第1話
聖プリマステラ王立学院。
王都アストロギアの郊外に位置し、王族や貴族など、将来この国の政を担う子息子女が在籍する由緒ある学院だ。
創立二百年を越える歴史も持ち、校舎や講堂など中世の建築様式や技術を詰め込んで造られた建物は美しく、訪れた人の目を引き付けて離さない。
かくいう僕もその素晴らしさに目を奪われながら歩いていた。現在の建築物とは違った魅力があり、柱の装飾も見事だし絶妙なアーチで彩られた廊下のデザインも素晴らしい。
噂に違わぬ建築美に圧倒と感動を抱きながら歩いているうち、講堂へと続く大橋が見えてくる。深い朱色の橋と日の光を反射してきらきら光る泉のコントラスト、さらにその先に見える荘厳な講堂にはこれまた見事なステンドグラスが使用されており、一枚の絵画のような光景だ。
道の真ん中で足を止めてそれに見入っていた僕の横を、何名かの生徒がちらちらと横目で見ながら通り過ぎていく。
……いけない、通行の邪魔をしてしまった。
講堂から視線は外さず、僕はこれ以上邪魔にならないように端の方へ移動する。
そうしてまた見事な風景を堪能していると、歩いていた二人組の男子生徒が僕の方を見ながらひそひそと話している声が聞こえてきた。
「……なあ、もしかしてあいつ……」
「あぁ、カノープス家の……本当に入学していたんだな……」
……本人達は聞こえないように話しているつもりだろうけど、残念ながら僕は耳が良かったのではっきりと聞こえている。……まあ、こそこそ話されても仕方ないことだけれど。
僕は聞いていないふりをしながら彼らが通り過ぎるのを待つ。
聖プリマステラ王立学院は本来、伯爵位以上の子息子女が通う学院だ。子爵位以下の子息子女はピコラステラ高等学院に進学するのが基本である。
……だが、僕の家であるカノープス家は男爵位。
通常であればピコラステラに進むのだけれど、カノープス家はこの国において少々特異な家柄であるが故に男爵位でありながら王立学院への進学を義務付けられている。
認められているのではなく義務だ。僕に選択権などない。
……だから昔、夢の中で少女とした約束を守るなど出来なかった。
いつかあの少女が現れた時、王立学院に進学をしたのを彼女が知ったら怒られるんだろうか。でもどうしようもないことなんだし仕方ないとしか言いようがない。
そんな事をぼんやりと考えていた時、後ろから聞き知った声で名前を呼ばれる。
目の前の講堂から後方へ顔を動かせば、そこには見知った顔の青年がひらひらと手を振りながらこちらに歩み寄って来た。
「相変わらず昔の建物に目がないみたいだな、シリウス」
淡い茶色の髪を風に揺らし、僕の横に立った青年は泉の反射を眩しそうにしながら遠くの講堂へ視線を向ける。
……何でこの方ここに一人でいるのかな。
と思いながら僕は深く頭を下げて挨拶をするために口を開いた。
「おはようございます、リゲル様」
「そういう堅い挨拶はいらん。学院じゃ誰も見てないんだから」
パタパタと右手を振り、若干うんざりした様子でリゲル様は僕に視線を移す。
彼はリゲル=ギウス=アルデバラン。この国――アルデバラン王国第二王子だ。
年が近い事や諸般の事情もあり昔から仲良くしていただいている。元々型に捉われない自由な行動をされている方だけれど、数年前に第一王子が王位を継いだ後からその傾向が一層強くなっているので、周囲の人間は振り回されて非常に大変らしい。
「ところで……従者のカイトスさんは? 一緒に入学すると聞いていましたが」
本来ならここにいるはずの人について問えば、リゲル様は「あぁ」と短く呟いて頭を掻いた。
「先に講堂に向かわせた。入学式前に用事があってな。……大体、学院いる時にまで護衛をつけようとするのがそもそも大げさなんだ」
「そういう事を言っているとまた兄君……ベテル王に怒られますよ」
「………………いや、兄上なら大丈夫だ」
「えらく間が空きましたね」
「いちいち突っ込むな! ――というかそんな事はどうでもいい。今年の入学生の話、聞いたか?」
今年の入学生は第二王子のリゲル様や男爵家の僕が入学することも噂の種になっていたが……実はもう一人、話題に上がっていた人物がいた。
「確か……『先見の聖女』でしたか」
「何だ、知っていたのか」
