第11話
──場所を移して貴賓室。
リゲル様はカノープス家の嫡男が封印した魔王を宿している事は伏せた上で、カノープスの血が魔物を引き寄せる特異体質なのだと説明していた。……今回のように、イレギュラーがあった場合は自身の血を使って場を収める事も。
「……なるほど」
サルガス皇太子は顎に手を当てたまま、僕の方へ視線を向ける。
「それなら今回の騒動はオレの責任でもあるな。……知らなかったとはいえ、リゲル王子にも要らぬ怪我をさせてしまった。申し訳ない」
そう言って僕らに頭を下げてくるサルガス皇太子。……傍若無人な印象が強かったけど、責任感は強いみたいだ。自分の考えを改めていると、リゲル様が「いや」と首を横に振った。
「謝罪するのは巻き込んでしまったこちらの方だ。大変申し訳なかった。……シリウスの事は機密事項でな。大っぴらにする訳にもいかず、皆には伏せている」
「だろうな」
その言葉にサルガス皇太子はさもありなん、と言いたげな表情で僕を一瞥した後でリゲル様に視線を戻す。
「怪我をする度に魔物を呼び寄せるような存在を公表すれば国の混乱しか招かない。……聞いておいて何だが、他国の皇太子に話して良かったのか? これをネタにそちらを脅すかもしれんぞ? 例えば……口外しない代わりに、そこにいる聖女様をこちらに寄越せ、とかな」
リゲル様の横にいるアリア様を見やってニヤリと笑みを浮かべるサルガス皇太子。……まぁ、彼の言うように普通なら話さない。……何か別の交渉材料がなければ。
「もちろん、シリウスの事は他言無用でお願いしたい。……だが現国王の婚約者であるアリアを出す訳にもいかん」
リゲル様はそこで一度言葉を切り──小さく笑ってから自身の胸をポンと叩く。
「とはいえそれでは貴殿も困るだろう。聖女は渡せないが、代わりに俺の血を提供する。……魔人病対策の研究には充分貢献出来ると思うが?」
「!」
一瞬でサルガス皇太子の笑みが消えた。
……無理もない。
カノープス家がアルデバラン王国の機密であるならば、シャウラ国の機密は魔人病──人が突然、魔物化してしまう奇病。
数年前に大規模な魔物狩りを行なった後から発症者が現れはじめ、特効薬はなし。発症すれば助かる術はなく死を待つだけ。
……ただし研究の結果、魔を払う神聖術を使えば症状を遅らせる事が出来ると判っていた。
そこでシャウラ国は解決を図る為にアルデバラン王国に現れた聖女に目をつける。聖女の力があれば魔人病を根絶出来ると考えたからだ。
……しかし、すでに他国で聖女と崇められている存在をそう簡単に連れて行く訳にもいかない。
そこで派遣されたのがサルガス皇太子。
表向きは友好を結ぶ為の留学だが、一番の目的は聖女であるアリア様と親密な関係を結び自国へ連れ帰る事。……当然これはシャウラ国でも機密事項。
本来ならアルデバランの人間が知るはずのない事だが……何せこちらには『先見の聖女』がいるのだ。
情報は武器である。
アリア様から提供されたこの情報は元々、サルガス皇太子が優勝もしくはリゲル様に勝った時に使う予定だったけれど……そうそうこちらの思うように物事が進むはずもないから仕方ない。
「……どこでそれを?」
厳しい視線を向けてくるサルガス皇太子に対し、リゲル様は余裕たっぷりに笑みを浮かべた。
「流石にそれは教えられない。だが……貴殿の反応を見る限り、情報は正しかったようだな」
「…………」
どう対応すべきか考えあぐねているのか、サルガス皇太子は口を閉じて黙り込む。
一方、リゲル様は笑みを称えたまま言葉を続けた。
「自分で言うのも何だが……特効薬を作るなら、俺の血を研究する方がたった一人の聖女に頼るよりよほど効果があると思うが? 実際シリウスの血にも効果があるのは立証されているしな。何ならこの場でシリウスの血を使って実演してもいいぞ」
