第23話

 痛みを感じてすぐ、脱力感に襲われる。

「…………っ」

 一瞬くらっと頭が揺れたのを何とか耐えて意識を集中させた。……自分で把握出来る魔王の力を首筋に集めて流しやすくする。少しでも失う血を少なくするために。

 ……とはいえ、血を抜かれながらそれをやるのは中々大変だった。意識がぼんやりしてきて力も少しずつ抜けていく。

「…………」

 僕の状態に気付いたのか、エルナトさんが肩に添えていた手を体に回して支えてくれた。

 ……後どのくらいだろ。

 感覚的には半分以上移してると思うんだけどな……そろそろヤバイかも……。

 飛びそうな意識を必死に留めながら、終わるのをただひたすらに待っていた──その時。


 突然、部屋のドアが勢いよく開かれた。


 僕もそうだがエルナトさんがその音に驚いて体をビクッと震わせ、首筋から口を離した。

「あっ」

 ちょっと待ってまだ終わってない。

 血が出たら魔物を召喚してしまう。

 反射的に僕は咬まれていた箇所を押さえ、エルナトさんもそれに気付いて焦りの表情を見せる。


 その一方、開いたドアの向こうから鋭い声が飛んできた。

「そこにいるのは誰です⁉」

 廊下から入る明かりに照らされていたのはアリア様だった。

 アリア様は厳しい表情で部屋の中を見て──僕等を見て固まる。

「………………え?」

「……どうも、こんばんは」

 とりあえず挨拶をする。

 ぽかんとしていたアリア様だったが、一瞬で顔を真っ赤にして頭を下げた。

「す、すみません! お邪魔しました!」

 早口で謝罪の言葉を述べ、勢いよくドアを閉める。

「……どうしたんだ、アリア様」

「誤解したんでしょうね。この状況と体勢でしたし」

 訝しげにドアを見ているエルナトさんに声をかけながら襟元を正す。

 その言葉にエルナトさんは少し考え込み──それから「あぁ」と納得したように呟きを漏らした。

「それよりお前……」

「……半分以上移してたおかげですかね。血は少し出てますが召喚の気配はありません」

「…………」

「ちょっと待ってて下さい」

 傷口を抑えながら僕はエルナトさんの体をずらして椅子から立ち上がった。

 くらっと立ちくらみしたけど何とか踏み留まり。ゆっくり歩いて部屋のドアを開ける。


 ドアのすぐ横。アリア様がうずくまって両手で顔を覆っていた。耳まで赤くしちゃって、まぁ……。

「すみません、アリア様。驚かしちゃいましたね」

「……いえ、こちらこそ邪魔しちゃってすみません……。変な気配を感じたので見に来たんですけど……まさかシリウス君とカイトスさんがこんな……うう……」

 顔を隠したまま再び謝罪を口にするアリア様。

 間違いなく勘違いをしてるけど今は黙っとこ。まだ途中だし。

「もう少しで終わりますのでお時間をいただけますか? その後で説明を……」

「い、いえ! 急がなくて良いです! 説明も明日で良いです! ごゆっくりどうぞ! 失礼します!」

 口を挟む間もなく捲し立てるように言った後、アリア様はバッと立ち上がってすごい勢いでその場から逃げるように走って行った。その背中を見送ってから、僕は部屋に戻ってドアを閉める。


「お待たせしました」

 部屋の中で待っていたエルナトさんは引きつった笑みで僕を見ていた。

「……お前……誤解を深めるような言い方しやがって……」

「嘘はついてませんよ?」

「嘘つかなきゃ良いってもんじゃない」

 とぼけるように返事をすれば舌打ち混じりに吐き捨てられてじろりと睨まれる。

「……もういい。ボクはもう部屋に戻る」

「え? でも、まだ譲渡が終わってないですけど……」

「出血しても魔物召喚しなくなったんだから良いだろ。ボクも力は充分もらえたからな。……大体、今でも死にそうなくらい青い顔してるんだ。やるにしても期間を空けてからで良い」

 ……エルナトさんってホント魔族っぽくないな。気配りが半端ないんだけど。僕より人間らしいんじゃない?

「……何」

「いえ、何でもないです」

「あっそ」

 そう言いながらエルナトさんは自身の内ポケットをごそごそと漁る。すぐに目的の物を見つけたらしく、取り出した物をそのまま僕に向かって差し出した。

「ほらよ」

 言われるがままにそれを受け取る。……何だろこれ。丸薬みたいだけど……。


「増血剤だ。抜いた量を考えると気休め程度だろうが飲んどけ。人間の医者が作ってるから成分的にも問題ないはずだ」

「……エルナトさん、気配りの塊すぎて好きになりそう……」

「やめろ気色悪い」

 口をついて出た言葉に対して、心底嫌そうな顔をされた。そんなに嫌がらなくても。

 エルナトさんは大きくため息をつき、ふっと目を閉じる。

「──あ、待って下さい。カイトスさんになるのちょっと待って」

「は?」

 開いた目は赤い瞳のまま。

 ホッとしながら僕はエルナトさんに頭を下げた。


「今回、僕の無茶な頼みを聞いてくれて有難うございました。……おかげでこの先、自分の思うように過ごす道筋が見えてきた」

「……別にお前のためじゃない。ボクが、魔王様の力を欲しかっただけだからな」

「それでも、頼んだ通り死なない程度に留めてくれたのはエルナトさんの判断です。感謝しかありませんよ」

「………」

 若干渋い表情を浮かべた状態で目を逸らされた。感謝され慣れてないんだろうな。

「……今回の事は明日、僕からリゲル様達に説明します」

「当たり前だ」

 ぶっきらぼうに言葉を返してきたエルナトさんに僕は小さく笑みを浮かべる。

「アルデバランに戻るならカイトスさんの姿の方が良さそうですけど、個人的にはエルナトさんに戻って欲しいですね」

「……は? 何で?」

 単純に希望を言えば、ものすごく怪訝そうな顔をしてこちらを見てきた。……魔王の事があったにせよ、ここまで嫌そうにされる理由はないと思うんだけどな……。

「何でって、本来の姿の方が楽でしょうし……それにエルナトさん、女の子でしょ? アリア様と仲良くなれそうだと思うんですよね」

「──は」

 思いもよらない言葉だったのか、エルナトさんの動きが止まる。

 ……バレてないと思っていたのか。

 流石にあれだけ密着したら誰でも判るよ。

 それを伝えたら顔を真っ赤にしながら睨まれて非難された。理不尽。

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