第37話

 ……一時間ちょっとで店に戻ってきたが、エルナトさんはこちらに目を向ける事なく作業に没頭していた。


「あ、坊っちゃん。お帰りなさいませ」

 入ってきた僕に気付いたメラクさんが読んでいた新聞を畳んで椅子から立ち上がる。

「……集中してますねぇ」

「一作業が終わるとこっちに声がかかりますが、それまでは何も言わず黙々とやってますなぁ。集中力がすごい」

 カウンターの席に着きながら、外に出たついでに買ってきた差入れを渡す。メラクさんはお礼を言ってそれを受け取った後、カウンター下から材料が入った箱を取り出した。

「はい、頼まれてた坊っちゃんの分」

「有難うございます」

 今度は僕がお礼を言ってそれを受け取り中を確認する。

「言われた通り土台だけは作ってますが念のため確認お願いしますよ」

「ばっちりです、有難うございます。流石に最初から造ると時間が足りなさそうだったので……」

 エルナトさんがここを選ばなければまた明日来るつもりだったけど。

 折角なので僕もプレゼント用にいくつか造ろうかと思いメラクさんに土台だけ準備をお願いしていた。……今年は色々なところに迷惑かけたしね。お詫びとお礼を兼ねて、皆に渡そうかと思ったのだ。

「坊っちゃんは昔からやってて造り慣れてるから大丈夫だと思いますが、何かあれば呼んで下さいな」

「有難うございます」

 そう言ってエルナトさんの方に行くメラクさんを見送った後、箱に入った材料をカウンターに出して腕まくりをする。

 ……僕も頑張ろ。



「……坊っちゃん」

「はい?」

 不意に呼びかけられ、僕は手を止めて顔を上げた。そこには少し苦笑いを浮かべているメラクさんの姿。

「……坊っちゃんの集中力も中々ですね……。レオニスのお嬢さんのやつが寝かせのところまできたんで、区切りの良いところで休憩しませんか?」

 寝かせっていうのは加工していた素材を固めるための工程だ。一時間程、専用のボックスに入れて寝かせて、それから削ったりしながら表面を滑らかにして形を調え完成させる。

 ……壁に掛かった時計を見れば、すでに正午を回っていた。

「すみません、熱中しすぎました」

「いえいえ、装飾だけとはいえ随分細かい作業してますしなー。集中もしますって」

 そう言いながらメラクさんは僕の手元に目を落とす。

 ……今取り掛かっているやつ、デザイン自体はシンプルなんだけど……小さく細い土台になっているので中々時間が掛かっていた。そろそろ終わるので僕のも寝かせに入るし、タイミングとしてはちょうどいいかも。

「あー……きっつ」

 最後に微調整で形を調えてから道具を置いてひと息つき、天井を仰ぎながら眉間を押さえた。細かい作業してたからすっごい目にきてる。

 メラクさんが置いてくれたあったかいおしぼりを目に当てて少し癒やされた後、手を拭いて椅子から立ち上がった。


 それから移動して、メラクさんの横でエルナトさんの作業を覗き込む。

 エルナトさんが作っていたのはブローチだった。中心は宝石をはめ込む窪みになっており、その周りは剣とユリの花が組み合わさったデザイン。器用だなエルナトさん。

「…………」

 区切りがついたらしく、道具を机に置いたエルナトさんは長く息を吐き、俯き加減になりながら眉間を押さえた。

「……目がきつい……」

「でしょうね」

「お疲れさんです。これ目に当ててちょっと休んで下さいな」

 メラクさんが笑ってエルナトさんにおしぼりを渡す。

「有難うございます」

 おしぼりを受け取りながらお礼を言い、それをそのまま目に当てて。

「……このまま寝れそう……」

「気持ちは判りますけど、その前にお昼にしましょう」

 ぼそっと聞こえた呟きに言葉を返しつつ、僕は別のテーブルにランチマットを引いて買ってきていたサンドイッチやらチキンやらを並べていく。


「……あれ」

 おしぼりの癒やしを外したエルナトさんがそれに気付き、少し驚いた様子でテーブルの上を見ていた。

「メラクさんのご厚意か?」

「いえ、さっき外に出た時に買って来ました」

「……そういえばお前、一度外に出てたっけ。いつ戻って来たかは判らなかったが……」

 流石に外に出たのは気付いてたか。

「冷めても大丈夫そうなやつ買ってきたんですけど。チキンとか固かったらすみません」

「……いや、用意してもらっただけで充分だ。有難う」

 そういうやりとりをしているうち、メラクさんがお茶を持って来てくれた。二人でお礼を言って、お茶と合わせてご飯を食べ始める。


 サンドイッチは最初から常温だったから心配してなかったけど、チキンも大丈夫そうだ。ハーブと塩胡椒でしっかり味付けされてて美味しい。……出来立てだったらもっと美味しかったかな。

 咀嚼した物をゴクンと呑み込み、あったかいお茶を一口。……香りも良くて味も深みがあって美味しい。とっておきのやつ淹れてくれたみたい。今度また差し入れ持ってこよう。

「……これ、どこで買ったやつだ?」

 エルナトさんがサンドイッチを食べながらボクの方を見る。

「アンタレス広場で屋台出してるデネブっていうお店ですね。中央街にも支店がありますよ」

「……そっか」

 僕の言葉に少し考え込むように俯くエルナトさん。……どうやら気に入ってもらえたみたい。良かった。

 ホッと内心息をつきながら、残っていたサンドイッチを口に放り込んだ。

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