9 聖女のなかの魔王、魔王のなかの聖女
――忌々しい勇者の神剣。
よもやまさか、生粋魔族である鬼族の女性(筋肉質)から、面と向かって
(何かの間違い? それとも罠か?)
正直に名乗って良いものか、ルークはかなり困惑した。
なぜなら里に入るに当たり、神剣は鞘ごと布でぐるぐる巻きにしてある。何がどう転ぶかわからないし、交渉ごとになると踏んでいた。端とはいえ、魔族の勢力圏内で不要の揉め事を起こさないためだった。
結果的に卵を孵したティナについては聖女と明かさざるを得なかったが、こと、勇者については有耶無耶にすべきとティナ以外の誰もが判断した。当然、アルガにも口止めしてある。
その苦労が。
『どうすんだよ』の意を込めて
わずかな救いを求めてティナを見つめると、彼女はきっぱりとこちらを指し示した。
「……!」
軽く嫌な予感が高速で背筋を這い登る。案の定、ティナは迷いなく言い放った。
「一族のことは、わかった。貴女が命からがら逃げ出したということも。勇者ならここに。神剣もあるわ」
「何っ!? そいつが?」
「えっ、えええぇ……っ!? ティナ!! お前、そんなあっさり……。罠かもしれないだろ??? 何考えてんだ」
「罠。ゾアルドリアが?」
きょとん、と問い返すティナに、壇上のゾアルドリアがにやりと片頬を緩める。やがて堪えきれぬように天を仰いで笑い出した。
「っははは!! ないな。あたしは本来、
「やっぱり馬鹿なの……? そんなわけないでしょ。この脳筋」
「む。筋肉を侮るなよセレス。へし折るぞ」
「御免
「…………」
このとき。
憤慨しつつもぽんぽんと魔族女性と応酬し合うティナは、再会してから最も『ティナ・エレアランド』ではない別人格を感じさせた。
つまり、『セレスティナ』の。
(わかっちゃいたけど……。くそっ、なんかスッキリしねぇな……)
そのことに少なからず複雑な気持ちになるルークに、ゾアルドリアが構わず身を乗り出す。
「まあいい。で? 勇者よ。お前、ハルジザードを討てるのか」
「甘く見んな。やる。やらなきゃ、戻らないやつがいるから」
ちらりとティナを見ると、今度は少しだけ『ティナ』の表情をしていた。
――たぶん、ほかの誰も気付いていない。
無表情に近い淡白さで、そのくせ猛烈な頑固。
いちど決めたら、絶対に翻さない。
いまは無言だが、あくまで『セレスティナ』の意識を表面化させるために沈黙しているだけで、ちゃんとこっちの会話は全部聞いているのだと感じられた。
……王都で告白した。あれからずっと。
「ふうむ。なるほど。では、こうしては如何でしょう? 皆様がた」
「何だ? 長老」
場がいったん落ち着いたのを見計らってか、半竜人の翁が白髭をしごきながら発言する。ぞんざいに訊き返すゾアルドリアに、ぺこりと頭を下げた。
「先ほど貴女様は、現魔王が生きとし生けるもの、すべての破滅を望んでいると仰った。――そう聞こえましたが、相違ありませぬか」
「間違いない。あれは、生まれ落ちた一族ですら喰らい尽くした輩だぞ。魔族、人族関係ないわ。実際、此度も“闇夜月”が、ほぼ……」
「そうですな」
剣呑に声を低めるゾアルドリア。
悲しげに眉をひそめるティナ。
ウィレトも怒りを押し殺した顔をしている。
それらをしずかに受け止め、翁は後ろのアルガを振り返った。
「アルガ。いま動かせる“地駆け”は如何ほどか」
「里の防備以外では三十ほど」
「では、そのうち遠駆けに適したものを六名選出せよ。この方たちを、行ける場所まで送り届けるのだ」
「畏まりました」
「!! 長老殿っ、それは」
ぱあっと顔を上げたティナに、半竜人の長は破顔した。ふぉっふぉっ、と特徴のある笑い声で応じる。
「儂はもう老いぼれゆえ、大して役にも立てませぬが。どうぞ、若い者をお連れくだされ。きっと助けとなりましょう。ご武運を」
「ありがとう……ございます。私が復位した暁には、必ず恩義に報いますから」
「何の。心根の良い魔王様と、我らの宝を孵してくださった聖女様のためならば。な? キュアラ」
「キュッ!」
元気な鳴き声をあげた仔竜は、甘えるようにティナの膝の上で転がった。
その日、ティナたちリューザニアからの一行と“赤きひとつ
進路は一転、東へ。
毒の湖沼地帯と魔物が大量に跋扈するマンドラゴラの荒野。火を吹く山。おそらく、そこまでは竜化した半竜人たちによって最速で辿り着ける。問題は、そのあとだった。
* * *
「迷宮……? 新しく?」
「ああ。あたしが来たときは、まだ
「行くわ。それでも」
「だろうな」
空き部屋の都合上、相部屋となったティナとゾアルドリアが就寝用の灯り皿のあえかな光を受け、ぼそぼそと話し合う。
流石に生粋鬼族と眠るのは遠慮したらしいカーバンクルは、アダンたちの部屋へ。キュアラは、ぷうぷうと寝台の上で寝息をたてている。
つかの間の静けさに、ゾアルドリアは、外見に似つかわしくない小声で囁きかけた。
「あのな。セレス。すまん、可能性の問題だが」
「なに」
「もしも――最悪、ハルジザードがお前の体を完全に掌握していたらどうする? 絶望は愚か者の所業だが、奴め、魔王を通り越して“邪神”にでもなるつもりやも知れんぞ」
「いやなひとね。考えたわよ。もちろん」
「! 妙案があるのか?」
「あるわ」
そっと胸を押さえる。
ティナは、夢でみた過去を総ざらいして得た、確信のようなものがあった。
鍵はこの身体の主。そして。
「……あとにも先にも私くらいでしょうね。“神頼み”なんてものを真面目にしそうな魔王は。
あのね。もしものときは、ハルジザードを滅ぼすのを最優先に動いてちょうだい。この
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