第8話

 あっという間の剣術大会当日。

 トーナメント表の前には沢山の人が集まって自分の初戦が誰なのかを確認していた。

 ……さて、リゲル様はどこかな……いたいた、良かった別ブロック。これでリゲル様と当たる事はない。

 ホッと息をつきつつ、今度はサルガス皇太子の名前を探す。こちらは僕と同じブロックでお互いに初戦を勝ち上がれば二回戦で僕と当たる。

 ……良かった。

 これで彼もリゲル様と当たる可能性は非常に低い。

 授業で見ている分ではサルガス皇太子も強そうだけど……万が一彼が決勝戦に残ったとして、リゲル様が相手だったら技術面を考えてもリゲル様に分がある。

 勝ち負けの心配はしていないけれど、個人的に直接対決はしてほしくないので。そういう意味でリゲル様とサルガス皇太子が別ブロックなのは本当に良かった……と、ホッと安心していたら後ろからガッと肩を掴まれる。

 振り返ってみれば口元は上がっているが目が笑っていないリゲル様がいた。怖い。


「おい、シリウス。判っていると思うが……何が何でもお前が決勝まで上がってこい。いいな?」

「えぇ……」

 リゲル様の発言に思わずぼやきに近い声が出る。……周りに人がいるから明言はしていないが、要するに「サルガス皇太子をお前がブチのめしてこい」という事だろう。

 そうは言ってもなぁ……。

「いや……正直、サルガス皇太子を始め他の面子も腕が立ちそうですし……僕が勝ち進むのは厳しいのでは……?」

 言葉を選びながら意見を述べたが、それは首を横に振られて否定された。

「何を言うか。良いか、お前に足りないのはやる気だ。国の威信がかかっていると思ってやる気を出せ。そうすればどうとでもなる」

「何ですかその根性論……」

 どこぞの熱血指導官みたいな事を言い出した。やる気でどうにかなるなら苦労しない。

 それを口に出したら、今度は両肩をガッと掴まれた。

「いいからやれ。王族命令だ」

 こんな時だけ王族を傘にする。

 ……こういうどうでもいい事に使うくせに、どう考えても使うべき事には使わないで自分だけで対応してしまうんだからなぁ……。

 とはいえ命令と言われては無下にも出来ない。


「判りました。出来る限り努力します」

「よし」

 僕の返事を聞いてリゲル様は満足そうに頷いて離れていく。

 どこに行くのかと目で追えば、剣術大会の審判をする先生と何かやりとりをしていた。大会運営から相談も受けていたようだから、最終打ち合わせかな……。

 ……とりあえず、自分の試合が来るまでのんびりしておこう。

 購買で水を買ってから会場になっている剣術道場へと向かった。


 道場の隅で開始時間まで時間をつぶすついでに改めて対戦相手を確認する。

 一回戦の相手はミルファク様。

 どちらかといえば武芸より学術・魔術に長けている方だから勝てるかな……?

 まぁ、勝ったとして次に当たるのはサルガス皇太子だろうから厳しいんだけど。

 リゲル様の申し付け通り決勝にいくにはその後二回勝たないといけない。正直きつい。……最悪、サルガス皇太子に勝てたら良いって事にしてくれないかな、リゲル様。

 ぼんやりそういう事を考えているうち、時間がきて大会が始まった。


「……両者、前へ!」

 一番最初の試合、注目も集まる初戦はリゲル様とハダル様の対決だった。

 ハダル様は騎士の家系の出だけあって、その腕前と実力は広く知られているところだ。

 ……とはいえ……リゲル様を知っている者からすればハダル様が勝つというのはあまり想像出来ないけれど。

 実際、リゲル様を前にしたハダル様は緊張した面持ちで相対している。


「前にやった時は俺の勝ちだったか。あれからどのくらい腕が上がっているか見せてもらうとしよう」

 余裕しゃくしゃく上から目線のリゲル様。

 その実力を知っていても中々癪に障る物言いを聞いたハダル様の表情が厳しくなった。そりゃそうなりますよね。

 ハダル様は深く息を吐いてから剣と視線を真っ直ぐリゲル様へと向ける。

「……鍛練の成果、しっかりとお見せしますよ」

「そうか、楽しみだ」

 真剣な表情のハダル様と余裕の態度を消さずに答えるリゲル様を審判を務める先生が交互に見やって――それから旗を持ち掲げた右手を一気に振り下ろす。


「始め!」

 その号令と共に、二人は同時に地面を蹴った。


 一気に距離を縮めた二人はそのまま互いの剣を合わせる。訓練用で刃を潰しているとはいえ、その瞬間に金属がぶつかり合う甲高い音が大きく響き渡った。

 ギリギリと鍔迫り合いをしているがどうやら単純な力比べではハダル様が上のようだ。少しずつ圧される状態になったリゲル様は剣の角度を変え、一気に相手の剣を弾くように薙ぎ払う。

