第26話

 ……翌日。寮の部屋に荷物を置いた後、門の前でリゲル様の到着を待つ。

 伝え聞いていた時間とほぼ変わらずに馬車が到着してリゲル様が降りて来た。


「出迎えはいらないと伝えていたはずだが」

「せっかくの従者デビュー初日ですし。……それにこの一ヶ月皆と会えてませんでしたから、気がはやって学院に早く着きすぎてしまって……時間を持て余してました」

 そう言いながら馬車に乗っていた荷物を降ろして持とうとしたらさっと本人に取られる。

 全部主人に持たせて従者が手ぶらじゃ何を言われるか判ったものじゃないから持たせて下さいとお願いしたら、渋々半分だけ寄こしてきた。……そんな不満そうな顔をされてもこっちも困る。


「カイトスさんには持たせてませんでした?」

「あいつはこういう時すごく動きが早かったからな。こっちが手を出す前に取られて持てなかった」

 寮に向かいながら会話を交わす。

「改めて言っておくが、少なくとも学院内では従者として動かなくていいからな。今まで通りでいい」

「そう言われても……」

 リゲル様がそう思っていても周りはそう思ってくれないからね。

 そんな意味を含んで視線を向ければ

「馬鹿馬鹿しい。大体、主人本人が良いって言っているのに何を気にする必要がある」

 と呆れ混じりの視線を返された。


 そうして荷物を置き、始業式がある講堂へ向かう途中。

「リゲル様、シリウス様。おはようございます」

 後ろから声をかけられ、僕等はそちらに向き直る。

 そこにはアリア様と……少し後ろに控える形でエルナトさんが立っていた。

 当然ながらエルナトさんは女生徒の制服を着ていたけど、一ヶ月前と比べて髪が肩に付くくらいに伸びていて印象が変わっていた。……ひと月でこんなに伸びるもの?

「ああ、おはよう」

「おはようございます。アリア様もお元気そうで何よりです。エルナトさんも……随分と髪が伸びましたね」

「……流石にあのままじゃ怪しまれそうだったからな。変化の応用で少し伸ばした」

「へえ、一部だけ変えられるって便利ですねぇ」

 周りに聞かれないように小声で答えたエルナトさんの言葉にそんな事も出来るなんてすごいなぁ、と単純に感心する。そういえば「大柄で浅黒の男性に変化しようと思っていた」とも言っていたし、髪を伸ばすくらいは簡単なのかな。……そういう事が出来るならもう少しいじればいいのに……。

 そう思いながら若干視線を下げる。

「おいどこを見てる。張り倒すぞ」

 流石にバレた。


「……それより、エルナトの『体調』はどうだ?」

 僕を小突いた後、リゲル様がエルナトさんに声をかける。

「少し日差しがきついですが、大きな問題はありません。アリア様にも気を使って頂いてますので、生活にも支障はないです」

「そうか、それなら良い。……何かあったらアリアか俺、シリウスにすぐ言ってくれ」

「有難うございます」

 リゲル様の言葉にお辞儀をするエルナトさん。

 ……そっか、ヴァンパイアって日の光に弱かったっけ。カイトスさんの時はあんまりそんな感じしなかったけど、変化してる時はまた違うのかな。……よく見るとあまり顔色も良くないけど……。

 エルナトさんを見ていたら、フッとこちらに顔が向き視線が合う。彼女は一瞬ぐっと息を呑み──何も言わずに視線を逸らした。

 …………ん?

 ちょっとした違和感を感じ、声をかけようとした矢先。始業式開始直前を知らせる構内アナウンスが響き渡った。


「……おっと、のんびりしすぎたな」

「講堂に行きましょうか」

「はい」

 こちらに向かって微笑むアリア様に対し、エルナトさんは返事をして歩き出す。

「…………」

「シリウス、置いていくぞ」

 立ち止まって動かなかった僕にリゲル様の声が飛ぶ。……仕方ない、後で考えよう。

「今行きます」

 呼びかけに答え、僕はリゲル様の後を追って講堂へと向かった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ……始業式の後、教室でオリエンテーションを受け終わり。

久しぶりに顔を合わせるクラスメイトと談笑を交わす人達がいる一方、新しく入ってきたエルナトさんに興味を持った人達がその周りに集まっていた。

 当たり前だが『カイトスさんに妹がいたなんて知らなかった』という事を中心に話しかけている人が多く、そこからエルナトさん個人に対しての質問を投げかけていく。

 すぐ横にアリア様もいるからあまり不躾な質問や発言は飛んでないようだけど……周りにいる人達の質問には一通り答えているし、もうそろそろ良いかな。

 そう思いながら僕は席を立った。


「エルナトさん、少し良いですか?」

「え?」

 横から声をかけられ、エルナトさんがフッと顔を上げてこちらを見上げてくる。

「……顔色が悪いですよ。お体も強い訳ではないですし、あまり無理しない方が良いのでは?」

 僕の言葉にアリア様とエルナトさんが少し驚いたような表情で僕を見て、周りにいた人達は改めてエルナトさんを見て申し訳なさそうな顔になる。

「そういえば先日まで療養されていたんでしたね。気が利かずに申し訳ありません」

「いえ、大丈夫です。お気になさらないで下さい」

「また明日体調が良かったらお話聞かせて下さいね」

 ふわりと微笑んでひとり離れれば、それについてまたひとり去って行く。……そうして、その場には僕とアリア様とエルナトさんが残った。


「……何か用か?」

「はい」

 口調を戻してこちらを見上げるエルナトさんに小さく笑った後、僕はアリア様へ視線を移した。

「……アリア様、エルナトさんを少しお借りしても良いでしょうか?」

 その言葉にアリア様はちらりとエルナトさんを見て──彼女が頷いたのを確認してから口を開く。

「あまり長い時間でなければどうぞ」

「有難うございます。……エルナトさん、行きましょう」

「……判った」

 そう言ってエルナトさんは立ち上がって鞄を持つ。

「エルナトさん、私は先に寮に戻りますね」

「判りました。こちらも用が済んだら戻ります」

 簡単にやりとりを交わした後、エルナトさんは先に歩いて教室の入口へと向かう。

「それでは失礼致します」

 アリア様に挨拶と会釈をしてから僕もその後を追うように入口に向かって──


「……よく見てるなぁ」


 ぽつりと小さく呟かれた言葉が耳に入り、足を止めて振り返る。アリア様はふわりと微笑みながらこちらを見ていた。

「宜しくお願いしますね」

「……はい」

 アリア様も把握はしてるのかな。……そりゃそうか。そんな事を思いながら教室を出た。

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