……楽しそうだなリゲル様……。
こういう駆け引き、ホント好きですよね……僕は痛いの嫌いだからあまりやりたくないんですけど。それにこれ以上、余計な怪我をリゲル様にしてほしくもないし。
そんな事を考えながらサルガス皇太子の回答を待つ。
「……サルガス皇太子」
それまで黙っていたアリア様が口を開く。……顔を向けてきた皇太子に対し、聖女の微笑みを返して。
「リゲル様の仰るように私はシャウラ国に行くつもりはありません。ただ、魔人病に関してはまた別問題だと思いますので……リゲル様の案を受け入れて下さるのであれば、病気が根絶するまで出来る限りご協力はさせていただきます」
……止めのひと押し。
サルガス皇太子はぐっと詰まったように息を呑み──それから大きく息を吐いた。
「悪いが流石にオレ個人で決められる事ではない。少し時間を頂けるか?」
「ああ、構わない。お互いに取って良い返事を期待している」
笑みを浮かべたままのリゲル様を一瞥し、サルガス皇太子はゆっくりと立ち上がる。
「では失礼する。行くぞ、バスク」
「……では皆様。失礼致します」
恭しく一礼をしてから、バスクさんも主に続いて部屋を出ていく。
二人が退室してからしばらくして。
「……ふぅ」
リゲル様が息をついて椅子に深くもたれながら天井を見上げ、それからアリア様の方に顔を向けた。
「……やるだけやったが……上手くいくと思うか?」
それに対してアリア様はにっこりと微笑みを返す。
「大丈夫でしょう。ああ見えてサルガス皇太子は現実的な考えをする方なので……元々問題の解決を聖女だけに頼るのを疑問視していたはずです。国の決定だから従ってはいましたが、別の選択肢が出て、かつ『聖女の力』も借りられるとなれば……そちらに計画移行するためにシャウラ国を説得してくれるかと」
「そうか。なら回答を楽しみに待つとしよう」
ふっと笑みをこぼした後、今度は僕の方に視線を向ける。
「お前も今日はご苦労だった。サルガス皇太子との対決は見ていて面白かったぞ」
「……そうでした! シリウス様にあんなに剣技の腕があるとは知りませんでした!」
アリア様は表情をパッと明るくしてポンと両手を合わせる。何か恥ずかしいな。
内心こそばゆくなりながらアリア様に微笑む。
「有難うございます。いつもリゲル様に鍛えられてますし、ある程度は出来るつもりです」
実際、頻繁にリゲル様の相手をしてると否が応でも腕は上がる。ついていけないと打ち合いも誘われなくなるし。
……この辺りは資質も関わってくるから必ず向上するとは言えないけど。僕は魔王の力とかが潜在的にあって身体強化されてるような状態だから何とかついていけてる。
……従者のカイトスさんは途中で脱落しちゃったもんな。カイトスさんも護衛としては充分力あるんだけど……リゲル様が強すぎるんだよね。
「……今日は帰ってゆっくり休め。俺はアリアと少し話を詰めてから戻る」
「かしこまりました。では、失礼致します」
リゲル様の言葉に一礼をした後、部屋を出る。
「……これから……」
背中越しに二人が話し始めたのを聞きながら、ゆっくりとドアを閉めた。
「……は〜……疲れた」
建物を出た所で大きく伸びをした後、夕焼けで赤く染まった空を見上げる。
今日は盛りだくさんな一日だった。
リゲル様の言う通り、さっさと帰ってのんびり休もう……。
そんな事を考えながら寮に向かって歩き出した時。
──誰かの視線を感じた。
ハッと周囲を見回したがその瞬間に気配は消えて。木々の葉が風に吹かれて擦れ合う音だけが響く。
しばしその場で様子を窺っていたが、もう視線を感じる事はなかった。
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