第44話
二年生に上がると、卒業後の進路などで一気に周りが慌ただしくなっていた。
僕は卒業後もリゲル様付きが確定してはいるものの、それに伴って覚えなくてはいけない事や関係各所への挨拶・顔合わせなどのスケジュールが組まれていたので、残念ながら暇という事はなく。
……エルナトさんは一応、カノープスに入る予定だけど……アリア様の侍女を続けるとか、何かしたい事があればやっていいよ、と話したので悩んでるみたいだった。
カノープス領はそこまで広い訳じゃないから、領地経営は従者やりながらでも僕一人で何とかなりそうだし。……エルナトさんが気にする場合は年末年始とか、時期的に忙しそうな時だけちょっとフォローしてもらえば大丈夫だろう。
……とまぁ、そんな感じで。
こっちが忙しかったからエルナトさんとゆっくり会う時間がなくて……気付けば夏季休暇直前になっていた。
「夏季休暇の間は休みにするからそれまで頑張れ」
リゲル様からそう言われてたから、それを糧に頑張っていたんだけど……よく考えたら、エルナトさんって夏季休暇の前半はアリア様に同伴してシャウラに行っちゃうから結局あまり会えないのでは……。
という事に気付いてしまい。
休みは嬉しい反面少し残念な気分になりつつ、それならそれで、と休み明けに予定していた挨拶回りを前倒しで行なう事を決め、突入した夏季休暇を過ごしていた。
「……兄様、夏季休暇も忙しそうですね」
食事中、妹のレダがこちらを見ながら声をかけてくる。
連日、色々詰め込んで動いているから家に戻るのも日が落ちてからだしね。
出来る事をやっておいて、残りの休みや夏季休暇明けの負担を減らすのが目的だから、それは別に良いんだけど……あまり妹の相手が出来てないからレダがちょっと不満そうだ。……たまには家族孝行しないとな。
「明日は午後なら時間作れるから一緒に過ごそうか」
「本当ですか⁉」
パッとレダの顔が明るくなる。
「うん。休暇中に予定していた挨拶回りもほぼ終わるし。何かしたい事があれば付き合うよ」
「ええと……」
微笑んでそう言えば、レダは「うーん」と言いながら俯いて考え込み。少し間を置いてから何か思いついたように顔を上げた。
「それならレオニス領に行きたいです」
「え? レオニス領?」
何でまた? と首を傾げた僕に対し、レダはニコニコ笑顔を浮かべている。
「今、レオニス領の菓子店が期間限定で桃のフェアをやっているそうなんです。桃カスタードのシュークリームと桃ジャムのプリンが食べたくて」
「……前も思ったけど、レダはどこから情報を仕入れてるの?」
素朴な疑問を口にすれば、レダはふふっと柔らかく笑う。
「女の子にはそういう情報網があるのですよ」
「……そういうもの?」
「そういうものです」
よく判らない情報網だな……。
そう思ったけど、レダが楽しそうにニコニコしていたから別に良いか、と考え直して。残っていたスープを飲み干して食事を終えた。
……そして翌日。
午前中で予定を全て済ませてから家に戻り、レダと一緒に馬車でレオニス領に向かった。
目的の菓子店はすぐに見つかったがすごい混んでて。店内飲食ではなく持ち帰りならあまり待たずに買えるという事だったので、持ち帰りで購入して広場のベンチで食べる事にした。
プリンは夕食後に皆で食べるために人数分購入。シュークリームと店頭に並んでいたピーチパイ、一緒に買った紅茶を持ってベンチに腰掛ける。
「はい、レダ」
「有難うございます」
レダとの間に食べ物を置き、紅茶を手渡す。
……さて、まずはシュークリームを一口。
桃のクリームが甘い分、カスタードが甘さ控えめでちょうどいい感じで美味しい。
ちらりとレダの様子を見れば、シュークリームを一口食べて、幸せそうに笑みをこぼした。
「美味しいです」
「そうだね」
そう言葉を交わしてから再びシュークリームに口をつけた後、咀嚼しつつ広場に視線を移す。
お昼過ぎの時間だからか、人はそこまで多くない。僕等みたいにベンチでのんびりしている人などを一通り見て──ふっと横に視線を動かせば、レダがそわそわした様子で周りを見ていた。
「レダ、どうかした?」
「……えっ⁉ あ、いえ……えっと……」
呼びかけに対し、しどろもどろな口調で言葉を返してくる妹に首を傾げる。
「……おかしいなぁ、今日の昼過ぎって聞いていたのに……もしかしてもう……」
「……何の話?」
ぶつぶつと呟くレダに重ねて声をかけるが、相手の耳には入っていないようだ。意識をこっちに向けようと手を伸ばし、肩に触れようとした所で。
広場の向こうから馬車が走ってくる音がした。
「あっ!」
それを見たレダがパッと顔を輝かせる。
……馬車を待っていたのか。
レオニス領にレダの知り合いがいるっていう話は聞いた事ないけど……って、あれ? あの馬車の紋章、王家の……。
馬車に付けられた紋章に気付いた時、馬車は僕等の前を通り過ぎて……それから離れた所で何故か停車した。
……そしてレダが何故かにまにまと表情を緩めている。誰だ、乗ってるの。
そんな事を考えている間に馬車の扉が開いて、姿を見せたのは──……。
「……シリウスお前、何でここに?」
「エ、エルナトさん⁉」
シャウラにいるはずの人の姿に、流石に驚いて声が出る。
……その視界の隅。
レダがしてやったりの顔で得意気に笑っていた。
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