4 動かぬ証拠

 リューザ神は光と戦の神として人族に崇められている。

 なぜ“戦”なのかといえば、光たる善であまねく世界を照らすためには避けられないものだからだ。歴史の常として、正義は勝者にしか付与されない。


 ――と、そこまでは中身が次期魔王セレスティナだった自分でも知っている。

 真っ白な円柱が立ち並ぶ回廊を歩みながら、ティナは案内を買って出てくれた神官の話に静かに耳を傾けた。




   *   *   *




「……まことに、昨日は悲惨なことでした。そんななか、次期聖女様がたが無事であられたのは神の思し召しでしょう。御堂に籠もる彼女らとともに犠牲者に祈りを捧げたいとは、大変素晴らしい心がけです。貴女の道行きに神のご加護があらんことを」

「ありがとうございます、神官様。あなたも」


 如才なく受け答えしつつ、ちらりと視線を横に流す。

 ルークが微妙な顔をしているのは、おそらく野盗を殲滅せしめたのはユガリア騎士団じぶんたちだと思っているからだろう。すっかり胡乱な目をしている。

 同じ人族であっても神への思いには個人差があるのだと知って、可笑しくなる。(※もちろん笑いはしない。できるだけ殊勝な顔をしておく)


 ちなみに、魔族には神など存在しない。

 魔族とは、ただ混沌から産まれ、ひたすらに強さを求め、力と運が尽きたものから朽ちる定めにある。

 そもそも人族とは、生殖方法もその意図もまったく異なるのだ。


 血ではなく、魔力を溶け合わせて次代を産み出す行為はいわゆる婚姻によるものでもいいし、母体に魔力を注ぐだけでもいい。

 この際、母体は身籠るリスクを負うため、基本的に相手を選ぶことができる。妊娠期間も魔力の程度に応じてばらばらだ。


 例外として魔力ちからの差があり過ぎる相手では拒否しようもないが、それはそれで死産となる可能性が高い。母体そのものも危うい。


 ゆえに昨日、人族の若い娘がたんなる欲の捌け口として売買されるのは疎ましく感じた。


(あのときの巫女たち、すっかり絶望していたものね……。ああ、むかつく)


 思考がぐるぐると回り、うっかり目つきが剣呑になる。

 出来ることならあんな奴ら、瞬殺してしまいたかった。思い通りにならない歯痒さに、何度目かのため息がこぼれる。


 それで、ふと、続く神官の言葉に不意を突かれた。



「――しかしですね。此度の候補者の中に、残念ながら襲撃のせいで心乱された巫女がいまして……」

「え?」

「まぁ、昨日の今日ですし。予定通り王都で行われる聖女選定祭では落ち着きを取り戻されることを祈ります。

 さ、どうぞこちらへ。ただいま取り次いで参りますね。この時間なら、まだ面会はできるはず」

「あ、はい」


 回廊を半分回ってたどり着いた祈りの御堂は離れのような風情で、小ぶりな鐘楼が備えられている。

 ティナはルークに付き添われながら、アーチ型の門をくぐった。



 そして。

 御堂に踏み入った瞬間、ひとりの巫女にぎゅうぎゅうに抱きつかれてしまった。




   *   *   *




「あああッ! あなた、ティナさんね? よく来てくださったわ! 神のお導きに感謝を!!!」

「ふえぇぇっ!?? や、ちょっと?」


 目を白黒とさせながら、いまや立派な法衣姿となった女性の抱擁にじたばたともがく。

 ルークはと言えば、「なるほど、ご乱心だな」と妙な納得の仕方をしていた。そうじゃないだろう……? (※怒)


 ややあって、ぷはっ、と巫女の腕から逃れ、「あっ」と呟く。

 ティナは、ポカンとした。


「あのときの……ええと」

「覚えてる? 馬車で、あなたに治療してもらったわ。わたしはスフィネ。スフィネ、というの」

「スフィネさん」


 復唱してまじまじと顔を見つめる。強いて言えば、あのとき野盗に殴られて痛々しく腫れ上がっていた左の頬を見つめた。しかし。


「あれ?」

「どうした、ティナ?」

「あっ。あのね。挨拶……したかったのはこのひとなんだけど。傷が」


「そうよ。驚いたわ。治ったんだもの。痛みも嘘のように引いて」

「ええぇっ!!?」


 真剣なまなざしのスフィネが更に近寄り、ぐっとティナの両手を握る。きらきらと盲信的な瞳で覗き込まれ、恍惚と告げられてしまった。


「間違いないわ……! ティナさん。あなたも聖女候補として、わたしたちと一緒に王都に参りましょう? 『試しの儀』がいくつかあるけど大丈夫。わたしが付き人として助けてあげる」

「はあぁっ!? 何言ってんのさ、あんた。立派な候補だろ? 地方からの選出者だっていうじゃん!」

「馬鹿おっしゃい、若造! わたしは敬虔なるリューザ神のしもべ。聖女となるべき逸材を放ってなどおけないわ。第一、神の意志に背いて故郷に錦を飾ったとして、何になるというの」


(うわあ)


 ドン引きのティナに反し、遠巻きに見ていた他の候補者たちからは、まぁ! と、憤慨したような声が漏れた。気の強そうな巫女たちは眉をひそめ、ひそひそと囁きあっている。

 敵意を向けられているのは気のせいではないだろう。

 ティナは、おそるおそる尋ねた。


「あのー、スフィネさん。それ、薬の効用とは考えられませんか……? たしかに私は治癒師でもあります。ランクCで」

「治癒師」

「本職はシーフですが」

「うふふ」

「?」


 スフィネは痣一つないうつくしい頬で、にっこりと笑った。


「ならばぜひ、神殿ここで鑑定してもらいましょう。ご存知ではない? 聖女の魔法は民を癒し、守るためのもの。ひとりの魔王が顕現したとき、人界を守るために必然的に生まれるのです。赤子という意味ではなく、その力が」

「はい…………??」

「これまでも、巫女ではないふつうの女が一夜にして聖女の力を取得した例はあります。試してごらんなさい」


 まさか、とまごつくティナ。

 同じく半信半疑のルークに自信満々で告げられた内容は、自称治癒師のティナにとっては壊滅的に耳が痛いことだった。



 ――だって、あの湿布もちゃんと調べました。

 ただの消毒薬でしたのよ、と。




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