第18話

 ……夜になったが消えたリゲル様とバスクさんの行方は依然として判らないままだった。

 シャウラ国としても他国の王子が行方不明になった事は重大な問題である。人を総動員して捜索に当たってくれてはいるが、現状手かがりすら見つかっていない。

「明日の日没まで待ちます」

 アルデバランへの連絡を待って欲しいと懇願されたアリア様は期限を設けた。明日の日没までに解決しなければアルデバランに報告して協力と対応を仰ぐ。

 ……そんな悠長な事を言っていられないとアリア様も思っていたようだけど、これは個人間のやりとりではなく国家間のやりとりでもある。いたずらに騒ぎを大きくするのは得策ではない──それは僕も判っている。

 ……でも。

 何もせず、ただ進展を待つというのは耐えられなかった。


 灯りもなく真っ暗な庭園の隅。

 夜も更けて自分以外誰もいない。

 ……耳を澄ませば、夜も遅いのに捜索を頑張ってくれている人達の音が遠くから僅かに聞こえる。

 ふぅ、と小さく息を吐き。

 腰に付けたレイピアの柄を握って鞘から抜いた。

 月の光が反射して光る刀身を一度空に掲げて──それから剣を下ろして後ろを振り返る。そこには厳しい表情をしたアリア様が立っていた。


「……何をしてるんですか」

 固い表情で問いかけてくる彼女に、僕は小さく笑って視線を返した。

「アリア様こそ。こんな時間にこんな所でどうしました? 聖獣がついているとはいえ、遅い時間の出歩きは危ないですよ」

「質問に答えて下さい」

 僕の質問は無視され、話を元に戻される。

 ……まぁ、そうだよね。

 アリア様は誤魔化されないし流されない。そういう人だ。

 ため息をついてから僕は完全に彼女に向き直った。

「別に……ただ待っているというのも耐えられないので……少し、自分に出来る事をしようかと思っただけです」

「……魔物を喚んで?」

「…………」

 その言葉に開きかけた口を閉じる。

 ……やっぱりバレていた。


 僕の血は魔物を呼び寄せる。

 剣術大会の時のように怪我などイレギュラーで血を流した場合、考える暇がないから召喚する魔物はランダム。

 でも最初から『この魔物を喚びたい』と意識して血を流した場合。喚ぶに当たって見合った血の量さえあれば……僕は僕の望む魔物を召喚出来るのだ。

 ……これはカノープスの嫡男だけに口伝えされる、僕しか知らない事。王族にも伝えていないカノープスの秘密。

 ……明言はしていないが彼女はそれを判っているみたいだし……流石は先見の聖女様といったところかな。


「……否定しないんですね」

 黙ったままの僕に対し、アリア様は変わらず厳しい表情を浮かべている。

「すぐバレる嘘はつきません。……無意味な事をするのは面倒なので」

 首を横に振りながらそう言うと、アリア様の顔は泣きそうに歪んだ。

「……それは駄目です。それをしてしまったら、完全に危険人物として扱われ……」

「アリア様」

 僕は彼女の言葉を呼びかけで遮る。

 アリア様の気遣いは有り難いけど、僕はそれを望んでいない。

「思い違いをされているようなので言っておきますが、僕は自分の事はどうでもいい。大事なのはアルデバランの王族の存続ですが……もう少し言っておくと僕が忠誠を誓っているのは王族全員じゃない。リゲル様です」

「……え?」

 アリア様が戸惑ったように声をもらす。


 ……どうやら物事や事実は把握していても、そこに人の意思が入った事象に関して先見は出来てないみたいだ。

「誤解はして欲しくないのですが、別に他の王族がどうでもいい訳ではありません。……ただ、リゲル様と他の王族の方々を選ぶ状況になったら……僕はリゲル様を優先します。その対象がベテル王だったとしても、です」

「…………」

 僕の言葉をアリア様は黙って聞いている。戸惑いもあるはずだけど、今の僕に対してどうしたらいいかを考えているんだろう。

 何かあった時に国王よりその弟君を選ぶって宣言している訳だし、正直反逆を疑われても仕方がない。

 でもまぁ……それも仕方ないよね。実際リゲル様の方が大事だし。

 ふぅ、と息をついてから僕はアリア様を改めて見た。


「これは僕の単独行動なので『アルデバランは把握も関係もしていない』と遠慮なく切り捨てて頂いて結構です。これでリゲル様の無事が確認出来れば行動の責任は取ります。その場合でも……エルナトでしたっけ、彼にも力は渡さないように対策しますから」

