閑話休題 シリウスとリゲルの昔話

 ──家族以外の人間は嫌いだ。

 どいつもこいつも自分で動こうともせず、人を利用する事ばかり。

 父上の人の良さにつけ込んであれこれ仕事を押し付け。成果だけかっさらい、何もしていないくせにさも自分がやったかのように大きな顔をする。

 ……でも、僕は父上みたいに優しくはないから。

 高圧的に威張り散らしながら僕に命令をしてきた貴族を、魔物を使い叩きのめして追い返した。

 ……それを何度か繰り返してたら叩きのめした貴族が結託して王様に泣きつき。僕はカノープスの別宅に隔離された。


 別宅とはいえ慣れた建物でもあるし、食事も定期的に運んでもらえるから生活に不自由はない。……不満があるとすれば家族と会えない事か。両親はもちろん妹とも会うのを禁止されており、食事など世話をしてくれる使用人も会話は最低限しか認められていない。

 出来る事も限られていたので、別宅にあった国の歴史書や遺跡などが載った本を読み倒し、他国の歴史書も取り寄せながら過ごして──そうして一ヶ月くらい経った頃。……お供を付けずに彼等が突然やってきた。


「初めまして、シリウス君。私はベテルと言う。こっちは弟のリゲルだ」

「…………」

 柔らかい笑みを浮かべて自己紹介をしてきた少年……この国の第一王子、ベテル王子を僕は口を閉じたまま見返す。

 ……確か僕より四つ上だったかな。そして……。

 ベテル王子の後方、彼よりも快活そうな雰囲気をまとった少年。僕と同い年の第二王子──リゲル王子が眉を潜めてこちらを見ていた。

「長い間こちらに留めてしまってすまない。……事情を精査するのと父を説得するのに時間がかかってしまってね。ようやく君と会う許可が降りたんだ。……いくつかの条件はあるけど、それを守ってもらえれば本宅に戻れるところまで話をまとめて……」

「僕は別にこのままで構いませんが?」

 ベテル王子の言葉を冷ややかな気持ちで遮る。……頭の奥がちりちりと僅かに痛んだ。

 それを無視して僕は言葉を続ける。

「家族に会えない不満はありますが、ここにいれば貴方達の下らない命令を効かなくて済む。”誰か”が家族に余計な手出しをしなければ大人しくすると王様とも確約をしています。……ここを出るのはデメリットしかないんだ。それが判ってて出る訳ないでしょう」

「……君……」

 驚いた様子でベテル王子は小さく声をもらす。

 ……頭の奥の痛みがじわじわと広がる。

 やっぱり王族本人相手だと影響が出るのが早いみたいだ。さっさとお帰り頂こう。

 ぐっと堪えて平静を装いながら僕は小さく笑った。


「貴方達と話す事は何もありません。どうぞお帰り下さい」

「…………」

 ベテル王子は何も言わずじっと僕を見ていたが、ややあって柔らかく微笑む。

「見立て通り、君は随分と家族想いのようだ。……確かリゲルと一緒だからまだ九歳だよね。年齢を考えても、やっぱりここから出て家族と過ごすのが一番良いと思うよ」

「……僕の話聞いてますか?」

 僕の意見を無視した適当な発言に苛立ちを覚え……どんどん強くなる痛みに吐き気がしてきた。

「ただ君の心配と不安も判る。だから……リゲルと勝負してもらえないかな。リゲルに勝ったら望み通り好きなだけここにいてもらっていい。でもリゲルに負けたら……その時は条件をのんでもらってここから出てもらう。どうかな?」

「…………」

 何を馬鹿な、と言いかけたが声が出ない。

 頭の中ではズキズキと鈍い痛みが断続的にあり、それに紛れるようにあるはずのない声が響く。


 ──王族に逆らうな。受け入れろ──


 これまでにも王族に対して疑念を持った時に何度か聞こえた声。

 しかしこれまでよりもはっきりと響いている。

 ……気持ち悪い。

 人の頭の中で勝手にしゃべるな。

 そう思っても声は止まない。……駄目だ。この申し出を受けなければ延々と声は話し続ける。


「……判り、ました」

 歯噛みしながら声を絞り出せば、ようやく声が止んで痛みは少し和らいだ。

「交渉成立だね。……リゲル、頼んだよ」

「はい」

 ベテル王から視線を向けられたリゲル王子はすっと前へ出る。そうして持っていた剣を鞘から抜いて正面に構えた。

「お前は魔物を呼び出すと聞いている。何でもいい、出してみろ。何を出しても叩きのめしてやる」

「…………」

 同い年とは思えないくらい、鋭い威圧感。

 ……正直言って、長引けば長引くだけ僕は不利になる。

 実際に王族を前にして理解した。

 アルデバラン王族への血の契約は思っていた以上に強い。おそらくリゲル王子を傷つけようとしたら一気に抑止の影響が出るだろう。……勝負に勝つには、それに僕が耐えられるかどうかだ。