「……っ!」

 一瞬バランスを崩したハダル様の隙を突き、薙いだ勢いも利用しながら距離を取った。

「昔より腕力は上がってるようだな」

 楽しそうに相手を見ているリゲル様。……武術に関しては特に考え方が脳筋寄りになるなぁ、この方は。

 頭を使う政略などが出来ない訳ではないけれど、取り組んでいて楽しそうなのはやっぱり体を動かしている時なので、元々向いてるのはそっちなんだろう。


 リゲル様が再び剣先をハダル様に真っ直ぐ向けて構えた瞬間。

 一足跳びに距離を詰め、そのまま下から上に剣を薙ぐ。半歩身を引きながらハダル様がそれを躱し、反撃に転じようと剣を振りかぶった──が、リゲル様が口元に笑みを浮かべているのに気づいたようだ。

 その理由をハダル様が理解するよりも速く、リゲル様は次の動きを見せる。

 振りかぶった相手の剣を左から右に振り抜いて弾き、くるりと体を回転させながら上下左右の連撃を組み合わせてハダル様に放つ。


 お手本みたいな綺麗な剣舞。

 防戦一方になる相手からすればたまったものではないだろうけど、観戦側からすれば見事な剣技にわっと歓声が上がった。

「く……」

 ギリギリのところで連撃を防いでいるのは流石の一言だが、途切れない攻撃に少しずつ反応が遅れてきている。

 そうして──


「今日はこのくらいだな」

 リゲル様がぼそっと言葉をもらすや否や、くるりと剣を回して柄でハダル様の右手を打ち付けた。

「……!」

 剣刃に集中させられていたハダル様は予想外の攻撃を喰らい、持っていた剣を離してしまう。

 カラン、と音を立てて剣が地面に落ちると同時に、リゲル様の剣先がハダル様の喉元に突き付けられた。


「そこまで!」

 審判の声が響き、大きな歓声が会場を包み込む。


「良かったぞ、ハダル」

 荒い息を吐きながら膝をついたハダル様に対し、リゲル様は満足そうに笑みを浮かべ右手を差し出した。

「……少しは出来るかと思いましたが、まだまだ精進が足りなかったようです」

 内心悔しいだろうに、それを表に出さず手を握り返すハダル様。

 騎士の家系だけあって仕えるべき相手に対しての忠誠心も強そうだし、少なくともリゲル様に対しては害を加えるような事はしないだろうな。

 握手を交わす二人に観客から拍手が送られる中、そんな事を考えて顔が自然と綻ぶ。


「おい、何をニヤニヤしてるんだ」

 緩んだ顔でいたら戻ってきたリゲル様に眉を潜められた。

 いかんいかん。

 頬に手を当てながら表情を戻し「お見事でした」と声をかければ、リゲル様は満足そうに「当然だ」と言って笑う。

「ただハダルも大分腕を上げていたな。今回の件であいつも一層鍛練に力を入れるだろうし、胡座をかいていると追い抜かれるかもしれん。こちらも気を抜かず鍛練せねばな」

「そうですね。ハダル様も対戦で剣舞なんてされて面目もまる潰れでしょうし」

 リゲル様の剣舞は凛として真っ直ぐで綺麗なので見ている分にはいいけれど、真剣勝負でそんな事をされたらプライドズタズタである。

 そういう意味を含んだ言葉を聞いたリゲル様は苦笑混じりの視線を返してきた。

「盛り上げを考えると最初にしなければ意味がなかったし……まぁ、ハダルには悪かったがな」

 ……初戦で出来るなら誰でも良かったって事は、二回戦以降に対戦したら遊びなしで望んだって訳で……それを聞いたらハダル様どう思うやら……。

 流石にちょっと可哀想だなぁ、と思ったが口には出さず。


 リゲル様の次の相手は誰になりそうかなー、と対戦表を見ていたら「カノープス」と横から声をかけられた。

 ふっとそちらへ視線を移せば、剣の講師もしているウェズン先生が立っている。

「はい、何でしょうか?」

 体も先生の方へ向けて姿勢を正せば、ウェズン先生は「いや」と短く言ってからどこか申し訳なさそうな表情を浮かべている。……何だろう?


「……実はお前と一回戦で当たる予定だったフォーマルハウトがな……剣術大会に気合を入れすぎて過剰に特訓をしたらしく、腕が上がらなくなって参加出来なくなった」

「えっ」

 何してんのミルファク様。

 これにはリゲル様も呆れの表情を見せる。

「……それは……何ともいえない話ですが、ミルファクは大丈夫なのですか?」

 呆れてはいるがミルファク様を気遣うリゲル様に対し、ウェズン先生は苦笑いを浮かべた。

「普段やり慣れていないのに騎士団志望の生徒から聞いた素振り千回を馬鹿正直にやったらしい。数日は動けないだろうが心配はいらないだろう」

「そうですか」

 その言葉にリゲル様はホッと息をつく。……誰に聞いたのか知らないけど、普段体を鍛えてないのによくやろうと思ったな、ミルファク様……いや、やろうと思って出来てはいるようだから素質はあるのかな。


「まぁ、そういう訳で」

 そうやってぼんやり考えていたらウェズン先生が再び僕に顔を向けてきたので、意識をそちらの方に向ける。

「フォーマルハウトは一回戦棄権でカノープスの不戦勝になる。二回戦まで時間が空くからそのつもりでな」

「……判りました」

 僕の答えを聞いてウェズン先生は去って行き―─そして、横から肩をポンと叩かれる。


「シリウス判ってるな? ……絶対負けるなよ」

「……善処します」

 掴まれた肩と言葉にプレッシャーを感じつつ、僕はそう言うしか出来なかった。しんどい。

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