第41話

 ……お昼にご飯と頼んでいたケーキを受け取り、そのままご飯を食べた後。

「……いい加減離してくれないか」

 呆れの混ざった声が間近で聞こえた。

 僕はエルナトさんの腰に腕を回したまま、少し考える振りをした後でヘラッと笑う。

「でも、エルナトさんとこう出来るのってここを出たらそうそう機会なさそうですし。今のうちに堪能しておかないと」

「変な言い方するな。大体そんな事……あるかもしれないが」

 否定しようとしたエルナトさんが言葉を修正する。

 ……冬期休暇もすぐ終わって学院が始まる。そうしたらお互い主人に付くから二人だけで会うっていう事は少なくなるだろうし……そもそも二人だけで会ったとして、エルナトさんは学院内でこういう事するの嫌がりそうだし。今日だけなんだよね、とりあえずは。


「…………」

 ふと思い当たった事があり、僕は視線をエルナトさんに落とした。

「エルナトさん」

「ん?」

「リゲル様とかレオニス伯爵とか、許可もらわなきゃいけないところはいくつかありますけど……僕と婚約しません?」

「……何でお前はいつも、発言が唐突なんだよ。その考えになった経緯から言え」

 これ以上ないくらい呆れの顔を向けられた。それもそうかと思い、苦笑いを返す。

「えーとですね……今後は少し変わるかもしれませんが。今までは僕、魔王の力の事があったから自分で婚約者を決められなくて。卒業に合わせて国が『この人なら秘密も守れて大丈夫』って選定した女性と婚約・結婚の予定だったんですよ」

「……国が選定……」

 それを聞いたエルナトさんは少し渋い顔をする。

 ……流石にこの事は知らなかったか。魔王の力を持ってたカノープスは何をするにも制限かかってるからね。

「……今回の件で、魔王の力を持ったエルナトさんは今までのカノープスと同じような扱いになる可能性がありますから……さっさと動いておかないと別の誰かがエルナトさんに充てがわれちゃうかなって。魔王の力を持っていた僕だったら条件も満たせるし反対意見はそう出ないと思います」

 そこで一度言葉を切り。

 どう言おうか考えをまとめてから口を開いた。

「ただ……その前に。エルナトさんにお詫びも含め、伝えておかないといけない事があるんです」

「お詫び……?」

 少し体を動かしてこちらを見上げるエルナトさんに対し、内心で緊張しつつ小さく笑う。


「魔王の力を譲渡した時……あの時エルナトさんに渡したの、魔王の力だけじゃないんです」

「え?」

 怪訝そうな声を発し、エルナトさんが眉をひそめる。

「……あの時は魔王の力を持ったエルナトさんがどう動くのか判らなかったので……保険として、王族に従属する血の契約も一部混ぜて譲渡しました。仮に国を害する事があっても、王族がそれを抑えられるように」

 そこまで言ったところで僕はエルナトさんに目を向けた。彼女は何も言わず、じっとこちらを見ている。

「もっとも、エルナトさんの王族に対する侍従はカイトスさんの時と全く変わってないから、現状あってないようなもので……あまり感じる事はないと思いますけど」

「……なるほどな」

 言葉が途切れたタイミングでエルナトさんが口を開いた。

「ボクがお前の立場でも同じ事をしただろうからそれについて何か言うつもりはない。が……」

 言葉の途中。

 伸びてきたエルナトさんの手に、思い切り頬をつねられた。

「言うのが遅いんだよ。告白とかより先に言うべきだろ、それ」

「……すみません」

「ふん」

 謝罪を述べれば、エルナトさんは鼻を鳴らしながら頬から手を離す。


「お前の言う通り、意志と関係ない王族への追従を感じた事はないから、ボクの考えが変わらない限り影響はないんだろうけど……そう思ってもいないのに従属させられるのはキツそうだな」

「……そうですね、結構キツかったですよ。自分じゃない誰かが頭の中にいて、王族に従うようにずっと言い聞かせられる、気持ち悪い感じ……」

「…………」

 呟いていた言葉の途中。意外そうというか、驚いたような表情を向けられる。不思議に思って首を傾げれば、エルナトさんは若干困ったような笑いを返してきた。

「悪い。……そういう経験、あったんだなと思って」

「あ……子どもの頃に、ちょっと。リゲル様と会う前ですけどね」

 ……いけない、口が滑った。話を戻そう。

「それは良いとして。血の契約も一部ですが譲渡しているから、エルナトさんに対しても過度な制限はないはずなので……色々やるなら今かな、と」

「…………」

 エルナトさんは口元に手を当て、しばし考え込むように俯いた後、首を横に振った。

「……それって、ボクらがどうこう言っても国が許可しなかったらどうにもならないやつだろ。だったら許可が降りてから詰めの話をしよう」

「…………」

 その言葉に、僕はじっとエルナトさんを見る。

「何だよ」

 それに気付いたエルナトさんは訝しげな視線をこちらに向けてきた。

「いえ、許可が降りたら婚約について話を詰めてくれるんだなぁ、と思いまして」

 表情を崩して笑えば、エルナトさんはきょとんとした顔をして──言葉の意味に気付き、顔を真っ赤にした状態で「違う!」と怒鳴られて。何が違うのか、とからかい混じりに言ったら勢いをつけてはたかれた。

 ……流石にちょっと痛かった。

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