第20話
「……は〜……」
部屋の中を隅々と満足いくまで堪能した僕は感嘆の声をもらす。次の部屋も楽しみだなあ。うきうきしながら部屋を出て、次の目的地へと向かった。
……僕がサルガス皇太子にお願いしたのは敷地内の散策だった。今いる場所も建築様式は素晴らしいし内装や装飾品も見事な物ばかり。
観光名所への移動時間を考えると、外に出るより敷地内をじっくり見た方が楽しめるはず……と思ってお願いしたが正解だった。
「二階までなら自由に見てもらっていい」
サルガス皇太子からそう許可がもらえたので、邪魔される事なくじっくりと各部屋を見る事が出来ていた。
「浮かれている客人がいると思うが、二階までは好きにさせていい。放っておけ」
……という指示をしていたのは少し気になったけど。
ちなみにリゲル様とアリア様はサルガス皇太子のフォローを買って出てそちらに行っている。なのでカイトスさんを誘ったけど「何でボクがお前の趣味に付き合わないといけないんだ。ボクは部屋で休む」と断られてしまった。
そんな訳で僕は一人、誰かに気兼ねする事なく鑑賞が出来ていた。
武器も返却しているから変な警戒もされてないし、何なら調度品についての質問も近くにいる人に聞けば答えてもらえる。楽しい。
……後二日くらい自由な時間があればなぁ。宮殿以外の場所も回れたのに。仕方ないけど。考えてもどうしようもないが、やっぱり少し残念に思う。
そんな事を思いながら僕は次の部屋のドアを開けた。
「…………あ」
フッと窓の外を見れば、日は傾き夕焼け空になっていた。熱中しすぎたみたい。そろそろ晩ご飯の時間だけど、あと二箇所回りたいんだよね……どうしようかな。
そこまでお腹が空いてる訳じゃないけど、食べないと後がきつそうだし……仕方ない、一旦中断しよう。
息をつき立ち上がって部屋を出て──食堂へ向かう途中、先の曲がり角からカイトスさんが姿を見せた。
「…………」
こちらに気付いたカイトスさんの表情が一瞬で嫌そうなものに変わる。……うーん、ここまで嫌われる事をした覚えは……いくつかあるけど。こちらとしてはもう少し仲良くなりたいんだけどな。
「ゆっくり休めました?」
当たり障りない質問をすれば、カイトスさんは視線を外して「ああ」と短く答える。
「そういうお前は随分楽しそうだな」
「それはもう。食事後に二階奥の角部屋二つ回ればいける部屋は完全制覇出来ます」
「そうか、良かったな」
全く興味なさそうな返事。
……カイトスさんって趣味あるのかな……。
思い返してもリゲル様の従者として動いている印象しかなくて、何か趣味とか何かやっているのを見た事がない。
気になってその疑問を口にすれば、カイトスさんからは心底鬱陶しそうな顔で
「あったとして、お前に話す必要はない」
と返された。……やっぱり趣味は持ってないかも。
カイトスさんと(やや一方的に)会話をしながら食堂に入れば、すでにリゲル様達三人が席についてお茶を飲んでいた。
「申し訳ありません。遅くなりました」
「いや、一時間前に話す場所をここに移したからいるだけだ。むしろ来るの早いだろ」
頭を下げるカイトスさんに対して、リゲル様は壁に掛かっている時計をちらっと見ながら言葉を返す。
「……今後の方針は決まりましたか?」
三人を見ながら今度は僕が質問を口にすると、リゲル様達は顔を見合わせて──それから、サルガス皇太子が椅子から立ち上がる。
「少し早いが食事を出してもらってくる。食べながら話そう」
そう言って食堂を出て行って──約十分後、テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいた。
「……兄上とも話してからになるのであくまで予定だが……まず、シャウラとの国交は切らない方向で話を進める。一部の貴族が騒ぐだろうが、兄上・アリア・俺の三人が意見を揃えればそいつらも黙るだろう」
五人でテーブルを囲み、食事を始めたところでリゲル様が話を切り出した。
……確かに一部の貴族は隙あらばベテル王を失脚させようとしていて、その建前としてリゲル様を王に据え付けようと以前動いていた。そのリゲル様が「ベテル王と同意見」と公言すれば声高には言えなくなるだろう。……ま、リゲル様は基本ベテル王に追従するから、一応今のところは大人しくしていると言った方が正しいかもしれないけれど。
リゲル様の言葉が終わるのを待って、今度はサルガス皇太子が口を開く。
「シャウラは今回の件、全面的にアルデバランに協力する。……アルデバランが要請するなら、バスクの引き渡しも応じるつもりだ」
「えっ」