僕の回答を聞いたリゲル様の顔は一気につまらなさそうなものに変わる。
……本当に判りやすい方だな。
表情に出るのは人としては取っつきやすい一因にもなるけれど、失礼ながら判りやすすぎて王政を行なうには正直向かないだろう。
「国を導いた聖女様の入学ですからね。いやでも耳に入りますよ」
「まあ、それもそうか」
リゲル様は納得したように顎に手を当てた。
「実は入学式前に顔を合わせる事になってな。どうせならお前も連れて行こうと思って探していたんだ」
「……顔合わせ、ですか……」
リゲル様の言葉に僕は考えを巡らせる。
先見の聖女とは数百年に一度現れる、王国を永遠に繁栄させるといわれる伝説の少女だ。
彼女の存在を王国が把握したのはニ年前。
前国王が病で崩御した後、王位継承争いでぼろぼろになった内政を予言と不思議な力で第一王子――現国王のベテル様を導き、見事に王国を建て直したという。
確かベテル様と婚約しており、学院入学と卒業を待って正式に婚姻を結ぶという話だったが……。
そこまで考えて、ふと頭に浮かんだ疑問を口にする。
「リゲル様……聖女様は兄君の婚約者ですよね? 今までお会いになられていなかったのですか?」
「…………ああ、会ってなかった」
僕のその言葉に、リゲル様は目を逸らしながら不服そうな表情を浮かべた。
「何度か席を設けられてはいたんだがな。その度に理由をつけて避けていたんだ。ただ同じ学院に通うとなると流石に逃げられなかった」
「……そんなに兄君を取られたのが悔しかったですか……」
「おいシリウス、間違えるな。俺はあんなやつに兄上を取られてない」
若干食い気味に言葉をかぶせてきたリゲル様に僕は苦笑いを返すしかなかった。
そうして向かった講堂の応接間。
部屋に通されてから五分ほど経った頃にノックの音がして、その後ゆっくりと扉が開く。
……扉の向こうには一人の少女。
艶のある美しい黒髪に透き通るような肌。
横に座っているリゲル様が渋い顔をしている中、少女は深く頭を下げてお辞儀をする。
「リゲル様、お初にお目にかかります。アリア=ミア=プラキドスと申します。今回はお会いいただく場を設けて下さり有難うございま……」
響くような綺麗な声で言葉を紡ぎながら顔を上げた彼女と僕の目が合い――彼女の動きがピタッと止まる。
……やっぱり部外者がいるのはまずかったのでは……。
今更ながらここにいる事が場違いだったかと少し後悔したけれど、今更どうしようもないのでとりあえず笑っておこう。
そう思ってへらっと笑ってみたが、彼女はしばらく固まったままで。流石にリゲル様が怪訝そうな表情で声をかけた。
「……おい? アリア、どうした?」
その呼びかけにアリア様は一瞬びくっとして――それから、がくっと膝から崩れ落ちるように床にへたり込む。
「お、おい!?」
その様子にリゲル様が慌ててソファーから立ち上がり、彼女の元へ向かう。一息遅れて僕もその後を追って座り込んでいるアリア様の所へ向かった。
「おい、どうした。具合が悪いのか」
「…………」
床に手を付き、何も言わず俯いているアリア様の表情は見えない。
僕と目が合うまではおかしな様子はなかった。……もしかして『先見の聖女』として何か感じ取ったか……?
あり得ない話ではないが、そうすると彼女がベテル様からどこまで聞いているかで対応が変わるけれど……流石に僕個人で判断は出来ない。
「リゲル様、あの……」
この場にいる、判断を下せる人物の名を呼んだ時。彼女の口から小さく言葉が漏れた。
「……で……」
「何だって?」
零れた声にリゲル様が再度声をかけて聞き漏らさぬように耳を立てる。
「……何で……何で……」
ぶつぶつと呟いているアリア様の様子に僕とリゲル様は顔を見合わせた。
瞬間、がばっと彼女は顔を上げる。――その両目に、涙を溜めて。
「何でここにシリウス君がいるの! あれだけ念押しして約束もしたのに! 何で⁉」
「えっ⁉」
その言葉に僕は驚いてアリア様を見て――それから、彼女と夢の中の少女が重なった。
「……もしかして、君……」
呆然とした気持ちで目を向けた彼女はぼろぼろ涙を零しながら僕を睨みつけていた。
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