第7話
入学からあっという間に三ヶ月が経った。
アリア様がサルガス皇太子に絡まれたり、僕の事でよく話すようになったリゲル様とアリア様の関係が邪推されて一部で噂になり、それをリゲル様がキレ気味で否定する羽目になった事以外は特に大きな問題は起きなかった。
……僕個人としては色々調べたい事もあったんだけど、リゲル様とアリア様がタッグを組んで交互に僕を監視してたものだからほとんど動けなかった。これだけが残念。
とはいえ件の剣術大会まで後一週間となり、二人の気合いもより強くなっているのでこのまま僕が何かするのは難しいだろうな。
頬杖をつき、何気なく窓の外に視線を移せば騎士の家系の方々が数名集まって鍛錬をしているのが見える。
剣術大会に向けてというよりは日課をこなしているようだ。授業でやるよりもずっと負荷のかかりそうな鍛錬をしている姿を見ているだけで何だかこちらも疲れてくる。彼らから視線を外し、息を吐いて天井を見上げた。
……剣術大会、どういう経緯で僕は怪我をするんだろう。
アリア様に訊ねてみたけれど、彼女も知っているのは「そういう事があった」という事象だけで実際に何があったかは判らないらしい。
とりあえず僕に出来るのは怪我をしないようにする事と、怪我をした場合でも最小限に抑える事。
色々な状況に備えて対策はしているけれど、何が起きるか判らない状況ではどうしても後手に回ってしまう。
それが不安要素になっているんだけど、考えても解決しない事に頭を使ったって無駄である。やるだけの事はやったし後は天に身を任せるだけだ。
そこで僕は思考を切り、少し離れた所に座って本を読んでいるリゲル様へ視線を移す。
元々王位に就くつもりのないリゲル様だが、勉学や武術のスキルは非常に高い。それはベテル王を下支えする為に身に付けた技量であるけれど、武術に関して右に出るものはそうそういない。何せベテル王からも「リゲルの剣の腕は王国随一」とお墨付きを戴く程だ。
今回の剣術大会も上位入賞は間違いなくするだろうし、優勝の可能性だって高い。……出来るならリゲル様と試合はあまりやりたくないのでブロック別だと良いな……。
そんな事を考えていたら、僕に見られているのに気付いたリゲル様が顔を上げた。
「どうかしたか」
「いえ、特に何もございません」
問いかけに首を横に振れば、リゲル様は僅かに眉をひそめる。
けれど僕がこういう時は追及してものらくらと躱されるのが判っているから、それ以上は何も言ってこない。
リゲル様が再び本に視線を戻したところで、ドアをノックする音が部屋に響いた。リゲル様と目を合わせた後、僕が立ち上がって口を開くより先にドアの向こうから男の声が聞こえてきた。
「突然の訪問失礼致します。私はサルガス皇太子の従者バスクと申します。リゲル王子にお会いしたいのですが、いらっしゃいますでしょうか?」
サルガス皇太子の従者……。
いつも付き従っている黒髪眼鏡の男性の姿が頭に浮かぶ。
ちらりとリゲル様を見れば小さく頷きを返してきたので、僕は「今開けますのでお待ち下さい」と声をかけてから入口に向かいドアを開けた。
「お待たせ致しました」
一度恭しく頭を下げ、それからゆっくりと顔を上げる。
そこには予想通り、従者の方とその主──サルガス皇太子が立っていた。
サルガス皇太子は僕を一瞥した後、すぐにリゲル様へと視線を向ける。
「突然の訪問すまない、リゲル王子。極力人の少ない所で話がしたかったのでな」
「……それは国家間に関わる話だろうか?」
僕が引いた椅子に腰掛ける皇太子を見るリゲル様の眉間の皺が深くなる。
隣国の皇太子から「極力秘密裏に話したい」なんて言われたらそうなりますよね。まぁ……直近のサルガス皇太子の動きを見る限り、ある意味国家間の問題になりそうな話だとは思うけど。
そんな事を考えながらリゲル様の後方に控えて次の言葉を待っていると、サルガス皇太子はニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。