思わず声が出てしまい、全員の視線がこちらに向いたので身を縮こませる。すみません、と謝った上で僕はサルガス皇太子に顔を向けた。
「……バスクさんを引き渡して大丈夫なんですか? こちらからすると確かに重罪に値する事をしましたが、シャウラからすると優秀な人材では……?」
「…………」
僕の質問にサルガス皇太子は僅かな時間口を閉じて。息をついてから視線を返してくる。
「バスクが優秀で有能な人材なのは認める。……ただ、現時点でそれは『だった』という過去形だ。自国の事を考えてようが犯罪を犯せばそんな事は関係ない。ましてや他国の王族に手を出したんだ。容赦の余地はない」
……きっぱりと言い切った。
「判りました。余計な質問をしてしまい申し訳ありません」
……少し手に力が入ってる気もするし、これ以上は聞かないでおこう。
「仮に引き渡し要請を行なった場合でも、バスクの身の安全は俺が責任を持って保証するから安心してくれ」
会話が途切れたのに合わせてリゲル様がサルガス皇太子の方を見る。視線を受けた皇太子はぐっと息を呑んで──それから小さく「宜しく頼む」と呟くように言った。
やりとりが一区切りついた後。食事の手を止めてアリア様が僕等を見回した。
「……今回の件がアルデバランでも落ち着いたと想定して、次回シャウラへの訪問があった場合は私一人で訪問します。……もちろん護衛はつけますけど。リゲル様は訪問なし、血の提供だけ行なう予定です。輸送については術で冷却しながら運びますので問題ないかと思います」
この辺りはすでに取り決めが済んでいたようだ。何も言わないサルガス皇太子をちらっと見る。
その視線に気付いた相手は小さく笑ってから口を開いた。
「今回のような事がないようにオレが責任持ってアリア嬢の護衛につく。リゲル王子の血の提供に関しても、さっきの流れで問題ないと研究所に確認済だ」
そこまで言って、サルガス皇太子は僕の方へ顔を向ける。
「護衛でお前もまた来たらどうだ? 今回は満足に建築物巡りも出来ていないし物足りないだろう。……ついでに手合わせもしたいからな」
「……魅力的なお誘いは有り難いんですがお断りします」
ていうか付け足しが本音でしょサルガス皇太子。あと僕だけじゃなくてリゲル様との手合わせも狙ってるの判ってますからね。そもそもリゲル様が行かないのに僕が来る意味ないし。
そういう意味を込めて断りをいれれば、サルガス皇太子は「チッ」と舌打ちをした。
流石にカイトスさんも呆れ気味な表情になり、アリア様はくすくす笑う。
その一方でリゲル様がニヤリと笑いながら肘をつき、少し身を乗り出してサルガス皇太子へ顔を向けた。
「そういえばシリウスとの試合は楽しそうだったな。学院でやると外野がうるさくなりそうだし……サルガス皇太子、良かったら食事後に手合わせしないか?」
その提案にサルガス皇太子は一瞬虚を突かれたような顔をして──でもすぐに同じようにニヤリと笑う。
「いいのか?」
「ああ、シャウラに来てから何もしていないし、少しは体を動かさないとな」
二言三言であっさり決まる手合わせのやりとり。
何それ面白そう、すごく見たい。
……んだけど。後もう少しなんだよなぁ……。
「問題なければ見学してもいいですか?」
「別に良いぞ」
「有難うございます。シリウス様とカイトスさんも一緒にどうですか?」
リゲル様から許可をもらったアリア様が僕等にも声をかけてくる。……くそう、部屋を全部回ってたらこんなに悩まないのに。
「興味はありますが……明日の準備もありますのでボクは止めておきます」
申し訳なさそうにしながらも先に断るカイトスさん。見れる機会はそうそうないかもしれないのに勿体無い。
とは思いつつ、僕もシャウラに来る機会は次いつになるか判らない。……そもそも好きにあちこち見られる機会があるとは限らないし……何より、やりたい事が多すぎる。
「……見学したいのはやまやまなのですが、見たい部屋がまだ残っているので……僕も今回は止めておきます」
「何だ、まだ見終わってなかったのか」
「はい、どの部屋も見応えがあって時間が過ぎるの早くてですね……」
「……そこまでじっくり見る要素あったか……?」
不思議そうに首を傾げるサルガス皇太子。住んでいて見慣れてる人には判らないかもしれないけど、建築物や美術品好きな身からするとお宝の山ですからね、ここ。
それを言ったら「そんなものか」と苦笑いを返された。
ともあれ食事後の予定が決まったリゲル様達は早々に食べ終えて食堂を出ていき。
残った僕とカイトスさんもそこまで時間を置かずに食事を終了してお開きになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます