2 蠢く闇

「ちっせえなあ。お前、子どもんとき、ちゃんと好き嫌いしないで食ったか?」

「! ぐっ」


 容赦なく弱点を突かれ、ティナは悔しげに唸った。



 日は暮れ、野営地ではパチパチと焚き火がはぜている。

 その火明かりを受けながら、やれ立て、座れ、魔力を込めてみろなどの命令三昧。新品の錫杖を渡され、言われるがままに従った結果が謎の言葉攻めとは。


 被虐趣味はないティナは、しかしティナの子ども時代を知らない。

 言い返せずにむくれる初々しい聖女を、周り中の騎士たちが微笑ましく見ている。


 残念ながら、子ども時代について代弁してもらえそうな勇者や、絶対的な味方の従者はここにいない。カーバンクルを連れたアダンに伴われ、近隣の魔物狩りへと駆り出されている。

 夜間の安眠を守るため、と言っていた。おそらくは数減らしなのだろう……。


 孤軍奮闘のティナは精一杯の反論を試みた。


「ち、小さいからって何よ!? そもそも杖の調整に身長は関係ないんじゃ」

「ばーーーか。大有りだ。身の丈に合った獲物じゃなきゃあ、要らん怪我するだろうが。それに、オレたち魔法職にとっての杖は魔力を効率よく発現させるための道具ってのはもちろん、接近戦の立派な武器でもあんだよ。ほら、見てみろ下」

「下?」

「あー、石突いしづきってんだ。わかるか」

「ああ。これね、地面に打ち立てるほう」

「そうそう。貸してみろ」


 言うだけ言ったギゼフはティナから錫杖を受け取り、やや後ろに下がって空間を確保すると、まるで棒術のようにそれを振るった。


 ――くるくると回す。横薙ぎに払う。

 ――上から振り下ろす。見えない敵を突く。


 根幹にあるのは体術のようだった。身のこなしに無駄がない。先端部分のすずの輪が揺れ、ぶつかり、凛とした音を奏でる。泰然とした所作の数々に、思ずため息が漏れる。

 騎士たちからは、おお〜、と、どよめきが上がった。時おり拍手も起こる。


 最後に、トンッ、と石突で地を鳴らしたローブ姿の魔法使いは、ほれ、とティナに錫杖を返した。


「な? やってみろ」

「……できるわけないって、わかってるのよね……?」


 オレンジの明かりに、白いおもてが憂える美少女そのもののまなざしを湛える。

 ギゼフは、にやりと笑った。


「大丈夫だ。できる」




   *   *   *




 王都を出立した一行は、初代勇者たちのような地道な徒歩による旅ではなく、南方・ヴィヘナに砦を建設するための資材団およびその護送騎士団とともに行動している。

 よって、野営ともなれば一大軍営のような規模となる。曲がりなりにも一国の王子が同行しているので当然とはいえ、なかなか破格の扱いだった。

 町に泊まらないのは、これが魔物退治のための行軍でもあるからだ。


 ――通常、魔王が生まれれば先制攻撃や主要都市への攻略は半端ないはずだが、当代に限って言えば侵略行為はまだない。むしろ人間たちのほうから戦を仕掛けるという、稀なパターン。


 そんな流れのなか、たったいま巨大な熊の魔物を仕留めた三名は、各自の剣の血糊を振り切ったあと、淡々と話し合いを進めた。


「さて。どう見る? ウィレト。そちらでいう『偽』魔王の動向は」

「……やられた側からすれば、ですが。“まだ人間に手を出す段階ではない”。そう感じました」

「つまり、一枚岩ではない?」

「それもあるけど、そうじゃない。傘下の取りまとめなんか、力ある魔王にとってはどうでもいいことです。おそらくですが、『奴』には何かが欠けている……。だから、同族の僕たちを滅ぼしに来たんです。脅威になるからか、必要だったからか。それはわかりませんが」


「――聞いた感じじゃ、皆殺しってわけじゃないんだな。連れて行かれたのは男も女も子どもも関係なく、か?」


 アダンの首環の効力か、神剣はウィレトを敵とは認定しない。そのため、すんなりと背中の鞘に刃を収めたルークが問う。

 じろりと斜め後ろに視線を流したウィレトは、愛想のあの字もない様子で答えた。


「…………僕は、先に人間たちの都ファルシオンまで遣わされたから。連中がどこまで里を蹂躙したかは、遠目にしか見えなかった。追手をまきながら山越えしてたからね。気がついたら派手な遠隔魔法が里に着弾して、結界が粉々になっていて……。生存者たちは大量の石人形ゴーレムに運び出されて列に……――って、お前、『無神経』って言われないか? そんなんでよくティナ様の幼馴染がつとまるな」

「俺、なんか悪いことでもしたか……? なんで、そこでティナ」


「と、も、か、く!! 僕はお前なんか認めない。あのかたの隣に相応しくない。偽魔王を倒したら、さっさとあのかたを解放してもらう。いいな?」

「言われなくとも……! 俺だってそのつもりだ。あいつを危険な目に遭わせる気なんか、毛頭ない」


「まあまあ」

「うわぁ〜、青春〜、アオハル〜。やばいね、若いっていいねアダン」

「私に言われても」


 アダンはキャンプに戻ろうとする道中、いがみ合いが発生した十代男子(※見た目年齢含む)をどうどうといなそうとしたところ、肩に乗ったカーバンクルに見事に混ぜっ返されてしまった。

 じつは、夜陰でもほのかに輝く彼は、松明たいまつ代わりになって重宝するな……とは、三名共通の認識だったりする。


 そこはかとなく毒気を抜かれ、ちょうどいい沢地に張った野営地に戻ると――なぜか、血相を変えたティナがギゼフを伴い、こちらに向かうところだった。

 先頭を歩いていたアダンが、すうっと表情を引き締める。「どうしました? ティナ」


「はっ、はあ、アダン様。良かった、そんなに遠くにいなくて」


 息は上がっているものの、さすがは元・シーフ。裾の長い法衣をものともしない軽やかさで走り寄り、かろうじて息を整えている。

 暗闇に浮かび上がる白い装束。

 赤い髪の少女は顔を上げ、唇をわななかせながら訴えた。


「た……大変よ。魔物の群れの気配がするの。ここじゃないわ。ここは通過点に過ぎない。たぶん、奴ら、王都に向かってる……!」



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