から青白い閃光が生まれ、刃を伝ってウィレトの肘まで駆け抜けた。たまらず叫んだウィレトは苦悶の表情を浮かべ、それでも悔しげな光を目に宿す。そのあとは
「――畜生」
「接近戦なら俺の勝ち。認めろ。そんで、洗いざらい吐けよ。ティナのなかに居るっていう『セレスティナ』のこと。ティナに、どこまで影響与えてる?」
「……あの方の名を軽々しく呼ぶな」
「そりゃ、こっちの台詞だ! 『ティナ』との付き合いは俺のほうが長い。お前のほうが新参なんだよ。ふざけんな」
「!!! この……ッッ!?」
――――――ドオンッ!
「「!?!?」」
まさに二戦目が始まりそうになったとき。
突如、空から本物の雷と見紛う光が落ちてふたりの側の草地を焦がした。辺り一面が真っ白に染まり、地面を揺らがせる。びりびりと空気が鳴った。
そんななか、足音とともに男の声がうっそりと届く。
「魔法舐めんな、小僧ども。やるなら、もっと派手にやれよ。外に出てこの程度じゃ意味ねえだろうが」
「「ギゼフさん」」
未だに剣を打ち合わせたままのふたりに呼ばれ、ギゼフは無遠慮に近寄り、容赦なく両者を引き剥がした。
追いついたアダンとティナが安堵の表情で駆け寄る。
――もちろん半分以上、呆れている。
「良かった、間に合ったか」
「ふたりともっ……! 怪我は?」
「あるかよ。ガキの喧嘩なんざ、放っときゃ終わんのに」
「ギゼフさんは黙ってて。止めてくれてありがとう」
「ちっ」
「「…………」」
毒気を抜かれる光景に、ルークとウィレトは何とも言えない顔になって肩を下ろした。同時に剣を収める。
やれやれとこぼすルークを、ウィレトはぎりりと睨んだ。
「僕は! お前なんか認めないからな!」
「勇者として?」
「違う! ティナ様の相手としてだ!」
(は? そっち……!? 何これ。そういう???)
愕然とするティナに、「まぁ、そんなことだろうと思ったけど」と、アダンのやんごとない声音が降り注ぐ。
ティナは、至近距離ではかなり見上げなければいけないことを学んだ、王子の顔を凝視した。
「アダン様」
「ひとまず説教かな。連れて帰ろうか、ティナ」
「あ、はい」
ぽん、と背を押され、ティナは立場上ウィレトの元へ。アダンはルークの元へと向かう。
「経過や弁明は部屋で聞こう。来なさい」
「……はい」
領主館に戻ったあと、夜間に街を抜け出したふたりは関係者各位に謝りに回らされた。騎士団では後日、すみやかに内規が改められたという。
一行は翌朝、部屋でほとんどを寝て過ごしたカーバンクルも連れてユガリアを発った。
就寝までの大半を説教に費やされた勇者と従魔の少年は、実地で行程説明を受ける羽目になった。カポカポと馬の蹄の音を聞きながら、今朝はアダンと相乗りさせられたティナを眩しそうに見つめる。
「――で、経路だけど。聞いてた? ふたりとも」
「もちろんです」
「えーと、ウィレトが逃げてきた峠は警戒されてるかもしれないから、別方向から入るんだよな」
「そうそう」
ほっと息を吐くティナは、朝日からやや逸れた方向に霞む白っぽい山を指した。
「あそこ。レーゼ荒野を抜けた先の白竜山脈をめざすわ。山登りじゃなくて、あそこの裾野に里がある、半竜族を頼るの。彼らの知恵と力を借りるのよ」
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