第19話

 リゲル様が戻って来て夜が明けた。

「お前は俺がいない間に何をしたんだ」

 戻るなり僕を問い詰めてきたリゲル様に出来事をそのまま話したら「馬鹿かお前は!」と拳骨を落とされた。

 二度とやらないように注意を受けて、確約が出来ないから黙ってたら追加も喰らったし。


 ……それはともかく、バスクさんの件はシャウラ国の上層部でも寝耳に水で大騒ぎになったようだ。

 被害を受けたリゲル様は別として、サルガス皇太子や情報提供をしたアリア様は戻ってくると同時に呼び出しを受けてすぐに出て行ってしまい……結局戻ってきたのが明け方で。二人を少し休ませてから話を聞こうという事になり、全員が揃ったのはお昼を回った頃だった。



「……すみません、お待たせしまして……」

 アリア様が眠そうな顔で頭を下げてくる。仮眠程度しか寝ていないだろうし仕方ないよね。

「もう少し休んでても良いんだぞ」

「……いえ、明日にはシャウラを出発しますし……これ以上眠ると夜眠れなくなりそうなので大丈夫です」

 気遣うリゲル様に断りをいれてから、アリア様は姿勢を正して僕等に向き直る。

「まずリゲル様には謝罪を。……今回、予測を誤って被害を防止出来ませんでした。申し訳ありません」

 そう言って頭を下げたアリア様に対し、リゲル様は小さく息をついてから首を横に振る。

「それは別に気にしなくて良い。聖女だからといって全てを完璧にこなせるとは思ってない。……むしろ、バスクの事を予見出来たのを称賛すべきだろう。でなければ俺は今も捕まったままだったかもしれないしな」

「……有難うございます」

 ホッとしたようにアリア様の表情が一瞬和らぐ。ただ、すぐに顔を引き締めてから口を開いた。


「バスクさんについてですが……別に彼は国家転覆などを目論んでいた訳ではない事を先にお伝えしておきます。どちらかというと国の事を考え過ぎて暴走してしまった、という方が正しいです」

「国の事を考えた行動だろうが何だろうが、犯罪に変わりはないがな」

 ハッと吐き捨てるように言い放ったサルガス皇太子にアリア様は苦笑いしつつ言葉を続けた。

「元々バスクさんは聖女をシャウラ側に引き込む事に懐疑的な考えを持っていて……神秘の力とか、そういう現実的でない物に頼るのを良しとしていませんでした。ですので、リゲル様の血が魔人病に効果がありそうだという実用性が確認出来た段階で、立てていた計画を実行に移したんです」

「…………」

 淡々と語られるアリア様の話をリゲル様は腕組みをしたまま黙って聞いている。

「初日の診療所での襲撃は……仮に聖女を拉致出来た場合、その血も活用出来るかどうか調べるつもりだったようですが……サルガス皇太子がいたので期待はしていなかったみたいです。それよりは襲撃をする事でリゲル様側の人員を薄くする目的の方が大きかったようです」

「……聖女の血?」

「はい。聖女の血を引くアルデバランの王族の血が魔人病に効く可能性があるのだから、聖女の血も利用出来るのではないかと思っていた人間もいたようです。……馬鹿な話ですけど」

 眉をひそめたリゲル様に対し、アリア様は一瞬冷ややかな表情を浮かべる。


 ……そういえばアリア様の血はどうなんだろう。僕にも効くのかな……。

 今まで考えた事がなかった可能性に僕はアリア様に視線を向けたが、当の本人はこちらを見ずにどこか呆れたような表情を浮かべたままで。……そして、同じ疑問を持ったらしいリゲル様が口を開いた。

「……アリアの血を提供するつもりはさらさらないが……実際のところはどうなんだ?」

「私の血ですか? 効きませんよ」

 間を置かず言い切ったアリア様の発言に、その場にいた全員が顔を見合わせ──それから、アリア様に視線を向ける。

 全員の注目を浴びながらも、アリア様は表情を変える事なく淡々とした口調で説明を始めた。


「……皆様の勘違いを正しておきますが、アルデバラン王族の血がシリウス様や魔人病に効果があるのは聖女の血が流れているからだけではありません。それとは別に血の加護があるからです」

 ……血の加護……?

 初めて聞く言葉に首を傾げる。

 リゲル様なら知っているか──そう思ってそちらを見たけど、視線の先にいた相手は口元に手を当てて何やら考え込んでいたので、おそらく僕と同じで把握していないようだった。

「聖女の力と血の加護が揃って初めて効果が出ます。どちらか片方だけでは意味はないのですよ」

「……その血の加護とやらを受けるのはどうすれば良い?」

 しばし考え込んでいたサルガス皇太子が顔を上げるが、アリア様は少し申し訳なさそうに首を振る。

「現状血の加護を受ける方法はありません。そもそもアルデバラン王族もそれを受けようと思っていた訳ではないのです。偶然の産物で……たまたまついてきたような加護ですから」


 ──……あ。そういう事か。


 その言葉で何となく合点がいく。

 血の加護って……アルデバラン王族とカノープスとの間で交わされてる血の契約の事だ。

 元々の目的はカノープスの王族への従属だけど……カノープスが抱えているのは魔族を統べていた魔王だ。間接的に魔族に対しても影響があったっておかしくはない。……それに聖女の力が加わる事で増幅されて効果が出る……って事なのかも。

 ちらりとリゲル様を見れば、納得したような表情でアリア様を見ている。……僕の考え、間違ってはいなさそう。

 すぐに判明した疑問の答えに納得して小さく息をついた。


「……ところで、私達は明日にはシャウラ国を出発しますが……サルガス皇太子はそのまま残る、でいいんですよね?」

 そう言いながらアリア様がちらりと顔を向ければ、サルガス皇太子は「そうだな」と短く言葉を返した。

「もろもろの確認と後始末もあるからな。休暇が終わるまでには片付けてアルデバランに向かうつもりではあるが……まぁ、そちらが受け入れを継続するなら、だが」

「……そこは継続をお約束しますのでご安心下さい。リゲル様の捜索にご協力を頂きましたし……何より、ベテル王もシャウラとの繋がりが切れるのは望んでおりません」

 ふわりと微笑むアリア様に対し、サルガス皇太子は口を閉じて──それから少し身をずらして彼女の方へ体を向けた。


「アリア嬢とリゲル王子に相談だが……アルデバランに戻った際、ベテル王との謁見を取り付けてはもらえないか? 今後の国交について話がしたい」

「…………」

 その言葉にアリア様はリゲル様の方を見る。リゲル様は若干厳しい表情を浮かべていたが、小さく息をついてから顔を上げた。

「……確約は出来ないが、話だけはしてみよう」

「感謝する」

 深く頭を下げた後、サルガス皇太子は立ち上がって僕等を見回す。

「悪いがオレはここで失礼する。今日皆ゆっくり過ごしてくれ。……観光がしたい場合は信頼出来る人間をつけるから言ってほしい」

 後半は明らかに僕の方を見ながら話してたな……。観光名所巡りをしたい気持ちはあるけど、流石に今の状況で外出するのは憚られる。となると……。

「……あの、観光ではないんですが……」

 僕は軽く手を上げて、サルガス皇太子に声をかけた。

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