5 聖女鑑定

「間違いありません。聖属性魔力です」

「うそ」


 信じられない。ぽかん、と呟き、たった今手をかざしたばかりの『鑑定球』から離れ、後ずさる。


 あれから案内された別室でまみえた希少品は特殊な魔法鉱物でできており、煙水晶えんずいしょうのような球体だった。いまいち透明度には欠けるが、大きさは両手で包み込めるほど。


 が、ひとたび無けなしの魔力を流すと、きらきらと澄んだ煌めきを湛え始めた。

 今、それは微弱ながらも清水のようであり、鉱物の内側で揺らめいている。ティナにもわかる。“光”だ。


(なぜ……? 中身は魔族セレスティナなのに。つまり、この体が元々聖女になりうる器だったということ? そんなばかな)


「おっと」

「! あ、ごめん」

「いいよ。でも、何で『うそ』?」

「うっ」


 一歩、二歩で後ろに立っていたルークにぶつかった。

 パッと振り向いて謝りつつ、もごもごと口ごもると、はあ、と嘆息される。


「……まあなぁ。お前、実家のこと嫌いだったもんな」

「実家?」

「村の神殿だって教えただろ? 親父さんは神官で、お袋さんは巫女で。小さかったときのお前って、物静かなわりに頑固でさ。『なんで私が継がなきゃならないの。村から出たいのに』って、学校も兼ねてた神殿清掃のときとか、ぶちぶち文句言ってたじゃん」

「ええっ」


 驚いた。この体ティナがある意味、最も宿るべきではなかった器に思える。

 反面、なぜ神殿嫌いだったのか。その一点についてのみ、もし会話ができたなら気が合いそうだとも思えた。


 ルークは、やや項垂れた。


「俺、偶然だけどそれ聞いてたのに。まさか本当に家出するとは思わなくってさ。すげぇ後悔した。…………こうして、ちゃんと冒険者として自活できてたのは良かったけど」

「? けど?」


 ルークは逡巡のあと視線を上げ、ぴたりと目を合わせてきた。


「記憶がないってことは、つまり、目に遭ったってことだろ? やっぱ、責任感じたよ。お前に会えて、滅茶苦茶うれしかったぶん」

「ルーク……」


「あー、こほん。いいですかな、おふたりとも」

「「!!!」はっ、はい」


 鑑定球を布にくるんで仕舞い終えたユガリアの神官長は、いかめしい顔つきで顎ひげをしごき始めた。

 そう言えば、ここは神官長の部屋だと聞いていた。

 傍らで様子を見守っていたスフィネが、そっと問いかける。


「いかがでしたか、神官長さま?」

「うむむ。輝きだけならランクAだ。だが君、本当にいいのかね」

「いいんです」


 判断つきかねるような声色の老人を前に、スフィネは正式な誓願の所作を執り行った。右の手のひらを相手に向け、左の手のひらを己の胸に当てる。


「わたし、スフィネ・ロザールはこのたび、聖女候補を辞退します。代わりにこちらのティナ嬢を」


「「!」」

「本気なのだね?」

「ええ」


 こくり、と真剣な面持ちで頷く巫女に、神官長は長いため息をついた。


「わかりました。では、ティナ殿?」

「っ、はい」

「記憶がないのは不安でしょうが、身元は確かなようだし、『試しの儀』も近い。王都に着けばすぐに始まるからね。今のうちに、こちらのより必要なことを学びなさい。出立予定は二日後。それまで、聖女候補としての滞在を許可します」


「あの、横からすみません。これって拒否はできないんですか」

「できないよ。原則、候補者の数は変えてはならない。――ルーク君、と言ったか。若いが評判は聞いている。騎士だね?」

「はい」


 ぴしりと顎を引き、姿勢を改めたルークは、それだけで騎士らしく映る。神官長は思案げに眉を寄せた。


「いいかね。今度の選定祭は、ただの祝祭ではない。平和時こそ名誉職に近い『聖女』だが、新しい魔王が生まれたとなれば話は別だ。間違いなく大戦になる。そして、ユガリアここは仮想最前線。この意味がわからん騎士はいないと思うが」

「それは」

「聖女選定祭と同時期に、王都では『神剣の試し』も始まるだろう? 皆、あれを岩と一体化した模造品レプリカと勘違いしとるが。慣例では神剣あれを引き抜いた者こそが勇者だ。

 勇者が振るう神剣でしか、魔王に傷は付けられない。だからこそ、君たち騎士団は勇者一行の盾とならねばならない。魔物の大軍勢から彼らを守るためのね」

「………………わかっています」

「うむ」


 苦い顔つきのルークに比べ、老人はとっておきの説教を終えたようなやり切った感を漂わせ、やれやれと控えの神官に指示を出した。


「ティナ殿の部屋を用意しなさい。巫女見習いの教材も」

「畏まりました」


「ティナさんはこっちよ。さ、あなたたち。よろしく頼みます」

「!? ちょっ、スフィネさん? 私、まだ何も」

「ごめんなさいね。神官長も仰ったように、地方に割り当てられた候補に拒否権はないの。最適者がほかに見つかったならともかく」

「そんなぁっ!」


 あれよあれよと言う間にティナは数名のユガリア巫女に囲まれ、部屋から連れ出されてしまう。

 もの言いたげなルークと、ちらりと視線を交わしたが、ろくに話せなかった。



 こうしてティナは、聖女候補に仕立て上げられた。





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