3 幼なじみ

 ティナ・エレアランド。十七歳。それがこの身体の本来の持ち主だという。


 “ティナ”の響きは本名の一部と同じだったため、違和感は大して仕事をしなかった。その点に関しては不幸中の幸いと言える。

 が、“魂魄転移陣”を仕掛けられた時点で状況は最悪。現在も災難は続行中。「幸運ラッキー」とは死んでも思わないことにする。




 ――――――――――


 あのあと、ティナは記憶もなく身寄りのないものとして神殿に預けられそうになったが、旧知と言い張るルークによって騎士団舎に連れて行かれた。


 一見男所帯である団舎にも、女中や女騎士が生活するための棟があるという。しばらくはそこで暮らせばいいと。

 また、冒険者稼業に身をやつしていたらしいティナには痛ましい視線を向け、なるべく早くにユガリアでの仕事や住まいを探してやるから、と言われた。


 「どうして?」と問えば、「いやだって。放っとけないだろ」と、唇を尖らせる始末。


 そのくせ団舎を案内するときはしっかり手を繋いで来るあたり、このカラダは幼年時代、よほど危なっかしい存在だったらしい。


(幼馴染、か。セレスティナにもそんな奴はいたけど。こんなに過保護だったっけ……? 人族との差かしら)


 ふわふわと靡くあかがね色の髪。海のような青い瞳。抜けるように白い肌。すらりと伸びた華奢な手足。薄い肢体。

 人界においてはなるほど、庇護欲をかきたてられるのだろう造作を通路の大鏡で確認して、ちょっとだけ納得した。


 ――魔族的にはひたすら「弱そう」。その一語に尽きるのだが。




 そうして翌朝。

 さっそく私服姿で現れたルークに女子棟の面々が騒ぐなか、ティナは強引に街中へと連れ出された。休暇を申請したのだという。


 簡素な庭を過ぎた門扉を開ければ、正面はユガリアの大通り。ざっと見て左手が領主館や貴族の住宅街。右手はいちや各種ギルドのひしめく一般区画と教えられ、こくん、と頷く。ルークは迷わず右に進んだ。


「ひょっとして私の仕事探し? 住むところとか」

「まあそんなとこ。とりあえず案内しようと思って。それに、冒険者ギルドならティナの記録も残ってるかもしれないだろ? 最近の顔見知りとか」


 うーん、と気のない返事をすると、複雑そうな面持ちで見つめられる。

 ルークは手のひらを上衣の裾でごしごし拭うと、おもむろに「ん」と差し出した。


 ――手をとれ、という意味だろうか?

 困惑気味に問いかける。


「あの……私、小さいときもあなたに、こんな風に世話を?」

「いや。逆。どっちかってえと、あのときできなかったことを今してる」

「え」


 反射でパッと見上げると、実にきまりが悪そうに目を逸らされた。焦げ茶色の髪がかかる耳の上辺まで赤い。なんというか、見てはいけないものを見てしまったような……。

 つまり、幼少時は素直に振る舞えなかったということ?


 人族って、わからない。

 妙な辿々しさが満ちて、じれじれと居たたまれない。嘆息まじりに目を瞑る。

(ごめんね。『ティナ』じゃなくて)

 こっそり胸中で謝った。


 繋いだ手は、かさりとしている。

 『ティナ』の手の小ささを実感した。




   *   *   *




「賑わってるね」

「ん? ああ。もうすぐ聖女選定祭だからなぁ」

「! そういえば、昨日も一緒に捕まったひとが言ってたわ。地方から来た聖女候補だって…………何?」

「いや、本当にごっそり記憶がないんだなぁと思って。歩いたら何か思い出したとかさ、ない?」

「残念ながら」


 ふるふると首を横に振る。

 当初の予定通り、記憶はスッパリなくしたことにしたほうが都合がいい。


 直行した冒険者ギルドでは、『照合の石板』と呼ばれる道具に手を当てるだけで、あっさり登録内容が判明した。

 ルークの言った通りの名前に年齢。職業はシーフ兼治癒師。冒険者ランクはC。この若さなら妥当なところだろう。

 ルークは受付嬢に「固定パーティは?」とも尋ねたが、カウンター向こうの女性は困ったように微笑んだ。


「申し訳ありません。ティナさんが最近達成されたクエストは直近でも半年前。単独での希少薬草の採取です」

「その前に組んでた連中は?」

「つど、クエストに応じて変わっていますね。主な探索域はユガリアここではないようですし。その先は何とも……」


 力になれなくてごめんなさいね、と、暗に『お引取りを』と匂わされてしまう。


 ――うん。必要な情報は得られたし、今後もこの体でいる間はふつうに利用したい。


 出禁を言い渡されそうな雰囲気に、私はさっさとルークの首根っこを引っ張っていくことにした。





 あてはないが、ずんずんと街路を進む。

 さすがに扱いは首根っこから手繋ぎに戻しているが、何やらぎゃんぎゃんと後ろからうるさい。面倒なので、考え事はぶつぶつ口に出すことにした。


「ランクCで、シーフ……。だめね、そんなんじゃあ到底討伐メンバーに入れない。なんとか、聖女か勇者に面識を」

「……おーい、ティナ?」

「それなら、やっぱり昨日は神殿に行くべきだったんだわ。あのひと達の誰かが聖女になるんですもの」

「おーい」

「ああ、でも、路線を変えて勇者から当たるべきかしら……? 勇者ってどんな人間が」

「こら、聞けよティナ!」

「? きゃっ」


 ぐんっ、と手を引かれ、業を煮やしたルークに無理やり振り向かされる。

 お前、性格変わりすぎだろ、とか何とかぼやかれるが黙殺。けろりと尋ねた。


「何? ルーク。私忙しいんだけど」

「お前の忙しさの基準ってやつが、俺にはさっぱりわからん……。ほら、あれ」

「ん?」


 くい、と彼が顎先で示す先には白っぽい大きな建物。長い階段には老若男女、様々なひとが行き交っている。鐘楼からは厳かな鐘の音が響いていた。


「お前ん、村の神殿だったのに。それすら忘れたのか? あそこがユガリアのリューザ神殿だ。聖女のこととか気になるみたいだし、寄ってこうぜ」

「えっ! いいの!?」

「そりゃいいだろ。『神殿は万人にひらかれてる』。昔からの慣わしじゃん」

「う、うん」


 心許なげに頷くと、それは予想済みだったらしい。

 ルークは、ぽん、と私の頭に手を置いた。


「ついでに、昨日の巫女さんにも挨拶してけばいい。何だっていいよ。記憶が戻るきっかけになりそうで、ティナが元気なら」



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