第24話

 ……そして朝がきた。

 魔王絡みの話もあるため、サルガス皇太子は参加せず。四人だけで集まっての話し合いだ。


「カイトスさんが……エルナト……」

 説明の最初、エルナトさんの事を告げればアリア様が絶句してテーブルに突っ伏した。

「何かもう自信なくなってきちゃった……リゲル様のイベントも読み間違えちゃうし……ていうか私の知ってるビジュアルと全然違うんだけどどういう事……? そもそも性別が違うって何……?」

「……あの、アリア様? 大丈夫ですか?」

「気にするな。たまにこうなる。おいアリア、話の途中だ。ちゃんとしろ」

 アリア様を見てわたわたしているエルナトさんにリゲル様は声をかけた後、アリアの頭を軽く叩いて注意をした。

「……エルナトって大柄で浅黒の男性だったはずなのに……うう、先見の称号返却しようかな……」

「えっ」

 ぶつぶつと呟いていたアリア様の言葉にエルナトさんが反応する。

「どうかしました?」

「……いや……アリア様が言っていた風貌、アルデバランに戻ってから変化して使おうと思っていたのとそっくりだったから……」

「変化⁉」

 僕の質問に答えたエルナトさんの言葉にガバっとアリア様が顔を上げた。その勢いにエルナトさんがびくっと肩を震わせる一方、アリア様は納得したようにうんうんと頷いている。

「……何だそういう……だったらビジュアルが違うのも納得出来るけど……キャラの説明、手抜き過ぎじゃない……?」

「あー……アリアはとりあえず無視していい」

 ぶつぶつ独り言を呟くアリア様を放置する事を決めたらしい。リゲル様は改めて僕に顔を向けた。


「まずシリウスは勝手な事をしてくれたな。……無事だから良かったものの、お前が死んで一番被害を被るのはカノープスの一族だぞ。家を考えるなら自分から危険な真似はするな」

「…………」

「返事」

「はい」

 黙ってたら注意された。でもまぁ……一理あるからなぁ。仕方ない。

 それからリゲル様はエルナトさんに目を向ける。

「……カイトスじゃなくてエルナトで良いんだよな?」

「はい」

 主の問いかけに姿勢を正して返事をする。リゲル様は感心したようにまじまじとエルナトさんを見ていた。

「性別も違うと聞いてるが……見た目は瞳の色が違うくらいしか差異がない……いや、全体的に体つきが少し華奢か。まさか化けた魔族が従者についてたとは思わなかった……従者になったのは魔王の力を持った人間を探すためか?」

「……はい。当初はベテル王付きの臣下になって探すつもりでしたが……アリア様が現れて混乱をあっという間に静めた事でその機会は無くなりました。その後リゲル王子の従者の話が持ち上がり、そのまま任に就いていた形になります。学院にいる間は探すのを諦めていましたが……こんなすぐ近くに……しかもシリウスがそうだとは全く思ってませんでした」

 ちらりと僕を見ながら淡々と回答していく。……僕を見る時だけ目が鋭いんだよね、エルナトさん。血を分けた仲でもあるし、もう少し友好的になってくれても良いんじゃないかなあ。


「確か『カイトス』の後見人はレオニス伯爵だったな。彼もこの件に絡んでいるのか?」

「いいえ」

 エルナトさんは首を横に振ってそれを否定する。

「伯爵は何も知りません。……そもそも魔族である事を隠した『カイトス』の状態でレオニス伯爵に拾われて後見人についてもらっただけなので……ボクの正体は把握しておりません」

「……拾われた?」

「ええ。ボクは力が弱くて故郷を追い出されたはぐれなので。人間に化けて生活していたところを拾われて……正直、エルナトよりも『カイトス』で過ごした時間の方が長いです」

「…………」

 若干自嘲気味に話すエルナトさんにリゲル様は口をつぐむ。


 ……はぐれ……聞いた事はあるけど、実際に見るのは初めてだ。

 魔族は基本種族毎に集落を作って生活しているらしいけど、何かの理由でそこを追い出された魔族をはぐれと呼ぶ。

 ……エルナトさんが魔王の力を手に入れようとしたの、それが理由なのかな。

「……判った。レオニス伯爵に今回の件で責任を求める事はしないでおこう」

「有難うございます」

 息をつきながら発したリゲル様の言葉にエルナトさんは深く頭を下げる。

 一区切り話がついたところで、リゲル様は「うーん」と唸りながら天井を仰ぎ。それから視線を僕等へと戻した。


「……次に考えるのはエルナトの処遇だが……魔王の力を全て渡した訳じゃないんだよな?」

 リゲル様に視線を向けられたので、僕は深く頷いてから口を開いた。

「はい。おおよそですけど七割くらいです。ただ、魔族という資質があるからかエルナトさんが出血しても魔物召喚はありませんでした。使役が出来るかは試していないので判りませんが……単純にエルナトさんの基礎能力が強化されただけのようです。僕の方には三割程度残っていますがこちらも出血による魔物召喚はなし。身体強化は少し性能落ちてますけど、技能は特に問題なさそうです」

