第14話
「おい」
案内された部屋で荷物を整理していると、後ろから不満をにじませた声をかけられる。手を止めて振り返れば、開いたドアにもたれ掛かる体勢で、声と同じような顔をしているカイトスさんがこちらを見ていた。
「どうかしましたか?」
「……アルデバランを出発する前日、カノープス家についてリゲル王子から説明を受けた」
……あ、そっちの話か……。
渋い表情を浮かべている理由に合点がいった僕はじっと目の前の相手を見る。
シャウラ国に向かう事が決まった時、リゲル様から「カイトスにもカノープスの事情を話すが良いか」と聞かれて……特に反対する理由もなかったので了承していた。
「……正直、今まで伏せられていた事に不満がない訳ではないがそれは良い。それよりも……」
そこでカイトスさんは一旦言葉を切り、息をひとつ吐いてから口を開く。
「……お前、アルデバランに対して本当に無害なのか?」
「…………」
真っ直ぐ向けられたカイトスさんの目。
求められている回答は何だろうか。
自分から何かする事はないし、そんなつもりもないけれど。
剣術大会の時のように結局は何かあればリゲル様頼り。自分一人で対処は出来ない。……そういう意味で僕は『アルデバランに無害ではない』だろう。
「……だんまりか」
何も言わない僕に対してカイトスさんは呆れの表情を見せる。
何か言おうと思って口を開きかけるが、言葉が続かず再び口をつぐむ。しんと沈黙が部屋を支配して……小さく、呆れを含んだため息がカイトスさんからもれた。
「もういい。邪魔したな」
それだけ言ってカイトスさんはドアから離れ部屋を後にする。
「……あら?」
「どうも」
廊下の先からアリア様の声とカイトスさんの挨拶が聞こえた後。足音がこちらに近付いてきて、開いたままのドアの向こうからアリア様が顔を出し、少し遅れてバスクさんが姿を見せた。
「何かありました? 随分とカイトスさん難しい顔をしていましたが……」
「……ええ。僕の体質の件で、少し」
そう返事を返せばアリア様は合点がいったように「あぁ……」と声を漏らす。
「そういえばリゲル様が話すとおっしゃってましたね。……厳しい事を言われましたか?」
「いえ、至極真っ当な質問をされただけですのでお気になさらず。それより何かご用事では?」
首を横に振って話題を変えれば、アリア様は何か言いたげな表情を一瞬浮かべたが、彼女が口を開くより早くバスクさんが言葉を続けた。
「サルガス様が再度打ち合わせと確認をしたいという事でお二方をお呼びです。着いたばかりのところ申し訳ございませんが、お願いできますでしょうか?」
「大丈夫ですよ。行きましょう」
僕は荷物整理の手を止め、立ち上がりながら返事をする。道中で回る場所や行なう事についてはしっかり打ち合わせしたはずなのに今更何だろう。……何か問題でも起きたのかな。
そんな事を思いながら、サルガス皇太子の部屋へと向かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「明日回る診療所か、移動途中で襲撃計画があるという情報が入った」
装飾品や内装デザインがシャウラ国の伝統的なものばかりで素晴らしい部屋の中、サルガス皇太子が真面目な表情で伝えてきたのは物騒な情報だった。
「襲撃の目的は言わなくても判ると思うが……」
「…………」
途中で言葉を切ってサルガス皇太子はアリア様へ視線を向け。それを受けたアリア様は何も言わず視線を返す。
「……相手は判っているのですか?」
黙ってしまった彼女の代わりに質問をすれば、サルガス皇太子の後ろに控えていたバスクさんが口を開いた。
「特定はまだですが、反王制派の計画だと踏んでいます。聖女様を手に入れて魔人病を解決し、王を引きずり下ろすつもりなのでしょう」
「……仮にアリア様を手に入れたとして、そんな簡単にいくものですかね?」
「いかないと思いますよ。聖女様お一人の力でどうにかなるなら、私達もこんな苦労はしません」
口をついて出た疑問は間髪入れずにバスクさんが否定する。……一瞬アリア様が眉をひそめたけれど、やはり何か言う事はなく黙ったままだ。
「──とにかく、だ。そういう情報が入った以上、こちらも対策しなければならないので……」
サルガス皇太子はそこで一旦口を閉じ、後ろにいるバスクさんへ視線を投げる。それを受けたバスクさんはスッと奥の小部屋に向かい──戻ってきたその手には、細身の剣が握られていた。
「何代か前の王族が使っていたものだからちょっと古いが、造りはしっかりした由緒あるレイピアだ。外に行く時は帯刀してくれ」
「…………」
差し出されたレイピアを僕は黙って受け取る。シャウラ国に武器の持ち込みは禁止されていたため、僕等は自分達の得物を持ってきていない。だから剣を貸してもらえるのはすごく有難かった。
「……抜いてみてもいいですか?」
「こちらに剣先を向けなければ。好きなだけ見てくれ」
サルガス皇太子の回答を待って僕は鞘から剣を抜く。シャン、という金属が擦れる小気味良い音を立てながら現れた刀身は丁寧に手入れされているのが一目で判るくらい美しい。
サルガス皇太子は古いと言っていたけれど、そんなの全く感じさせない見事な造り。はっきり言ってアルデバランに置いてきた自分の剣よりもずっと質の高い得物だった。
「……いい剣ですね」
それしか言いようがない刀身を見ながら感嘆を含んだ息を吐く。サルガス皇太子が満足そうな表情を浮かべている中、僕は剣を鞘に収めて腰のベルトに据え付けた。
「有難うございます」
「まぁ、使わないのが一番だが……他国の客人に何かあったら困るからな」
若干苦笑いしながら発せられた言葉に、僕もつられる形で小さく笑った。
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