7 ぶち切れたティナの覚醒

 快晴。

 秋の実りを刈り終えたこの季節、民は一仕事を終えた喜びを満面の笑みに変えて過ごす。

 魔族領ともっとも近いここ、リューザニア王国もそれは変わらない。『聖女選定祭』は豊饒祭に似た趣があった。



「――それで、選ばれた聖女には国王陛下みずから麦の穂を髪に挿してくださるの」

「ふうん……。そのとき、巫女たちは跪いて祈っているわけですね。公開大祭壇で。“礼讃の型”?」

「そうそう。飲み込みいいじゃないの、ティナさん。良かったわ〜。本当に基本的なことも忘れてしまわれていて、一時はかなり焦ったけど」

「あはは」


 ……忘れたのではなく、知らなかったとは到底言えない。

 ひたすら笑って誤魔化すティナを、スフィネは困り笑いで見つめた。


「ま、いいでしょう。わたしから伝受できることはもうないわ。お疲れ様」

「ありがとうございます。スフィネさん」


「…………」

「……」


 〜〜いやいやいやいや、と、周囲の巫女たちは全員沈黙で突っ込んだ。

 なにしろ、新入りときたら候補になったその日と翌日で一般教養の『リューザニア略史』を丸暗記してしまった。今日は巫女としての作法や聖句までマスターしている。はっきり言って、飲み込みがいいの一言で片付けられるレベルではない。

 そのことが非常に面白くなく、食堂に集った他の巫女たちは言葉少なにティナを睨んでいた。




   *   *   *




 ――という、針のむしろのなか。

 いまは昼食後の自由時間。

 こうして見るとどの巫女もそこそこ見映えがよく、それなりに全体で友誼を結んでいる感がある。

 なるべく早い段階から聖女になりそうな候補を見定め、親しくなりたかったティナは、まず、この段階から挫折感を味わった。


(うーん……でも。知識としてはわかったのだけど。肝心の試練が何なのかがわからないのよね。スフィネさんも知らないと言うし)


 悶々と食事を終えたトレイを所定の場所まで運ぼうとした。

 瞬間、「あっ」とスフィネの声。どん、と椅子の背に振動が伝わる。誰かにわざとぶつけられたのだとわかった。ちろりと見上げる。


「あら、ごめんなさい」

「……いえ」

「やあねえ。田舎者が付け焼き刃で足掻いちゃって」

「みっともないったら、ありゃしないわ」

「うふふ、可哀想じゃない。放っときましょうよ」

「そうね、そうね」


「!! あなたたち……! 恥を知りなさい!」

「スフィネさんっ」


 根っから正義感が強いらしいスフィネは顔を赤くして立ち上がったが、笑いさざめく巫女たちは無視して去ってしまった。去り際にいちいち振り向いて嘲笑を残してゆくのも凄い。


 一、二、三……きっちり五名。

 どうやら他の候補全員に徒党を組んでライバル認定されたとわかったティナは、むしろ。


「ふーーーーーん」

「ティ、ティナさん……? どうしたの。大丈夫?」

「大丈夫ですよ、スフィネさん。私、こういうのはあまり胸が痛まない性格らしいから。ところで、聞きたいんですが」

「はい?」


 目的のティナを凹ませることに大失敗した巫女たちは、再び辛辣な視線を残してさっさと退室していった。あとは各自の部屋に集まって悪口パーティか、企みごとでもするのかもしれない。だが、もはやそれもどうでも良かった。


 ――


(馬鹿みたいだわ。こんなの、魔王候補の前哨戦に比べればどうってことない。産まれたての魔族だってもっと悪どいわよ。聖女のヒナども)


 しみじみと振り返る。

 魔王候補となったそのときから戦いは始まっていた。

 強さこそ王の証。セレスティナは腕力こそ並だったが、魔力がずば抜けていた。そしてコントロールも。『常時魔力探査能力』も、そうだ。よほどの術者でなければセレスティナの探査からは隠れられない。


 よって、かつての自分は候補者全員が放り込まれた密林の魔結界のなか生き延びるというデスマッチを、前代未聞の消滅者ゼロでやり遂げた。

 他の候補者のダダ漏れの魔力をもとに居場所と性質を解析し、それぞれの“封じ”に最適な魔力構成の網を作って、いっせいに遠隔操作。全員、文字通り捕らえて無力化してやった。ものの数分で終わった。


(さすがに、あんな大技はこの体ティナじゃできないし、聖女の試しとやらが何なのかはわからないけど)


 ――――よくよく考えれば、あの者たちの誰かにかしずいて魔王討伐に行くのは骨が折れそうだった。

 魔王になるときの比ではないにせよ、ひ弱な聖女など大戦ではお荷物でしかないだろう。ならば。


 カタン、と椅子を鳴らしてティナは立ち上がった。


「スフィネさん、私たちも行きましょう。出発まであと少しですよね? 最後にお聞きしたいことが」

「え、ええ。何かしら」


 普段はしっかり者のスフィネが怯む。


 ティナ自身は気づいていないが、ティナの瞳の青は感情を映して色合いを変える。

 いまは、きん、と冷えた極北の海や極上のサファイアを思わせる『青』そのものに、つよい意志が光となって宿る。

 田舎娘とは決して呼べない微笑は、底の見えない貴族のよう。うつくしいのに怖い。


 トレイを片付け終えたティナは、ふわりと赤銅色の髪を揺らして振り返った。


「教えてください。あのひとたちの聖女としての特性を。私は聖属性魔力が微弱なAランクでしたよね? 他には何が? 治癒? 攻撃魔法? それとも支援魔法? ……『試し』が何にせよ、おそらく到着後すぐに行われる王室との懇親会とやらは、ぜったい何かがあると思うんです。決め手が」

「決め手」


 きょとん、と問い返すスフィネは、そんなこと思いもしなかったわ、という表情かおをした。


「それは……たしかに知ってるわ。彼女たちとは、別の場所で一緒に鑑定を受けたから。でも、それが王室懇親会にどんな影響を?」

「だって」


 ふう、と吐息して前置いた。

 ティナは、自分のこめかみを指さした。


「最終決定権は、国王陛下にあるように思えました。神意だのお告げだのがあるなら、話は別ですが……。なら、王室ぐるみで最初に行われるのは候補者たちの念入りな比較と面接です。要は『魔王と戦える聖女』の」

「!」


 お飾りじゃないんですからね、とも猛々しく付け加え、こめかみから手を下ろしたティナは、つかつかとスフィネに近寄った。その手を両手で握る。

 スフィネはなぜか赤面した。


「え、えっと」

「……私、決めました。なれるものなら聖女になります。



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