第10話

「……!」

 慌てて腕を押さえる。触れた手のひらに血が付くのを感じつつ、この後どうしようか考えを巡らせようとしたけど……そんな時間は与えてもらえなかった。


 体外に出た、血に含まれる魔力が膨れ上がり。地面に召喚陣を形どって光り出す。

「な……⁉」

 突然浮かんだ召喚陣に戸惑って動きを止めるサルガス皇太子と審判の先生。……すみません、巻き込んで。


「……シリウス!」


 一方、何が起こったのか察したリゲル様が声を上げてこちらに向かってくる──が、今来るのは危険だ。何が召喚されるのか判らないのだから。

「リゲル様、待っ……」

 静止の言葉は召喚の光に掻き消される。

 眼の前が真っ白になり、何も見えなくなったけど──光の向こう、何かが召喚されたのだけは判った。


 ……光が収まり、ようやく周囲が見えるようになってきたところで。


「……うわぁぁ⁉」

「 な、何だあれ⁉」

 観客のあちこちから声が上がる。


 ……ちょうど僕とサルガス皇太子の間。会場の中央に現れたのは──翼の生えたトカゲのような怪物──リントブルムだった。


 ……シャアアアアッ!


 リントブルムは大きく声を上げ、ぐるりと周囲を見回して──僕にピタッと視線を合わせて止めた。あっ、これ……かしずかれちゃったらまずいのでは……?

 どうしよう、と思った時。


 サルガス皇太子が一足跳びに距離を詰め、リントブルムの背後からシミターを一気に薙ぎ払った。

 僕に気を取られていたリントブルムはサルガス皇太子の攻撃を受けて吹っ飛ばされるが、翼をはためかせて体勢を立て直し──サルガス皇太子に向かって大きく咆哮する。どうやらサルガス皇太子を敵と認識したようだ。


「……おい、ボケッとするな!」

 リントブルムと対峙しながら、サルガス皇太子が背中を向けたまま僕に一喝する。

「いきなり魔物が出てきて戸惑うのは判るが、考えるのは後にしろ」

「……はい」

 いや、僕のせいなんだけどな。

 腕を押さえながら短く返事をしたところで、剣を二振り持ったリゲル様が僕らの所に到着した。


「リゲル王子。それは真剣か?」

「ああ、貴殿の得物とは違うが訓練用の刀よりはましだろう」

 そう言いながら持っていた一振りをサルガス皇太子に投げ渡した後、リゲル様は僕のすぐ近くまでやってくる。

「傷を見せろ。……我慢しろよ」

 後半僕だけに聞こえるように小声で呟き、リゲル様は隠していたナイフで自らの手に切り傷をつける。じわりと血が滲むのを確認し、その手でそのまま僕の傷口をぐっと掴んだ。……瞬間、ジュッと傷口が焼けるような感覚。

 実際に焼けている訳じゃないし、焼かれた事もないけれど。

「……っ」

 いつになっても慣れない感覚に小さく声がもれた。


 リゲル様……というか、今の王族には聖女の血が流れている。何代か前の王が聖女と結ばれてその子どもが王となり、その系譜を引き継いでいるからだ。

 聖女の力が使える訳ではないけれど、その神聖な血は王族に受け継がれていて……僕の血が魔を呼び寄せる禍々しいものであるとは逆で、王族の血は魔を払う聖なる力を持っている。

 僕が何かしらのイレギュラーで怪我をした時。こうやってリゲル様が自分の血を使って魔力の増幅を抑え、召喚を未然に防いでいるのだ。

 怪我をする度にリゲル様にも血を出させてしまう訳だから、普段はそうならないように気をつけているのだけど……。


「……申し訳ありません」

「気にするな。それより下がっていろ。アレはこっちで何とかする」

 僕と自分の怪我を止血し終わったリゲル様は戦っているサルガス皇太子とリントブルムの方へ顔を向ける。

 サルガス皇太子は慣れていない得物の割に善戦しているようだったが、翼で飛び回って鋭い爪で攻撃してくるリントブルムに翻弄されつつあった。


「ちょこまかと……!」

 中々攻撃が当たらない相手に苛立った様子のサルガス皇太子。

 突然の出来事に固まっている観客がほとんど、下手に加勢すると皇太子の邪魔にしかならないと判っているから動けないでいる人達が一割かな。

 戦闘を見ているだけしかできない人間が大多数の中。リゲル様は駆け足で一気に距離を詰めて──


「悪いが背中を借りるぞ」

「うぉっ⁉」


 リントブルムがサルガス皇太子から離れた瞬間に彼の肩を掴んでその背中を蹴り、跳び上がってリントブルムより高く位置取る。

「……はぁっ!」

 気合一閃。

 落下に合わせて振り下ろされた剣はその片翼を切り落とした。リントブルムは甲高い叫びと血を撒き散らしながら地面に叩きつけられる。流石に片翼では空は飛べないようだ。地面でバタバタともがいているのを確認したリゲル様はフッと視線を観客の方へと向けた。


「アリア!」

「はいっ!」


 呼びかけに間を置かずに聞こえたアリア様の声。同時にリントブルムの下に魔法陣が浮かび上がる。

 召喚の時と同様、その場は光に包まれて──視界が戻った時、リントブルムの姿はなく。撒き散らされた血と切り落とされた片翼だけが残っていた。


「……シリウス様、ご無事ですか!」

 ぼんやりとリントブルムがいた場所を見ていたらアリア様の声が耳に入る。そちらに顔を向ければ、アリア様がこちらに走って来るのが見えた。

「……おい、心配するのはシリウスだけか。俺やサルガス皇太子もいたんだぞ」

 剣を納めながら呆れの表情を浮かべるリゲル様に対し、アリア様も似たような表情を返す。

「遠目から見ても怪我をしたのはシリウス様だけだと思われますが? 怪我人を気遣うのが先ですし、そもそも実力者のお二人が怪我をされる事はそうそうないかと」

「……例えそうだったとしても建前上声はかけろ。またいらぬ誤解をされたいか」

 リゲル様の真っ当な言い分にアリア様はぐっと言葉を呑み込み。深く息を吐いてからリゲル様に視線を向けた。


「……お怪我は?」

「ない」

「……なんて無意味なやりとり……」

 舌打ちが聞こえてきそうなアリア様の表情に苦笑いが浮かぶが──それは横から飛んできた呼びかけの声ですぐに消える。

 そこに立っていたのはサルガス皇太子だった。


「あぁ、サルガス皇太子。先程は大変失礼をしたな。だかおかげで魔物を撃退できた。有難う」

 リゲル様が頭を下げて謝罪とお礼を同時に伝える。……まぁ、隣国の皇太子を踏み台にした訳だし。謝罪はちゃんとしておかないといけませんよね……。

 ……が、サルガス皇太子は首を横に振った。

「そんな事はどうでもいい。それより……」

 サルガス皇太子はそこで一度言葉を切り、鋭い視線で僕を見る。

「……場所を変えて、そいつの話を聞かせてもらいたい」

 あー……流石に気付かれたか……。

 間近にいた訳だから仕方ないけど、どうしよう。

 ちらりとリゲル様に視線を送ると、やはり厳しい表情でサルガス皇太子を見ていたが、しばらくして息をついた。

「……判った、すぐに場所を用意しよう」

「感謝する」

 そう言って歩きだしたリゲル様に続く形でサルガス皇太子も歩いていく。

 うーん……何か面倒な事になった。

 そう思ったけどもう後の祭りだし……リゲル様の判断に任せよう。

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