第二章
1 華やかさの影に
魔王討伐に向かう一行への激励と披露目を兼ねた式典の朝。
王城の前庭に面した棟の二階、『バルコニーの間』では、昨夜ぎりぎりまで工房の仕事を片付けていたらしいギゼフを迎えに出たルークを除き、アダンとティナ、ウィレトが待つ。予定の時刻まではもう少し。国王の姿もなかった。
壁一面の硝子窓の向こうは水色の晴れやかな空。登城を許された民のざわめきが熱気となってひしひしと伝わる。
形式上、見るからに人外のウィレトは、ティナが調伏した高位魔族として仲間にすることが認められた。
かつてのカーバンクルも神代においては魔獣だったことを前提に、周辺国や民に経緯を知らせ、安全を保証できるならば、と念押し付きで許可を取り付けたらしい。
ティナは淑やかに頭を下げた。
「ご尽力ありがとうございます、アダン様」
「どういたしまして。で、これをふたりに身に着けてほしいんだが」
「それは?」
ウィレトが目を瞬かせながら問う。
アダンが手にする装身具はふたつ。
ティナは「うわあ」という
〜※たいへん断りにくい雰囲気のなか、粛々と装着中〜
「うん、似合う。急な発注だったけどいい仕上がりだ。軽量化魔法と防御魔法しか付与してないからね。邪魔にはならないだろう?」
「え、ええ。まぁ」
頭に手をやりながら、ティナはぎこちなく答えた。
それは赤金と黄金を組み合わせた、シンプルな
白地に金の縁飾りが付いた巫女装束によく映える逸品で、王子の言う通り被り布を留める重みとフィット感がちょうどいい。側面はやや幅広になっており、青い宝石がいくつも連なっていた。
いっぽう、ウィレトは揃いの首環だった。
首全体を覆う直線的なデザインは、こう言っては何だが絶妙に隷属の証っぽい。本人はいたって興味津々といった風情で喉元の宝石に触れているが。
――……いいんだろうか??
一般的な主従を通り越し、これでは単なる主人と使い魔。
そこまでえぐく
「いいの、ウィレト? 安全性云々より、いろいろ曲解を招きそうなんだけど」
「ああ、人間の奴隷っぽいというやつですか? いいですよ、べつに。それより」
「っ」
長い睫毛を伏せて流し目をくれ、ふわりと顔を寄せる、元・筆頭従者。
ティナは、慣れない近さに息を呑んだ。
記憶するより彼の身長が高い。つまり
その反応を楽しむように、ウィレトはご機嫌声で囁く。
「(たしかに、以前の貴女とは違う色ですが。これはこれで、
「趣味……そういう問題?」
「ええ」
上体を起こし、陽の光のなかでにっこり笑うウィレトは、意地悪そうだが顔色がいい。
これで王都ファルシオンに辿り着いたときは怪我だらけだったのだから、“聖女の癒し”には本当にびっくりだ。
また、彼は防具だけでなく新品の弓や剣まで支給されていた。その手厚さにも驚かされる。
アダンは、やたらと主に接近したがる魔族の少年に苦笑していたが、何か口にする前に通路側から威勢のいい足音が聞こえた。バターン、と扉がひらかれる。
「よぉ、お待たせ。来たぜ。魔法使いのおっさんだ」
「! お帰りなさい、ルーク。久しぶりですギゼフさん。よろしくお願いします」
儀礼用に大仰な鎧を身に着けたルークは、ちょっとの動作でもガチャガチャと音が鳴る。
その後ろから現れたローブ姿の男性に、ティナは会釈した。
「おう」
ノーラ・ギゼフは軽い調子で片手を上げる。
そうしてアダンに向き直り、右手を胸に当ててきちんと礼をした。
「どうも。此度は当方の都合で出立を遅らせて申し訳ない。王子にしてアダン聖騎士」
「いいや。こちらこそ、砦の建設準備や都の防衛にずいぶんと時間をとられてしまった。久しぶりだねノーラ。工房はもう平気?」
「……名前で呼ぶな。戻りさえすりゃいつでも開店可能だ。とっとと片づけよう。砦の完成前がいい」
「言うねぇ。よろしく」
「ああ」
長身の騎士王子と相対しても、紫紺のローブの魔法使いは体格といい、言葉遣いといい全く引けを取らなかった。
ティナも不思議に思ったが、ルークはぎょっと
「おっさん!? 王子と知り合いだったのか。そんなの一言も……」
「昔な。まだ杖職人になる前、忍びでギルドに登録に来たこいつと組んだことがある。その縁でな」
「へえ」
ルークは何とも言えない顔でギゼフを見つめた。
そこで、「全員揃ったか」と、国王が入室した。
王は一瞬だけウィレトに目をとめ、さらりと息子に視線を流す。
「ではアダン。彼らをバルコニーへ」
「は」
移動の際、ギゼフは「おい」と、おもむろにティナを呼んだ。
「はい?」
「あの魔族…………いや、やっぱりいい。あとで付き合え。お前用に錫杖を作ってきた。調節させろ」
「え?? は、はい」
一行では一番の高身長。無精髭と長すぎる前髪でいまいち素顔のわかりにくい男に肩を掴まれ、こくこくと頷く。
やがて先行したウィレトに促され、すぐに振り向いた。眼前のバルコニーへ。
(わ)
人、人、人。
あふれる王国の民が一心に見上げるまなざしが肌を焦がすようだった。歓声がティナたちを包む。
こうして、事前にメンバーが周知されていたおかげか大した混乱はなく、勇者パーティーは滞りなく王都から送り出された。
――――それを上空から意図をもって眺める、一見なんの不審点もない鳥がいた。
地味な渡り鳥に似た『それ』は、何度も王都に降り立とうとしていたが、不可視の壁に阻まれてそれ以上高度を下げられなかった。
鳥は、仕方なく旋回をやめて遥か南東をめざした。
切り立つ峰の向こう側。
『魔族領』と呼ばれる方角だった。
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