7 瑠璃ひとつ、孔雀石ひとつの耳飾り

 魔を啜る王。

 ハルジザードは、吸血鬼ヴァンパイアのひとりだった。

 『鬼』といっても、彼らは自分たちのように角があるわけではない。ただ、透けるような肌に空恐ろしいほどの美貌を湛える民だった。

 加えて、老いにくい体に高い魔力。見た目と相反する膂力りょりょくを誇り、名の通り吸血行為によって他生物の精気を糧とした。こと、好物である人間に対する魅了チャームは激烈だった。

 過去形なのは、すでに滅びた民だからだ。末裔も眷属も、ひとり残らず。



「……丸ごと? なぜ?」


 ざわざわと賑わう街角。ユガリアに着いて二日目。ふたり、生活魔法に欠かせない魔法具や魔法石の掘り出し物がないかを探しに来ている。王都で出歩いたときのように、今日はルークも黒髪のかつらで変装していた。風貌が目立つウィレトは誤魔化しようがないため、あえなく留守番だ。


 ティナは久々に法衣を脱いで町娘の装い。膝下で毛織りのスカートが揺れている。

 自分のものではない栗色の直毛を背に払いながら、後ろを歩く勇者を振り返った。


「“魔を啜る”と言ったでしょう? 命ごと吸い尽くされたのよ。全員」

「! まさか、たったひとりに……? 子どもも?」

「そう。だから、人間たちの言葉でいえば蛇蝎だかつのごとく嫌われてる。魔族こっちでも」


 物騒な話を淡々とこぼし、ティナは溜め息をついた。



 ――“力”がすべての魔族であってすら、ハルジザードは異端過ぎた。


 伝え聞くのは、彼が生まれたときから醜く縮こまった老人の姿をしていたこと。酔狂で人間の真似事をして彼を産み落とした母親は、我が子を見て発狂した。自死を選んだという。

 彼女は一族を統べる不老者にして吸血女王鬼ヴァンパイアクイーン。貴種のなかの貴種、ヴァンパイア族における始祖だった。それなのに……、と。


 枯れ木のような赤子だったハルジザードは、事切れた女王とともに埋められた。にも拘わらず、地面の下から這い出てきた。母親の亡骸に残っていた魔力を啜ったのだ。亡骸ごと、彼女の幾ばくかの知識や思念も手に入れて。

 復讐心に駆られた彼が最初に行ったのは同族の虐殺。全員を喰らい尽くした。


 そうして、癒えぬ渇きと飢えのために。

 あるいは興味本位で。

 目につく高位魔族の魔力を片っ端から奪っていったハルジザードは、気付けば魔王位にあった。

 だが、それは――



 ティナは自嘲気味に笑った。


「うちの当時の長が、里を守るために苦肉の策で進言したそうよ。『人間の国を攻め落とし、魔力の高い人間を定期的に、好きなだけ捧げさせては』と」

「!? 生贄かよ」

「そうね。でも、結局ハルジザードも勇者には勝てなかった。肉体うつわを神剣で滅ぼされ、一族から吸い取った魔力もすべて失って、塵となって。そう伝えられてるのに……。どうして今さら」

「ティナ」


 立ち止まり、ふっと瞳を翳らせた少女にルークも落ち着かない気持ちになる。

 追いつき、隣に立って肩を抱く。こつん、と額を頭部に打ち付けてもなすがまま。むしろ、すっかり体重を預けてきた。



(こういうとき、こいつ、ぜんぜん跳ね除けないんだよな……)


 ピュウ、と通りから冷やかしの口笛を吹かれてしまい、相手をひと睨みして移動を再開する。

 胸が疼くやら名残惜しいやらで忙しいが、とりあえず手を繋いだ。

 繋いだ手は温かい。ティナの体温だ。



 ――――正直、務めとか、中身が魔王とか、敵が先代魔王だとか、いまはどうでもいい。


 側にいれば切ないほど満たされる。

 思考が止まる。

 抱きしめれば腕の中に収まる。

 柔らかくて温かい、ティナが居る。触れている。


 それだけでドキドキした。




   *   *   *




 大通りから逸れてやや狭い小路を抜けると、流れの商隊が青空市をひらく下町の広場に出る。怪しげなものもあるにはあるが、気分転換にはいいだろうと、それとなく見て回った。