 ふぅ、とひとつ深呼吸をしてから。

 内に持っていたナイフで手のひらを切った。


 血に含まれた魔力が膨れ上がって魔法陣が床に浮かび上がり──光と共に呼び出したヘルハウンドが姿を現す。

「リゲル王子を襲え」

 短く、一言。

 発した僕の命令に従ってヘルハウンドはリゲル王子に跳躍して飛びかかった。

「……っ⁉」

 流石にリゲル王子も驚いた様子で目を見開く。……同時に、頭を刺す強い痛みとガンガン響く声。

 一瞬くらっと視界が揺れ、痛みに僕は頭を押さえる。


 ──王族に牙を剥くな──


 ……うるさいな。


 ──魔物を下がらせろ、王族を傷つけるな──


 うるさい。黙ってろ。


 ──王族に──


「……うるさいなぁ! 黙れ! 僕に命令するな!」

 耐えきれずに声が口から出る。


 ……その瞬間、ヘルハウンドと対峙していたリゲル王子が驚いたようにこちらを見た。


 ガンガン痛む頭に響く声は止まらない。

 ぐっと奥歯を噛みしめて耐えるが脂汗が滲んでくる。


「……思っていた以上に耐えるな……」


 小さく聞こえたベテル王子の声。

 フッとそちらへ目を向ければ、ベテル王子は申し訳なさそうな表情でこちらを見ていた。

 ……ああ、そうか。ベテル王子は判ってる。

 僕が血の契約でリゲル王子に対して危害を加えるのが難しい事を。……判っていて勝負をもちかけている。

 ……何だよ。

 結局は僕を外に出して良いように使うのが目的なんじゃないか。

 やっぱり王族なんて信用ならない。

 なんでカノープスに生まれただけで王族に絶対的な従属をしなくちゃならないんだ。

 ……冗談じゃない。死んだって言う事なんて聞くもんか。


「……ヘルハウンド! やれ!」

 重ねて命令を口にしたところで、更に痛みと声は強くなる。頭が割れそうなくらい痛い。


 その瞬間、ヘルハウンドはリゲル王子に飛びかかり──リゲル王子は──


「……シリウス! 一度止まれ!」

 そう言って持っていた剣から手を離した。


 得物が無くなった事でヘルハウンドの攻撃はすんなりリゲル王子に入り、鋭い牙が彼の右腕に喰い込む。

「…………っ!」

「リゲル!」

 苦悶の表情を浮かべるリゲル王子に対し、ベテル王子が焦ったように声を上げた。

 攻撃を成功させたヘルハウンドは一度離れて、再び攻撃を加えようと体勢を整えた──が、流石にそれを許す訳にはいかなかった。

「ヘルハウンド! 止めろ!」

 僕が飛ばした制止の声にヘルハウンドは動きを止める。


 戦闘が止まった場の中、リゲル王子の元へベテル王子が駆け寄った。

「馬鹿! 何をしてるんだ!」

「大丈夫です、兄上。ご心配なく」

 右腕から流れる血を押さえながら、リゲル王子は僕の方へ顔を向ける。

「随分とキツそうだが……それは『血の契約』とやらの影響か?」

 ……どうやらベテル王子と違い、リゲル王子は僕についてちゃんと判っていなかったようだ。

 何も言わずに頷きをひとつ返せば、リゲル王子は「そうか」と短く言葉をもらし。

 ややあって口を開いた。

「ならフェアな勝負じゃなかったな、悪い。……それなら……」

 リゲル王子は一度何か考え込むように少し俯き、それから再び顔を上げる。


「……そうだな、こうしよう。シリウス、王族としての命令だ。俺に対しては一切の遠慮はいらない。勝負事をする時もだ。その結果俺が怪我をしたり……最悪死んでも、遠慮も気遣いもいらないから全力でこい。この命令は他の王族が何と言おうと俺自身が撤回するまで有効な命令だ。いいな」

