第22話

「……バレるならリゲル王子かアリア様だと思っていたんだが。まさかお前に気付かれるとは……」

 前髪を掻き上げながらため息混じりにエルナトさんが呟く。

「ふふ、魔王の力を甘くみちゃいけませんよ」

「お前の力じゃないだろ。得意気に語るな」

 にやにやと笑ってエルナトさんを見れば、心底呆れた様子で正論を言われた。

「弁解しておくが、別にボクはお前を殺したい訳じゃない。……ただ、魔王様の力を手に入れるためにそれが必要ならやる。それだけだ」

「でしょうね。そんな気はしてました」

 にやにやするのを止めて僕は小さく笑う。その変化を見たエルナトさんは怪訝そうに眉をひそめた。


 アリア様の先見が絶対でない事はリゲル様の一件より前に判っている。……そもそも、僕の事がエルナトに知られるきっかけになったという剣術大会。

 アリア様の先見では「僕は怪我をするがリゲル様の機転で魔物を召喚するには至らない」だった。

 でも実際はリンドブルムを召喚した。

「怪我をしてエルナトに存在を知られる」という大筋は合っていても細かい経緯は微妙に違っている。

 それなら「僕を殺して力を奪う」というのも違う可能性がある訳だ。


「エルナトさんが僕に殺意を向けたのって、庭園で剣を向けた時だけでしたから。それ以外は……嫌悪感は向けられてましたかね?」

「よく判ってるな」

 腕組みをした状態のエルナトさんに鼻で笑われた。ひどい。

「ボクは確かにお前が嫌いだ。でも殺したい程かというとそうじゃない。……必要がない事はしないさ」

 ……ひどいけど、この人基本的に真面目で優しいよね、ホント。……いや、人じゃなくて魔族か。どっちでもいいけど。


「……で、お前はボクがエルナトだと知った上でボクに何をさせようとしている?」

 脱線しかけていた話を戻された。

 僕はゴホン、と咳払いをひとつしてから口を開く。

「エルナトさんは魔王の力が欲しいだけ。僕の方は魔王の力を何とかしたい。……でもね、やっぱり僕も死にたくはないんですよ。だから、死なないようにしながら力を譲渡したいんです」

 その言葉にエルナトさんは怪訝そうな表情を強くした。……まあ、そうなるよね。

「……どうやって?」

 至極もっともな質問に対し、僕はちょっとだけ勿体ぶるように小さく笑う。

「その前に聞いておきたいんですけど……エルナトさん、種族はヴァンパイアで合ってます?」

「……そうだが……索敵で把握してたんじゃないのか」

「絞り込みはしてましたが細かい種族までほ自信がなくて。念の為の確認です」

 表面では何でもない振りをしていたけど、僕は内心でほっと息をついていた。

 ……あー、良かった。

 万が一インプだったら譲渡のための行為、流石に抵抗あるもんね。ヴァンパイアはヴァンパイアで痛そうだけど全然こっちの方がまし。

 ……それに、今後を考えてもヴァンパイアの方が都合がいい。


 そんな事を思いながら僕はシャツのボタンを一部外して首筋を出した。

「僕が死なない程度に血を吸って下さい。吸われる血に魔王の力を混ぜてエルナトさんに送り込みます」

「……は?」

 エルナトさんの目が丸くなる。

「……お前何言ってんの? 血を吸えって正気か?」

「普通に血を出したら魔物を召喚しちゃうので。ヴァンパイア相手ならこれが一番安全で確実です」

「…………」

 エルナトさんは唖然としていたが、しばらくして首を横に振ると椅子から立ち上がる。そして僕の近くまで歩み寄り、じっとこちらを見下ろした。

「……お前にしちゃ回りくどい呼び出し方をしたのはこのためか。リゲル王子達にこれが気付かれたら間違いなく反対されるし……アルデバランに戻ったら常にリゲル王子が近くにいて実行するチャンスもなくなるもんな」

「……よくお判りで」

 冷ややかな視線を受けながら虚勢を張って笑う。


 ……ちゃんと僕の計画を説明すれば、おそらくリゲル様もアリア様も理解はしてくれる。ただ、譲渡するための方法はリスクが高い。吸われ過ぎれば死んじゃうからね。その部分で二人は反対するだろう。やり方を考えろ、と。

 でもリスクはあってもやらないと状況はいつまでも変わらない。

 そしてエルナトさんのいうように、アルデバランに戻れば実行するチャンスはほとんどなくなる。

 シャウラにいる今しかないのだ。

 ……死ぬかもしれないけど、やっぱり死にたくないから。


 冷ややかに見下ろされたまま、肩をガッと掴まれた。

「……お前、やっぱり何考えてるか判らないな。生かすも殺すもボクの匙加減で決まるんだぞ? そもそも致死量に達する前に魔王様の力をボクが全て取り込める確証があるわけでもない。……イカれてるとしか思えないよ」

 肩を掴むエルナトさんの手に僅かに力が入る。

「魔族にイカれてるとか言われると照れますね」

「照れるな。褒めてない」

 僕の言葉を聞き、相手の冷ややかな表情に呆れの色が混じった。


「あ、そうだ。エルナトさんにひとつお願いがあるんですけど」

「……何だ」

「無事に譲渡が出来て僕が生きてたら、リゲル様の従者まで潜り込んだ経緯とか色々教えてくれません? 興味があるので」

「…………」

 冷ややかより呆れの方が強くなった。

 ……というか今気付いたけど。エルナトさんってもしかして……。


「……生きてたら、な」

 思案につかろうとしたところをエルナトさんが言葉で引き戻す。もう片方の肩に手を沿え、僕の首筋に口元を寄せた。

「先に言っておくが、ボクは魔王様の力を吸い出すまで止めないからな。死んでも恨むなよ」

「そうならないように僕も頑張ります」

「……ふん」

 エルナトさんは小さく鼻を鳴らし。

「……耐えろよ」

 短い言葉の後、首筋に痛みが走った。

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