第45話

「予定ではまだシャウラにいるはずじゃ……?」

 馬車から降りてこちらにやってきたエルナトさんをベンチから立ち上がって迎える。近くまで来て足を止めたエルナトさんは少し肩をすくめて笑った。

「アリア様の診療所巡りが思いのほか早く終わって、予定を切り上げて帰国したんだ。……ところで、そちらは……」

 エルナトさんにちらりと視線を向けられたレダは恭しくお辞儀をする。

「お初にお目にかかります、エルナト様。シリウスの妹のレダと申します。今後の末永いお付き合い、宜しくお願い致します」

 それを聞いたエルナトさんは一度姿勢を正した後、同じようにお辞儀を返した。

「挨拶が遅れまして失礼致しました。エルナトと申します。こちらこそ今後は宜しくお願い致します」

 レダは軽く会釈してから柔らかく微笑む。

「今日はこちらで開催している期間限定の桃のスイーツが食べたくて、兄様に一緒に来てもらったんです。宜しければエルナト様もどうぞ。先程食べましたが美味しかったですよ」

 そう言いながらレダはプリンが入っている箱をひとつ開け、そこから小袋を取り出してエルナトさんへ手渡す。……あれ、いつの間に買ってた……?

「有難うございます。後でいただきますね」

 レダにお礼を伝えた後、エルナトさんは一瞬僕の方を見て。

「すみません、少し失礼します」

 一礼をしてから停車中の馬車へと向かう。


「……情報源は誰、アリア様?」

「さあ、どうでしょう。こういうのは明かさない方が有利になると聞いたので秘密です」

 エルナトさんが離れたタイミングでレダを見るが、妹はくすっと笑うだけで答える気はなさそうだった。

 ……九分九厘アリア様だろうけど……どこで繋がり持ったのかな。レダはまだ夜会デビューもしてないし、そうそう関わる事はないはずだ。意識して会おうとしなければ接点はない。……というかそもそも、シャウラにいるアリア様とどうやって連絡取ってたんだろ?

 疑問はどんどん浮かぶが、何せ情報が足りなさすぎる。……今度アリア様に会った時に聞き出そう。と思い、それ以上考えるのを止めた。


 一方、馬車に向かったエルナトさんは御者と言葉を交わした後、馬車が走り出すのを見送ってからこちらに戻って来た。

「お待たせしました。せっかくここまで来て頂いてますし、宜しければレオニス領をご案内致しますがいかがでしょうか?」

「お気遣い有難うございます」

 エルナトさんの言葉にふわりと微笑むレダだったが、ちらりとベンチに置かれたプリンの箱を見る。

「……ですが、本日は家族へのお土産を買ってしまっていて。こちらを持ってご案内頂くのは少々不便かと思いますので、私は今回ご遠慮致しますが……」

 レダはそこで言葉を切り、僕の腕を引っ張った。

「でも、せっかくのお申し出ですから兄様を置いていきます」

「えっ」

 流石に声が出た。

「……え、ええと……」

 レダの提案に戸惑った様子のエルナトさん。そりゃそうだ。僕を案内する理由ないからね。そんな僕とエルナトさんを余所に、レダはプリンの箱を持ってスッと距離を取った。

「──という訳で兄様。四時間後くらいに迎えの馬車を領門前に来させますのでごゆっくりどうぞ。それではエルナト様、兄様を宜しくお願い致します」

 そう言って深く一礼した後。

 レダはくるっと踵を返して去って行こうとして──……そのまま行かせる訳もなく、僕に肩を掴まれて動きを止めた。


「何ですか? 兄様」

 すごく不思議そうな目で見られたけどそれはこっちのセリフだ。

「……レダ、流石にこれは無理矢理が過ぎる……」

「え? 駄目でしたか?」

 苦言を口にすると、きょとんとした表情を向けられる。

「……おかしいですね……アリア様は二人になるよう仕向けたら乗ってくるはずと言ってましたのに……」

 ……よし、アリア様は今度会った時に諸々問い詰めよう。

 流石に僕でもここまで強引な流れに乗りはしないし、人の妹に何を吹き込んでいるのか。

 エルナトさんも苦笑いを浮かべていたが、ややあってレダの目線に合わせるように少し身を屈めた。

「……流石に次はお断りしますが、今回はお気遣いに甘えてシリウスをお借りしますね」

「……!」

 それを聞いたレダはパッと顔を明るくする。

「はい、どうぞ! 最近兄様、すごく頑張っていたので宜しくお願いします!」

「判りました。ただ、お一人で門まで行かせるのも心配ですから、そこまではお送りします。……良いよな、シリウス」

 嬉しそうに話すレダに微笑んだ後、こちらに視線を向けてきた。はい、と頷くしか出来なかったが、それを見てエルナトさんはレダを連れて門に向かって歩き始める。


 ……そうして、門の近くで待っていたカノープスの馬車にレダを乗せて見送った後。

「まさかレダの話に乗っかるとは思いませんでした」

「……アリア様は今度腰を据えてじっくり説教するが、妹君に悪気はなさそうだったからな」

 意外に思った事を訊ねたら、エルナトさんはスッと目を細めたまま言葉を返してきた。……カイトスさんの時にたまに見たけど、こういう顔した時の説教、長いんだよね……。

 自業自得だから同情はしないけど、僕からアリア様に何か言う必要はないかもな。

 今後アリア様が受けるであろう事を考えながら、ほんの少しだけ頑張れ、と思ったりもした。

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