「……え……」

「リゲル、それは……」

 僕が声を詰まらせる一方、ベテル王子が困惑したように目を向けた。それに対し、リゲル王子は申し訳なさそうに笑う。

「すみません、兄上。……でも、今の状態で俺が勝ったとして、どちらも納得出来る結果にはならないと思います」

「…………」

 その言葉にベテル王子はぐっと息を呑み……そして、小さく笑ってから息を吐いた。

「……判った。リゲルの好きなようにするといい。余計な策を張ってすまなかった」

「有難うございます」

 ベテル王子に頭を下げた後、リゲル王子は僕へ顔を向ける。

「そういう訳だから仕切り直しだ。いけるか?」

「…………」

 その問いかけに僕は口を噤んで黙り込む。

 ……リゲル王子の命令で、先程まであった痛みもうるさかった声も嘘のように治まっていた。

 はい、と短く返事をすればリゲル王子は満足そうに笑う。


「……リゲル、ひとつだけ」

 ベテル王子がぼそぼそと何かをリゲル王子に耳打ちする。彼は一瞬きょとんとした顔をして──それから「へぇ……」と呟きニヤリと笑いながら僕を見た。……何だ、一体。


「……じゃあ仕切り直しという事で……二人共、準備はいいかい?」

「はい」

「いつでも」

 ベテル王子の言葉にリゲル王子と僕は同時に返答をする。それを聞いたベテル王子は僕等を交互に見やってから──

「始め!」

 開始の声が部屋に響き渡った。

「いけ」

 僕の命令はヘルハウンドはその場から駆け出しリゲル王子に向かっていく。

 ……痛みはない。うるさいあの声も。

 王族当人が許可すればこんな事になるのか。

 逆に変な感じだ。

 王族に対して嫌悪感や殺意を抱いた時にはいつも痛みと声が頭にあった。今はそれを全く感じない……いや、ちょっと違うかも。

 少なくとも今、リゲル王子に対して嫌悪感は感じていない。僕にあんな命令するなんて予想も出来なかった。

 戸惑い半分、残りは興味を抱く気持ちが今は強かった。


 ヘルハウンドに対し、リゲル王子は剣をやや下段後方で構え──飛びかかった所を身をずらしてかわしながら下から斬り上げるように剣を振るった。

 腹から前足部分に剣が当たり、切れる。ヘルハウンドは着地出来ずに地面へ落下した。

 完全にヘルハウンドの動きを読んでのカウンターだ。何この人。さっきまでの攻防で動きを見切ったって事?

 僕がぎょっとする一方、リゲル王子はそのままヘルハウンドに剣を突き刺して止めを刺す。

 ……それから、くるっと身を翻して今度は僕の方へ向かって来た。

 あ、まずい。別の魔物を召喚しなきゃ!

 焦りながらナイフで再び手のひらを切る。血を滲ませて召喚を──する前に、リゲル王子は僕の眼前まで距離を詰めていた。

「悪いが俺も使えるものは全部使うぞ」

 ニヤリと笑いながらそう言って。

 リゲル王子は剣を投げ捨てて左手で僕が先程ナイフで切った手のひらをぐっと握った。

 ……瞬間、怪我に触れられた痛み……ではなく。ジュッと焼けるような感覚が走った。

「熱っ!」

 思ってなかった感覚に驚いて声が出る。

 何これ熱い。傷口が焼ける。


「……なるほど、こういう感じなのか……」

 すぐ近くでリゲル王子の感心したような声がした。彼はスッと握っていた手を離す。……彼の左手には血が付いていた。

「悪いな。これ以上魔物は召喚させない。その代わりこっちの武器もなしだ」

「……な……」

 言われて気が付く。

 新たに血が出たはずなのに魔物が召喚されていない。

 一体、どういう……。

「まぁ、武器がなくてもお前に負ける気はしないけどな」

 疑問について考える間もなく。

 ニヤリと笑ったリゲル王子にひやりと背筋が寒くなった。


「……シリウス君、大丈夫かい?」

 仰向けでダウンしていた僕をベテル王子がひょこっと覗き込む。

「…………一応…………」

 荒い息の合間でそう答えれば、ベテル王子はホッとしたように表情を緩めた。

「なら良いんだけど……リゲル、ちょっとやり過ぎ」

「すみません」

 僅かに咎めるような視線をベテル王子から向けられたリゲル王子は素直に謝罪した後、僕の近くまでやってきてこちらを見下ろす。

「ともあれ、勝ったのは俺だ。異論はあるか?」

「…………ないです」

「ならここでの生活は終わりだ。休んで回復したら本宅へ戻れ」

「…………判りました」

 これ以外言いようがない。あの後、何をしようとしても防がれてボコボコに叩きのめされた。

 魔物が呼べなかったとはいえ、血の契約の影響もなく武器による優位性なども無かった状態でここまでされたらぐうの音も出ない。

 それでも不満そうな表情が出ていたのか、リゲル王子は僕を見て苦笑い混じりの視線を落とした。


「……不平不満はもちろんあるだろう。……命令の撤回はしないから、気兼ねなく俺にぶつけにこい。受け止めてやるし、もしふざけた事を言ってくる人間がいれば何とかしてやる。……だから安心して家に戻れ」

「…………」

 正直、まだ完全に信用している訳ではない。

 それに僕と同い年でしょ。何とかしてやるって言われても手放しで「判りました」なんて言えない。……でも、まぁ……思っていた王族とは全然違う。他はともかく、彼は約束は守ってくれそうだ。

「……判りました」

 そう言葉を返せば、リゲル王子は満足そうに笑顔を見せた。

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