 あの後、エルナトさんにお願いして実験した結果を報告したけど──リゲル様が非常に渋い表情で僕を見ている。

「…………お前、大量に血を抜いた後でそんな事までしてたのか。魔物が召喚されてたらどうするつもりだった? 武器もないのに」

「え? ……あっ」

 情報を集めたくてやってたけど、そう言われればそうだ。余計な事まで言っちゃったな。

 口を閉じて視線を逸らす。

 呆れを隠さず大きく息をついた後、リゲル様はエルナトさんに顔を向けた。

「悪いが今まで管理していた魔王の力を外に出す訳にはいかない。エルナトには今後、国の管理下に入ってもらうが……とはいえ、ガチガチの監視をつけるつもりはない。シリウスみたいな感じで基本国内なら自由に動けるから、そこは安心してほしい」

「……判りました。元々国外に出るつもりはないのでそれで構いません」

 ……あれ、外に出るつもりないんだ。

 さっきの話だと力をつけてから追い出された故郷に戻るのかと思っていたけど……。

 あっさり了承したエルナトさんに少し拍子抜けする。……念の為に保険もかけていたけど要らぬ心配だったみたいだ。


「……後は俺の従者をどうするかだなー……。男に化けてたとはいえ、流石に女性だって判ってる奴をそのままにしておくのも気が引けるし……本格的にシリウスを後継に立てるか」

「えっ」

 リゲル様の呟きに、僕とエルナトさんが同時に声を上げる。

「ボクがカイトスで過ごすなら解任する必要はないのでは?」

「……だから、男に化けてようが女性だと判った存在を据え置くのは俺が嫌なんだ。荒事も多いのは判ってるだろ。それよりは元の姿でアリアに付いてほしい。兄上の話だとこっちも時々突飛な事をするらしいからな。目付役になってもらいたいんだ」

「…………」

 リゲル様のお願いにぐっと言葉を呑み込むエルナトさんだったが、意を決したように顔を上げる。

「……それをするとレオニス伯爵にボクの事を話さないといけなくなります。それは承服しかねます」

 ……おや、リゲル様に反論した。

 レオニス伯爵に知られるのがそこまで嫌なんだなあ。リゲル様も口を閉じてしまい、沈黙が部屋の中を支配する。


「……あの……少し良いですか?」


 ……少し間を置いて、それを破ったのはアリア様だった。

 いつの間にかこっちに戻ってきてたみたい。真っ直ぐエルナトさんを見つめながらアリア様はふわりと微笑んだ。

「レオニス伯爵にどう思われるかを心配されるのは判りますが、貴女が国の管理下に置かれる以上、いずれ話さなければなりません。私からも伯爵に説明をしますので、どうか引き受けて頂けませんか?」

「…………」

 エルナトさんは顔を少し伏せて目を逸らして。しばらく黙ったままだったが、やがてため息を吐いてから首を縦に振った。

「有難うございます」

「…………はい」

 正直渋々といった様子だが了承をしたエルナトさんを見て、リゲル様がテーブルに手を突いて立ち上がった。


「話も一通りまとまったし、そろそろ出よう。サルガス皇太子も待たせているしな」

「はい」

 それに追従して僕達も立ち上がる。

「……シリウス様」

 部屋を出るところで、アリア様がすっと寄ってきて話しかけてきた。

 どうしたんだろうと視線を落とせば、アリア様は目をキラキラ輝かせて僕を見上げてくる。

「昨日はびっくりしましたけど……私、応援してますので! エルナトさんが学院にちゃんといられるように頑張りますね!」

 …………勘違い継続中だったかー。

 どう誤解を解こうか考えたけど、あまりに純粋な瞳で宣言してきたものだから……何だか否定するのが面倒臭くなって。そのうち勘違いに気付く事を期待して、その場は微笑むだけに留めた。

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