第25話

 シャウラからアルデバランに戻ってきてあっという間にひと月が過ぎようとしていた。

 その間にシャウラで起きた誘拐事件に関しては両国の代表者で集まって話し合いを行ない、概ねリゲル様達が立てた計画通り交流は続ける事で決議は終了。

 ちなみにバスクさんの身柄の引き渡しはなし、そのままシャウラで対応することに決まった。


 僕が勝手にエルナトさんに譲渡した魔王の力についてはベテル王・リゲル様・アリア様の三人で秘密裏に会合。結果としてカノープスによる魔物召喚の危険性が無くなった事、また魔物の使役についても僕は出来なくなっており、エルナトさんもヴァンパイアの眷属にあたる蝙蝠以外は使役が出来ない事から大きなお咎めは受けなかった。

 ……流石に僕は父上からこっぴどくお叱りを受けて二週間家から出してもらえなかったけど。……でも、魔王の力の影響が減った事は喜んでいたようだったのでやった事に後悔はない。


 ……そして、エルナトさんの処遇。

 レオニス伯爵への説明はアリア様だけじゃなくてリゲル様も立ち会いして行なったらしい。

 流石にレオニス伯爵も驚いていたそうだが、あまり大きく騒ぎたてる事はなく話は済んだようだ。

「息子が娘になろうが、人間じゃなかろうが、誇りに思っている子どもに変わりはないから問題ない」

 と言っていたそうなので、エルナトさんも安心したんじゃないかな。

 その上で「カイトスさんはシャウラに留学」するためリゲル様の従者を解任、後継に僕を任命するという流れで話が決まり、加えて「今まで病気で療養していた、カイトスさんの双子の妹エルナトさん」を特例で入学させ、アリア様付きの侍女にするという話に表向きはなっていた。

 ……正直、無理矢理でちょっと苦しい話だなぁと思わなくはなかったけど、他に代替案が出せる訳でもないので何も言わないでおく。


 ……ともあれ。

 夏季休暇が明けて明日からまた学院が再開する。

 リゲル様も含めて全員それぞれ対応に追われていたので、人伝てで皆の状況を聞いてはいたけど直接会ってはいない。

 ……皆、元気かなぁ。

 そんな事を思いながらぼんやり窓の外を見ていたが、そこへ部屋のドアをノックする音が響く。

「シリウス、少しいいか」

 父上の声だ。何だろ。「どうぞ」と返事をすれば僅かな間を置いてゆっくりとドアが開き、父上が顔を覗かせた。


「何かありましたか?」

 僕は椅子から立ち上がりかけるが、父上は後ろ手にドアを閉めながら「座ったままでいい」とそれを制してきた。

「……明日から学院がまた始まるが、準備は出来ているのか?」

「はい。持参する物もほとんどありませんので……用意したのは制服とちょっとした身の回りの物だけですね」

 ちらりと壁に掛けてある制服一式を見ながら答えれば、父上は短く「そうか」とだけ呟いた。

「…………」

「…………」

 どちらも口を閉じたため、部屋の中を沈黙が支配する。……そんなに言い難い事なのかな、と思いながら僕は小さく苦笑いを浮かべた。


「……今度はどんな指示がきましたか?」

 聞かないと話が進まなそうなのでこっちから切り出せば、父上は何とも言えない表情で僕を見る。

「……魔王の力を保有したエルナトの監視と……状況によっては排除の指示だ」

「ついこの間まで監視対象だった僕が誰かの監視を指示されるなんて笑えますね。どこからです?」

 おかしくなってつい鼻で笑ってしまう。

 そんな僕をたしなめるように軽く注意をしてから、父上は話を続けた。

「……ミザール卿だ。おそらくベテル王に話さず独断でこちらに指示を出してきている」

「ミザール卿も随分と偉くなりましたね。機密扱いの存在に独断で指示出しするとか……あぁ、頭の中もおめでたいのかな?」

「シリウス、言い方に気をつけろ」

 流石に強めに注意される。


 ……たまにいるのだ。

 立場上情報を得ただけで、国家機密の存在である僕を駒のように扱おうとしてくる人が。……この辺は父上の人の良さが仇になってる部分もあるけど。

 頼まれたら断れない性格だから、昔から何でも引き受けて……それが当たり前みたいになって、一部で「カノープスは指示したら何でもやる」みたいな認識になっている。

 最初は直接僕に話が来ていたが、ずっと無視していたら父上経由で指示がくるようになった。

 ……それでも基本無視して受けないけど。

 リゲル様やベテル王からの指示ならともかく、何の縁もない人のいう事を聞く義理なんてないからね。それに内乱騒ぎの後から汚れ仕事の指示ばっかりしてくるし。全くもって受ける必要性を感じない。


「……どうするかは別として、とりあえず話は聞きました。また何か言われてもいつも通り『伝えてはいます』で回答をお願いします。何かあれば『直接息子に言って下さい』で突っぱねてもらって大丈夫です」

「……すまない」

「気にしなくて良いですよ。そもそも、こっちにあれこれ指示してくる輩に問題があるんですから」

 申し訳なさそうに身を小さくしている父上に笑いながら言葉をかける。

 ……自分で言うのも何だけど。

 こんな人の良い父上からよくもまぁ自分みたいな奴が生まれたよね……。

 父上が部屋から出て行った後、すっかり日が落ちた外に視線を移す。


 ……さて、明日からまた学院生活の始まりだ。状況は色々変わったけど、なるようにしかならないっていうのは変わらない。

「……久しぶりに皆と会うのは楽しみだな」

 口をついて出た呟きを静かな部屋に落とした後、僕は立ち上がって部屋を出た。

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