5 角を捧ぐ魔王
意志を取り戻したアダンの瞳には、初めて見る熱がある。包み込むような、それでいて求めたものをやっと手に入れたような……。
戸惑いつつ、王族が個人に剣を捧げるという、おそらくは未曾有の事態に関しては全力でスルーした。ティナは、きゅっと唇を引き結んで振り返る。
ティナのまなざしに、一同のそれも倣った。
諸悪の根源と言っていい、厄介な
ゾアルドリアは騒動の間、よく心得て魔王――異端のハルジザードを押さえ込んでくれていた。目が合うと「やっとか」と口の端を下げ、辟易と呟く。
「で、どうする? こいつの落とし前は。勇者の剣なら確実に滅ぼせるんだろう」
そうね、とこぼそうとしたティナの相槌は、ルークとウィレトの被せぎみな返答にかき消された。ふたり、同時だった。
「いや、それはだめだろ!!」
「反対です。セレスティナ様に非はありません」
「けど……」
「けど、じゃない。何かないのか? さっきの“浄化”みたいに、中身だけを追い出す方法が」
「――――
紅唇から低く、地を這うような声が漏らされる。ゾアルドリアは心底いやそうに眉をひそめ、ぎりりと組み敷いた女性の両角への圧をつよめた。
ハルジザードはそれを鼻で笑い、にちゃりと顔を歪める。
「我こそは不死。不滅にして魔王を越えしもの。たかが人間の聖女ごときに消されはせぬ。忌まわしき勇者の剣でもな」
「なんだと!?」
「試してみるか? 構わんぞ。『これ』は、なかなか使い勝手は良かったが、魔力を引き出せぬ器など
「この……っ!」
余裕の態度を崩さない不死の魔王にルークは色をなし、慌てて背中の神剣の柄を握った。
――斬るためではない。神剣ファルシオンは強烈な邪気を感じとり、カタカタと鍔鳴りしている。今にも飛び出そうなのを抑えるためだ。
いっぽう、ウィレトは顔を真っ赤にして怒りを爆発させた。
「下衆め! 言うに事欠いてセレスティナ様を愚弄するか!! 何のために主がッ……僕に
「ウィレト」
「だめです。言わせてください! こいつは、何もわかっていない。僕たちにとって、角を欠くことがどれほどの苦痛と不名誉を伴うか」
「……」
「鬼族にとって……ことさら魔力操作に長けた闇夜月の民にとって、角は誇り。魔力の源です。角が欠けるのは弱き者。折られるのは罪人しかいない」
「私は、わかってるわ」
「! だからこそ! 許せないんですこいつが……ッ。なぜ!! よりによって貴女の体で。こんな」
「同族喰いを、か?」
「「「「「!!!!」」」」」
「――黙れ。セレスの体だとわかっていながら首をへし折りそうだ。どうする? セレス」
「……」
ティナは唇を噛んだ。
ゾアルドリアなら、それは可能だろう。
脆くなった角を完全に折り、空いた手で首をひねることなど造作もない。
ティナは慎重に思案し、漠然と考え続けていた打開策を口にする。
「魂魄、転移陣」
「は?」
「
「くびり殺そう」
「待ってったら!! 聞いて。魔王を殺せるのは勇者のふるう神剣のみ。これは変わらないわ。うろちょろするハルジザードの魂が問題なの」
「それは理解しているが」
「助かるわ。じゃあ、なぜ、そいつは今ものうのうと私の体に宿っているんだと思う?」
問いかけに、ゾアルドリアは怪訝そうに眉を寄せた。
ティナはこくりと頷く。
「言ったでしょう? 『魔力を引き出せぬ』と。とっくに引き出そうとして、できなかったのよ。術の行使も試したはずよ。でなければ嫌がらせのためだけに
「では、つまり?」
固唾をのんで見守る、皆の視線が集まる。
ティナは目を閉じ、無意識で胸に手を当てた。緊張に逸る鼓動を深呼吸でいなす。
「私がやるわ。でも、この体では魔力が足りない」
「!? お待ちください、まさか」
何かを察したウィレトが動いた。
それを手で制し、ティナは、ひたとゾアルドリアを見つめる。流れるように振り向き、今度は長身の魔法使いに懇願した。
「角を――……折って、ゾアルドリア。ギゼフ、補助を。あれを、術の触媒にします」
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