 そのうち、くん、と手を引かれる。

 言わずもがな、俯きがちなティナだった。


「どうした?」

「ルークは……なぜ、私を『ティナ』として扱うの? 話したのに。全部」

「あぁ、そのこと」


 困った。

 こんなに弱った表情かおの彼女を前に、何もしないでいる自信がない。(※真顔)

 ルークは、こそりとティナの耳元で囁いた。


「店先、覗く振りでもしよう。あんまり長く立ち話してると周りから浮いちまう」


 こく、と頷くティナが可愛い。きょろきょろと見回し、適当な装身具の屋台まで彼女を引っ張った。


 幸い恋人連れが数組集まり、楽しそうに品定めをしている。

 店主は店番をしながらアクセサリーを黙々と作る、職人気質らしい中年男性だった。

 指輪、ブレスレット、髪飾り、ペンダント、ブローチ。お揃いのものが多いということは、つまりそういう店なのだろう。細工は悪くない。ふむふむと流し見をしながらティナに話しかける。


「俺さ。お前を『ティナじゃない奴』として見たことが一度もないんだ。お前自身が、どれだけ違うって言い張っても…………あ、これ似合いそう」

「え?」


 栗色の鬘を上手に被ったティナは、青い瞳をみひらいた。

 さらりと頬の横の髪をよけ、左耳に青のラピスラズリと緑の孔雀石が並んだイヤーカフスを着ける。

 ティナは、とたんに真っ赤になった。「ルーク……!」


 なお、ルークは取り合わない。


「親父さん、これいくら?」

「七千銀貨シルバ。一銅貨ブロンズまけねぇぞ」

「払うよもちろん。いい品だし。ほら」

「………お? そうか。へえぇ、見どころあんな、兄ちゃん。じゃ、でいいもんやるよ」


「いいもん?」


 ふたりがじっと見守るなか、店主は作業用の片眼鏡を外し、ごそごそと陳列板の下を探った。一、二……合わせて五つの指輪を精算台の上に置く。


「おい。それって」


 見たことがない、小粒の石が嵌っていた。角度によって色が変わる。台座は細い銀。ひとめで魔法具とわかった。


「いいから持ってけ。試作品だし気にすんな」

「え、ああ」


 店主はそれらを袋に放り込むとルークの手にねじ込み、容赦なくふたりを追い出しにかかった。客なのに解せない。




 領主館に戻ったふたりは、それをアダンに見せた。

 アダンは、珍しく興奮した面持ちで指輪を手に取った。


「これはいい。よく見つけたね。私も噂でしか知らなかった。現物を手にするのは初めてだ」

「噂?」

「うん。指輪に魔力を流して、同じ指輪を着けた者どうし、離れた場所でも一度だけ声を伝えられる逸品を作る魔法具職人がいると……。ただし滅多に会えない。通称“幸運の指輪ラックリング”」

「!! そ、そんなにすごいおじさん!?」

「良かったね、ティナ。お手柄だった。ルーク」

「任せろ。人徳ってやつだ」


「……なーに、馬鹿なこと言ってるんだ。さ、ティナ様こちらへ」

「あ。ウィレト。ただいま」

「お待ちしていました。ご無事で良かった」


 領主館の当てがわれた客間で、わやわやと人心地つく。ティナは、そっと背中越しにアダンと話すルークを見た。


(何だろ。いつの間にか元気づけられたみたい。私………………、あれ? 『私』はセレスティナなのに)



「……」


 不思議そうに瞬く少女の耳に、金を含む青い石とつややかな緑の石の光る飾りを見つけ、鬼族の少年は、む、と口の端を下げた。



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