第9話

 大会は順調に進んでいき、あっという間に僕の試合の時間になる。

 サルガス皇太子は当然のように一回戦突破していたし、僕より先に二回戦を迎えたリゲル様も難なく勝ちを手にしていた。


「両者前へ」

 審判の先生の声に顔を上げれば、対面で自信たっぷり不敵に笑うサルガス皇太子の姿。

 ちなみにサルガス皇太子の得物はシミター。元々持っていた自身の剣とは別にこの国になかった訓練用の剣もわざわざ取り寄せた。

 ただあの剣……刃は確かに潰れてはいるようなんだけど、刀身が反ってるからか普通の剣よりも直接肌に当たると裂けやすいきらいがある。そうそう当たるつもりはないけれど、そこだけは特に気をつけなくてはならない。


「お前は確かリゲル王子の付き人だったな」

 向き合ったサルガス皇太子は僕を見て口を開く。

「付き人と言うと語弊があるかもしれませんが、リゲル様に仕えてはいますね」

「そうか」

 僕の返答を聞いたサルガス皇太子は離れた所にいるリゲル様に視線を送った。

「……それなら、とりあえずお前に勝ってリゲル王子に見せつけるとしようか」

 サルガス皇太子はそう言いながらスラリと剣を抜き、得物を持った右手を若干引き気味に下段で構える。僕は口を閉じたまま、剣を中段正面で構えた。

 流石というか何というか。

 対面に立ってみるとやはり隙がないし笑っているのに威圧感が凄い。自己の力に対して絶対的な自信を持っているのが伝わってくる。

 あまり言いたくはないが、リゲル様と対戦したら学生同士のやり合いに留まらないレベルの闘いが見られそうだ。

 うーん……どうしようかな……。

 視線を外さず深呼吸をひとつ。

 相手がリゲル様と同じレベルにいるなら、あれこれ考えても仕方ない。なるようにしかならないんだから。今やるべきはとりあえず全力で当たるだけだ。


 僕らの呼吸が整ったのを確認して、審判の先生がスッと右手を上げ──

「始め!」

 一気に振り下ろした。


 その瞬間、サルガス皇太子は地面を蹴って距離を一足跳びに詰めてくる。直前で体を回転させながら繰り出してきた二連撃を剣を立てて防御するが……元々力も強いし、回転の勢いも加わって攻撃が重い……!

 甲高い金属音が耳に響く。

 弾かれそうになった剣と腕を何とかこらえ、回っているサルガス皇太子の剣が僕から一番離れた時──振り回す攻撃モーションに入る直前を狙って突きを放った。

「!」

 虚を突かれた表情を浮かべたサルガス皇太子だったが流石は実力者。後方に跳びながら僕の攻撃をかわしたけどそれは予想済みだ。

 サルガス皇太子から距離を取りたかったのは僕の方だったので、思った通りに動いてくれてホッと息を吐いた。


「思っていたより動きは良いな」

 対面の相手は剣を構えながらニヤリと笑う。あー、やっぱり脳筋だ絶対。リゲル様と剣術談義したら意気投合するんじゃないかな。

 連撃を受けた手がちょっと痺れてる。手を何回か握っては開いてをした後、剣を持ち直して構えた。

「……ところでお前……得物が違うんじゃないか?」

 僕の準備が整ったのを確認してから目を細める。うわ、ほんの少ししか打ち合ってないのに気付かれた。怖。


 ……今僕が使っているのは訓練用のロングソードだが、本来僕が得意なのはレイピアである。サルガス皇太子のシミターと違って訓練用のレイピアはこの国にあるけど、突きに特化してるレイピアは訓練用でも相手に怪我をさせる可能性が高いので僕は使っていないのだ。

 それに使える武器はいくらあっても困らない。そういう訳で、僕は一般的な武器なら最低限使えるようにリゲル様から指南を受けている。レイピアの次に使いやすいのがロングソードなので学院ではそれを使っているんだけど……まさか見抜かれるとは思わなかったなぁ……。

 サルガス皇太子の鋭い観察眼に内心で舌を巻きつつ、僕は剣先を彼へと向けた。


「僕の得物はこういった対戦には向かないものでして。申し訳ありませんが今回はこちらでご了承いただければと思います」

「なるほど」

 ふっと小さく笑みをこぼし、サルガス皇太子も剣を構える。

「リゲル王子の周りは面白い奴が多いな。……俺がお前に勝ったら、正式な得物で試合をするのはどうだ?」

「謹んで辞退いたします。正直申し上げてシミターとは相性悪そうですので。こっちで勝てなかったら向こうでも勝てません」

 薙ぎが基本のシミターに対し、突きが基本のレイピアで挑むのははっきり言って分が悪い。やり方次第では出来ない事はないけど労力を使うのでやりたくないし、そもそも僕は必要以上にサルガス皇太子と対決したくないし。


 きっぱりとした拒絶の言葉だったが、皇太子は気を悪くした様子もなくニヤリと笑った。

「まぁいい。それならそれでどのくらいなのか試すとしよう」

 ……何かスイッチが入っちゃった感じ……。


 僕はフッと息を吐き、剣を持ち直して──地面を蹴って距離を詰める。

 下からの斬り上げはシミターの薙ぎで軌道をずらされるが、その勢いを利用して半回転しながら横に剣を振った。これも弾かれる。予想通り。

 サルガス皇太子の動きに合わせて回転しつつ、攻撃をいなしてからこちらも剣を振るう。

 観客から見たら剣の立合いというよりは対人の演舞みたいに見えるんだろうな……動きの途中、視界にちらっと入ったリゲル様は満足そうにニヤニヤしていた。終わったら何か言われるな、これ。

 息を呑んでいるのか観客も静かで、地面を踏みしめる音と剣がぶつかり合う音だけが響く。


 ……本当はここまでがっつりやり合うつもりなかったんだけどなぁ……。

 言いたくはないけどやっぱりサルガス皇太子はすごいかも。

 引っ張られるっていうのかな。相手を引き出すのが上手いのだ。リゲル様とはまた違った感じで打ち合いが楽しい。……って、あれ。僕も脳筋寄りかな……うん、深く考えるのは止めておこう。

 思考を切り替えて眼の前の相手に集中する。


 勝ち負けには正直興味がない。

 こういう模擬戦で勝ったところで何かある訳じゃないから。そこで得られる高揚感や達成感など一時的なものだ。

 実戦で勝つための動きを学ぶ意味合いもあるから無駄とは言わないし、大事な経験になるとは思うけど……勝った負けたは二の次である。

 ……でも、普段やりあわない得物との打ち合いは良い経験であると同時に色々発見があって楽しい。

 それは相手も同じだったのか。

 サルガス皇太子も口元に笑みを浮かべているのが動きの途中で見えた。


 ──と、突然。

 サルガス皇太子がその場に踏み止まって回るのを止めた。体を正面へ向けたまま半歩足を下げ、シミターを持った手を後方に引く。

「!」

 僕も踏み止まろうとしたがワンテンポ遅れた分反応も遅くなる。動きが止まった一瞬の隙をついて、サルガス皇太子は左上から右下へ剣を振り下ろした。


 ──あ──まずい。


 反応が遅れたとはいえ、防御の体勢は取れるから急所に当たる事はないけれど──完全には躱せない。

 シミターの刃が左腕に当たり、そのまま薙がれる。刃が潰れてはいても、曲刀で勢いをつけて薙がれれば皮膚は裂ける。

 ……痛みと共に、裂けた皮膚から血が滲むのを感じた。

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