6 最後の賭け

 結論から言うと、角は存外に手強かった。

 ゾアルドリアの剛腕をもってもビクもせず、仕方なくルークが神剣を根本にあてがい、渾身の力で切り落とす。

 声にならない咆哮を上げるハルジザードを見る限り、それは筆舌に尽くしがたい痛みだったのだろう。


 ――もし、戻れたとして。私はに耐えねばならない。


 ティナセレスティナは痛切な思いでルークからみずからの角を受けとった。顔を上げ、仲間たちを順に見渡す。

 そうして、ずっと沈黙を守っていた神獣とおごそかな佇まいの竜に視線を止めた。


「ありがとう、カーバンクル。ずいぶん……高度な結界を張ってくれていたのね。おかげで城内の誰も、この部屋の異変に気づいていないわ」

「えらいー?」

「偉いわ。キュアラも」

「キュイィ」


 蒼くきらめく竜体に、真っ白な羽と尾を持つキュアラが得意げに振り返る。

 彼女は、部屋に面したバルコニーの外を警戒していた。

 急に翼ある魔物が飛来したとして、いつでも迎撃できるようにするためだろう。心強いことだった。


 ――やり通さねばならない。何があっても。


 意を決し、残りの面々に指示を出す。


「ゾアルドリアとルークはそのまま。ギゼフは私の側へ。アダン様とウィレトは全体に気を配って。どんな事態になっても、対応してほしいの」

「……仰せのままに」


 口答したのはウィレトのみ。他はみな、無言で頷いた。




   *   *   *




 左手に漆黒の宝石に似たセレスティナの片角。聖女の錫杖を右手に、ギゼフの側に歩み寄る。

 使うのは魔族にとっても長い間禁忌とされた、いにしえの術。


 もっとも、ハルジザードが魔王として君臨する以前から術は存在した。目的は、主に衰えた魔王が新たなを肉体を得るため。“器”は基本的に新鮮な亡骸とされている。


 が、この場にそんなものはない。

 よしんば移せたとして、神剣で斬られた瞬間にも不可視の幽体となって逃げるのだろう。


 ……で、あるならば。

 


「思い詰めんな。さっさと話せ。具体的にはどうする? オレに、どうして欲しい」


 ちらりと角を一瞥したギゼフが淡々と問う。

 このひとのこんなところに、旅の間、どれだけ救われていたのか。居場所を得ていたのかをあらためて感じて、ティナはふわりと笑んだ。


「知識はある。行使にも問題はないわ。魔族は術式を心に描いて、イメージを現実にかさねることで『それ』を発動させるの。けど、いまの私は人間ティナの体にいるから、魔族としての力が壊滅的に足りない。魂にそなえた分しか」

「なるほどな。水がいくらあったところで火はつかねぇ。油か。しかも、本来の水は損なわねえように」

「そういうこと」


 こく、と頷くと、ギゼフは鋭い目をさらに細くした。ティナのなかの“何か”を計っているようだった。


 やがて得心がいったように彼から近寄り、角を持つティナの左手を両手で包み込む。自身の長い杖は脇に挟み、肩に立てかけていた。


「なら……わかった。見たところ、お前さんの白いほうの力は、けっこう目減りしてる。魔力切れってほどでもないが、相殺は最低限になるよう、オレが補助しよう。オレが、黒い力とお前を繋ぐ。杖の代わりをしてやる。好きにしろ」

「ありがとう」

「で? あいつを剥がすんだろう? どこに宿す気だ。まさか」


 ギロ、と睨まれ、ティナは観念した。唇の片方だけを上げる。流石に誤魔化されなかったか……と、自虐めいた笑みとなる。


「どっちにしようかは、かなり悩んだのだけど。、遥かに勝算が高いのよ。――悪く思わないでね。ルーク!!」


「!? 何だよ!」


「今から、私は賭けに出る。私だけでは勝てない。あなたの大切な幼馴染を巻き込むわ。もし……もしもッ」


「ちっ、くそがっ!」

「ティナ!?!?」

「!!!! こ、これは」



 ヴォン………


 空気が低く唸る。

 室内の闇が、ひとたびくらさを増した。

 密度を濃くした光と闇がせめぎ合い、火花を散らす。ティナを中心に。

 悪態をついたギゼフは額から脂汗を流しながら、それでも耐えていた。無言で半眼となり、歯を食いしばっている。セレスティナの折れた角が内側から銀の光を放っていた。呼応するように――


「む。始まったか」


 ゾアルドリアが呟いた。

 激しく暴れていたハルジザードが、やおら動きを止める。ぐったりとした肢体の衣服を整え、そっと横たえた。


「嘘だろティナ」


 光と闇の円陣はティナと、片角を失ったセレスティナを束の間繋いだ。つまり。


「っ…………ぐ、うぅ!」


 喉元からせり上がるような声を絞り、ガシャン! と派手な音を立てて錫杖が倒れる。

 同時に姿勢を崩したギゼフを、アダンが。

 同じく崩折れたティナを、駆け寄ったウィレトが支えた。


「セレスティナ様!! なんてことを!!」


 涙目のウィレトの向こうに、さあっと青ざめるルークをみとめて、瞳の色を赤く転じさせたティナはギリギリの声音で訴えた。



「おねが……い。もし、髪の色まで黒になったら、そのときは神剣で貫いて。『聖女』は大丈夫……死なない、から」


 震える体をかき抱いたまま、ティナは、かくりと意識を手放した。



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