3 祈り

 ――――『聞いて。ギゼフは操られてない』


 ルークの言葉の裏付けはその後、奇跡的な連携で形勢を逆転させた面々からもたらされた。


 ダンッ!


「うっ……ぐ……!」

「舐めた真似を。貴様、よくもこのあたしまでも替えの器スペアになど……しかも、セレスの体でこのような。恥を知れ!!!」


 傍目には無頼漢(※女性)から恫喝を受けるたおやかな美女(※中身は男性魔王)。

 床につよく押し倒され、したたか後頭部を打ち付けたハルジザードは、うつくしいおもてに苦悶の表情を浮かべた。


 黒く輝く双角のうち、向かって左からは矢が生えている。ウィレトの放った一矢は見事に的中し、硬質なそれの根元にヒビを入れさせていた。

 鬼族にとって角は魔力の源。セレスティナであってもその法則からは逃れられない。それゆえの賭けだった。



 ――――『ゾアルドリアは意識を奪われて隣室に連れて行かれた。ティナの幸運の指輪ラックリングで目覚めさせて。まずは彼女の協力を取り付ける。人質状態のアダンを取り戻そう。そこから総力戦を……』



 が、ティナはその後半部分を心のなかで却下した。

 ティナ――セレスティナは闇夜月の民の弱点を知っていた。もちろんゾアルドリアも。

 だからこそ、指輪を通してつよく懇願した。



 ―――『今から角に傷をつける。魔力の乱れが生じる。ハルジザードはすぐには御せない。魔法も使えないはず。合図を送る』


 と。



 この場合、受信者の声は発信者に聞こえない仕組みが奏功した。聞こえれば、必ず余計な時間を要したろう。

  

 純粋な肉弾戦となった時点で”セレスティナ”には圧倒的不利だった。

 なにしろ相手は膂力りょりょくに定評のあるひとヅノの民。取っ組み合いで闇夜月の民が勝てるわけがない。

 案の定、馬乗りになった女戦士はどんな反撃を受けてもびくともしなかった。鬼族にとっての要を知り尽くしたゾアルドリアは、淡々と“セレスティナ”の二本の角を握り、床に縫い止めている。


 この様子に、バルコニー側から満身創痍のルークたちが駆けつけた。


「よし! そのまま頼むぜ、ゾアルドリア」

「ルーク……待って、アダン様がまだ」

「――ったく。面倒くせえ奴だなぁ」

「「!! ギゼフ!」」


 暗示を受けたアダンは、緩慢な仕草ではあったが明らかにゾアルドリアに敵意を向けていた。

 律義者な彼があるじと思い込まされている魔王の危機に何もしないはずがない。剣の柄に手を伸ばし、茫洋とした瞳をふたりの鬼に定めている。

 やがて抜剣。

 それを、いち早く駆けつけたギゼフが制した。


「目ぇ……覚ませ、アダン!!!」



 ギィン!!


 電光石火。柄頭を正確に杖で弾いたギゼフは王子の背中に回り込む。剣を取り落とさせた勢いで羽交い締めにした。

 暗示が解けていないのは一目瞭然だった。彼ならざる血走った眼に、一同が不安げなまなざしとなる。


 おそるおそる近寄ったティナは、相変わらず飄々とした魔法使いに首を傾げた。


「ギゼフ。これは……解毒? 解呪の魔法で治るかしら」

「いいや、毒でも呪いでもないから無理だろ」

「ええぇっ!? じゃ、どうして。そもそも貴方はなぜ無事で? あらかじめ防御レジストしてたとか?」

「おいおい。そんな大層なことはしていないぞ。話さなかったか? オレには魔力の色がわかる」

「あ」

「最初に、ここに飛ばされたとき。アダンとでけぇ姉ちゃんは意識を失ってた。姉ちゃんは」


「覚えろ。ゾアルドリアだ」


「…………ゾアルドリアは、だからこそ無抵抗でゴーレムに運ばれた。魔王はぺらぺら企みを喋ってたな。オレも寝たフリしてたし。――で、先に体を起こしたアダンに、あいつは一芝居打ったのさ。自分を“真実のセレスティナ”と名乗ってね。冗談言えと思った」

「どうして」


 吐き捨てるような物言いに、思わず聞き返す。

 ギゼフは、よいしょ、と、暴れるアダンを再び拘束した。


「魔族の魔力ってのは、たいてい黒いんだが。あんたの“黒”はキレイだ。宝石とか始源の夜みたいにな。

 ちなみに、あんたの魔力に馴染むよう錫杖に仕込んた素材は希少品でね。人間界こっちじゃ“闇夜月の鬼”と呼ばれる、高位魔族の角が原料になってる」

「!!!」

「けど、は違う。禍々しく、ドス黒く淀んだ血と泥の色だった。そりゃあ警戒するだろう。実際のところ、アダンが受けたのは厄介な精神汚染に近い。無防備なところをつけ込まれちまった」

「じゃあ、どうすれば」

「引っぱたくか」

「ギゼフ」

「名案だと思ったんだが」

「……」


「あ、あの」


「何? ウィレト」


 おずおずと小さく挙手し、発言を乞うたのはウィレトだった。若干気の毒そうに人間の王子を見つめ、それからティナに向き直る。


「聖女の、浄化ではどうでしょう? 汚染や穢れのたぐいなら、あるいは」

「……そうね」


 両手を眺め、ティナが内包する“白い”魔力の残量を探る。たぶん、できるはず。

 ただし消費を最小限に抑えるため、使用範囲を極限まで狭めようと思った。

 歩み寄る。


「――――あ」

「……」


 わずかに声をもらすウィレト。

 気のせいでなければ渋面のギゼフを前に、ティナはアダンをそっと抱擁した。祈るようにちからをふるう。



(どうか戻って。アダン様……!)



 それはどこか、幸運の指輪ラックリングを使う感覚に似ていた。



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