「そこまで大げさな話ではない。今度の剣術大会……オレが優勝か貴殿相手に勝った場合、ベテル王との謁見を取り計らって欲しいのだ」
「……何だと?」
ベテル王の名前が出た事でリゲル様の表情が厳しくなる。そんなリゲル様の様子を気に留める事もなく、サルガス皇太子は言葉を続けた。
「まどろっこしいのは好かんので単刀直入に言おう。アリア嬢の件でベテル王に交渉をしたい。……アリア嬢との婚約破棄についてな」
おぉ、本当に馬鹿正直にぶちまけた。
……留学の目的ってアルデバラン王国と友好関係を結びつつ同盟強化をする為のはずなんだけど……。
ちらりと黒髪従者の方を見れば、小さく困ったような笑みを返してくる。
なるほど、皇太子の独断行動か……。
バスクさんも大変だろうなぁと思いつつ。
主の暴走を注意しないのは止めきれないのか、それとも主ならそれを達成できると思って止めないのか。
どちらとも取れないバスクさんの表情から視線をリゲル様に移せば、こちらは判りやすく不快感を露わにしていた。
「……アリアが現国王の婚約者と知っていながら破棄の交渉をすると?」
「そうだ。当事者同士で交渉する方が話が早いだろう」
何を言っているんだ、とでも言いたげなサルガス皇太子の態度。こちらからすればお前が何を言っているんだ、なんだけど。
顔には出さないように心がけつつ内心で呆れを抱く。
サルガス皇太子はこれまで自分の思い通りにならなかった事がないんだろうな。……勿論、実力はあっての振る舞いと結果だろうけど、流石に他国の王族相手にそれをするというのは傲慢以外の何者でもない。
「…………」
怒りが顔に出ていたリゲル様だが、自らを落ち着かせるように息をつき、それから首を横に振った。
「悪いがその申し出は受けられない。たかだか学院の剣術大会の結果で王との謁見を取り付けられる訳がないだろう」
「現国王の弟君でも?」
「弟である前に俺は臣下だ。王を煩わせる事はしない」
「そうか、残念だ」
小さく笑い、あっさりと引き下がるサルガス皇太子。
……こいつ、最初から断られるの判っていてここに来たな。単純にアリア様を狙っている事の宣言をしに来たのか、それとも別に何かあるのか……。
「それでは失礼しよう。邪魔をしたな」
サルガス皇太子は椅子から立ち上がると軽い会釈をしてドアの方へ向かう。
「……あぁ、そうだ」
バスクさんがドアを開け、部屋を出かかったところで皇太子はこちらを振り返った。
「貴殿はアルデバランでも有数の剣の使い手と聞く。……剣術大会、当たるのが楽しみだ」
「……そうか。こちらも楽しみだ」
お互い笑ってはいるがピリっと空気が張り詰める。
サルガス皇太子達が部屋を出て、ドアか閉まり──しばし間を置いてからリゲル様は椅子から立ち上がると壁に掛けてあった剣を勢いよく手に取った。嫌な予感。
「シリウス! 今から修練場に行くぞ! 付いて来い!」
怒りの形相でこちらに声を飛ばしてくるリゲル様。
まぁそうなりますよね。サルガス皇太子達の前で爆発しなかったからかなり頑張ったとは思いますけど。
「アリアは兄上の婚約者で未来の国母だぞ……そんな相手によくもまぁ手を出そうと思ったものだ。兄上どころか俺にすら敵わないと思うよう、徹底的に叩きのめして鼻っ柱をへし折ってやる……」
ぶつぶつと物騒な事を呟いているリゲル様に対し、僕は剣を腰に据えながら苦笑いを浮かべた。
「……留学生ですが他国の皇太子ですから、程々にして下さいよ」
「関係あるか! アルデバランを馬鹿にしてるも同然な態度、後悔させてやる!」
こちらの軽い注意に怒鳴り声を返し、ドスドスと足音を立てて部屋を出ていく。
これはしばらく収まらないな……。
「……まぁ、仕方ないか」
頭を掻き、早足でリゲル様の後を追う。
……その後、門限ぎりぎりまで鍛練場で打ち合いをする羽目になった。
すごく疲れた。
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