 自分でも淡々とした口調になっているのが判る。アリア様が泣きそうな表情で口を開きかけた──その時。


「随分とふざけた事を言っているな」


 不意に横から飛んできた鋭い声。

 僕とアリア様が向けた視線の先には厳しい表情でこちらを睨みつけるカイトスさんの姿があった。


「…………」

 カイトスさんはつかつかと僕の前までやってきた後、右手に握ったままのレイピアに目をやり──……それからロングソードを鞘から抜き、その切っ先を僕へと向けた。

「カイトスさん!」

 アリア様の焦ったような声が辺りに響くが、カイトスさんは微動だにしない。

「そんなに死にたいならここでボクが殺してやる。……お前が魔物を喚び出して、リゲル王子が見つかったとして……その場合、今度はそんな危険人物の同行を決めたアルデバランの責任が問われるんだよ。リゲル王子にそれを知らなかった振りが出来るとは思えないからな。……何の魔物を喚び出して、何をしようとしているか知らないが……自己満足のためにボクらを巻き込むな」

「…………」

 カイトスさんの言葉に僕は黙って視線だけ返す。

 ……確かにリゲル様は隠せないだろうな。隠し事苦手だし。何より僕だけに責任を押し付けるような事はしないだろう。

「……だから大人しく待っていろ、と?」

「そうだ」

 ぽつりと呟きをもらせば、間を置かずカイトスさんは言葉を返した。……僕とカイトスさんの間にピリっとした空気が張り詰める。


 ……それを破ったのはアリア様の声だった。

「シリウス様、少しでいいので時間を下さい」

「……時間?」

 顔だけそちらの方に向ければ、アリア様は決意を持った視線で僕を見ていた。

「明日の日没までなんて言いません。朝になるまで……日が昇るまで、時間を下さい。リゲル様を必ず見つけてきます」

「半日以上捜索して見つかっていないのに、どうやってですか?」

「…………」

 少し皮肉を込めた言い回しをするとカイトスさんが眉間に皺を寄せた。カイトスさんも判りやすいよね。

 一方、アリア様は表情を変えずに口を開いた。

「……シリウス様がやろうとした事と同じ事をします」

「……え?」

「元々、そのつもりでしたので」

 そう言って小さく笑うアリア様。

 ……本当にこの人、事実なら何でも知ってるんだな。なんて言うか、少し気が抜けた。


 僕がやろうとしていたのは夜の闇に紛れて動ける魔物を喚び出して使役し、リゲル様を探す事。見つかったら討伐される可能性もあったから、単独で動けて見つかった場合でも幻視などで対応出来そうなゲイザー辺りを喚ぼうとしていた。

 ……確かにアリア様なら似たような事が出来る。ドラーガナがいるから。


「……判りました」

 そう言って僕はレイピアを鞘に納める。それを見たカイトスさんも剣を引き、少し下がって僕から距離を置いた。

「日の出までは待ちます。ですが……」

「はい。それまでにリゲル様が戻って来なければシリウス様の思うようにして頂いて結構です」

 僕の言葉を引き継いだ後、アリア様は小さく微笑む。

「……そうはなりませんけど」

 随分自信たっぷりに言うなぁ、アリア様。とはいえ……そういう流れなら一人で行動させる訳にもいかない。

「アリア様、それなら僕も──」

 一緒に、と言いかけたところで。

 地面を靴が踏みしめる音がして、僕等はバッとそちらに顔を向ける。

 ……そこにいたのはサルガス皇太子だった。


「人の気配がするから何かと思えば……三人集まって楽しそうな密談してるじゃねぇか」

 ニヤリと笑いながら歩いてきたサルガス皇太子はアリア様の前で立ち止まる。

「アリア嬢は王子の居所の目星もついてそうだな。そういう事なら俺が同行する」

「…………」

 見下ろしてくる皇太子を睨みつけるアリア様に対し、相手は笑ったまま言葉を続けた。

「こういうのも何だが、シリウスを連れていくとリゲル王子の誘拐に関わった奴ら皆殺しにしそうだし、カイトスは護衛に不足だと思うぞ」

「…………」

 その発言にアリア様は一瞬固まって──それからちらっと僕達の方を見る。


 失礼な。流石に皆殺しはしない。

 まぁ……直接的に関わった奴等が判ったら、そいつらは……まぁ、うん。

 ……そう思ったのが伝わっちゃったのか。アリア様は息を吐いてからサルガス皇太子を見上げた。

「……判りました。お願いします」

「よし」

 満足そうに笑った後、サルガス皇太子は僕とカイトスさんに顔を向ける。

「そういう訳だからお前らは大人しく待っていろ。……シャウラとしてもバスクの事もある。そちら任せには出来ん」

 ……何だ、そっちが本音か。だったらこれ以上は何も言えないな。


「……宜しくお願いします」

 僕とカイトスさんはそう言って頭を下げる。

 サルガス皇太子はフッと笑って「任せておけ」と頼もしそうに返事をした。

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