第21話
「……うーん……っと」
僕は本を閉じ、棚に戻してから大きく伸びをする。
最後の部屋は美術品より本の方が多かったけど、シャウラの歴史や人物史など興味深いものばかりで読み耽ってしまった。
……今何時だろ。
ふっと壁を見上げれば、時計の針はもうすぐ十二時になるところだった。流石にもう切り上げて寝ないといけないけど……。
僕は長く息をついてから天井を仰ぐ。
……学院に入学して半年ちょっとだけど色々あったなあ。それまでが何もなかった訳じゃないけど、随分と密度の濃い半年だった。
学院生活はなんだかんだで楽しかったし、アリア様を中心として色んな事があった。
……おそらく、それは今後も続くのだろう。少なくとも学院生活がある二年間は。
天井から正面の壁に視線を移し、机に突っ伏す格好で物思いに耽る。
……リゲル様の誘拐騒ぎも起きたが一応解決はした。今後どうなるかは両国の話し合いによるだろうが、悪い方向へは進まないはずだ。自国にいればリゲル様の身が脅かされる事はない。アリア様もいるし。
そういう意味で今回の事件は良かったのかもしれない。……まぁ、リゲル様が無事だったから言える事だけど。
小さく息をつきながら目を閉じた。
……今後は……どうなるかな。
なるようにしかならないけど、正直不安もある。
自分の考え通りに行くとは限らない。
失敗する事もあるだろう。今回リゲル様の護衛が出来なかったように。
でも、行動しなければ何も変わらない……面倒臭いとか言っていられない。
……僅かに部屋の空気が揺らいだ。
…………やっと来たか。
このまま来なかったらどうしようかと思ってた。そんな事を思いながら僕はゆっくりと目を開く。
「遅かったですね」
「……お前の趣味が終わるのを待っていたからな」
「そうでしたか。それは気を使って頂いて有難うございます」
視線の先。
厳しい表情でカイトスさんが僕を見ていた。
「……誘いに乗ってもらえて良かったです。あんまり遅いんで、もう来ないんじゃないかと思いました」
座ったまま姿勢を正し、僕はカイトスさんを真っ直ぐ見る。
「……わざとらしいんだよ、お前。ボクにだけ回る部屋を伝えて……何の用だ」
吐き捨てるような物言いに苦笑いしながら向かいの椅子に座るように促すと、カイトスさんは厳しい表情を変える事なく椅子に腰を降ろした。
……カイトスさんの言う通り、僕は彼にだけ食事後の行き先を告げた。じっくり話をしたかったから。
正直意図が伝わるかどうかは半々だったけれど、カイトスさんも勘は良いし頭も悪くない。ちゃんと気付いてもらえて良かった。
内心でホッとしながら僕は口を開く。
「……僕の事、どこまで聞いてますか?」
「は?」
唐突な質問にカイトスさんの眉間に皺が寄る。
「……先祖が魔王を引き受けて体に封印したせいでおちおち怪我も出来ない厄介な体質の人間、だろ」
間違ってないけどすごい簡潔にまとめたなあ。
……それにしても、不機嫌そうな表情はいつも変わらないけど、ちゃんと反応はしてくれるよね、カイトスさん。……ホント、根が真面目。
そう思ってつい笑みをこぼせば、じろりと細目で睨まれた。
「……何もないならもう戻る。朝も早いからな」
「あ、すみません。待って待って。本題に入りますから」
立ち上がりかけたカイトスさんを慌てて呼び止めれば、若干イラっとした様子ながらも「さっさと言え」と椅子に戻ってくれる。危ない危ない。
ふぅ、と息をついてから僕は改めてカイトスさんを見た。
「仰るように僕の中には封印された魔王の力があります。……そのおかげで王族から恩恵を受けている部分もありますが、そのせいで制限や負担を受けている事も少なくない」
「……だろうな」
対面の相手は腕組みをして椅子に深くもたれかかっている。それを見ながら言葉を続けた。
「……カノープスはずっとそれを何とかしたいと思っていました。受ける恩恵より負担の方が正直きついですから。……ただ、嫡男にかかる呪い故に子どもをつくらないとか、自害するという単純な方法は取りたくないんです。これでも男爵位ですから家の存続の事もあります。……そんな時に出てきたのが、アリア様の先見の予言です」
一旦口を閉じてカイトスさんの反応を見る。……表情はあまり変わらないが少しだけ憐れんでいるような印象を受けた。
「アリア様の話ではエルナトと呼ばれる存在が僕を殺して魔王の力を奪うつもりだと言っていました。……本当は少し不思議だったんです。殺したところでどうやって力を奪うのかなって。すでに魔王の力はカノープスの血に深く刻まれていて、殺しただけじゃ移動出来ない。……残さず血肉を食べればもしかすると取り込めるかもしれないけど……それって確実じゃないし非効率だと思うんですよ」
「ちょっと待てお前、さらっと言ってるがとんでもない事を言ってる自覚ある? 自分の事だよな? 血肉残さずとか自分で言う?」
つらつら話している途中、カイトスさんが引きつりながら言葉を遮る。……信じられない物を見る目で僕を見てるけど……事実しか言ってないと思うんだけどな。まぁいいや。
「まぁまぁ、細かい事は気にせず。それよりですね」
「細かい事ですませるのか……気にしてるこっちが馬鹿みたいだ……」
話を続けようとしたら頭を抱えられた。流石にそんな反応されたら僕でもちょっと黙る。
「……続けていいです?」
「…………良いよもう好きに話せば?」
少し間を置いてから一応確認を取ったら半分投げやりな回答がきた。
……よし、続けよ。
「それで色々考えたんですけど」
「……一切の躊躇なく話し始めやがった……」
小さな呟きが聞こえたけど無視しよう。
「エルナトって特殊な存在なんじゃないかと思ったんです。インプとかヴァンパイアとか……そういう、人間から生気なり血なりを吸い取る能力を持ってる可能性が高いなって。……だから……剣術大会で怪我をした時、そういう魔族に限定して索敵をしたんですよ。魔王が統べる魔族の把握は術というより感覚での把握なので、アリア様達も気づかれませんでした」
「…………」
「基本面倒事が多い魔王の力ですけど、あの時はすごく役に立ちましたね。……エルナトかどうかは別として……一人、見つけましたから」
「……はぁー……」
大きなため息が部屋に響いた。
それから体を逸らして天井を仰ぐ格好でしばらく動きを止める。
そして──体勢を戻して僕を見据えた。
……先程までとは違う、深い赤い瞳で。
「……一応聞きますけど、カイトスさんがエルナトさん?」
「そうだ」
僕の質問にカイトスさん──いや、エルナトさんは迷う事なく肯定の言葉を返した。
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