第38話

 ご飯を食べて寝かせが終わるまでのんびりした後、削りの作業に取り掛かる。

 ……これがまた大変なんだよね……。

 この作業を中途半端にすると表面ザラザラで手触りが悪くなるし、やりすぎると薄くなって破損しやすくなっちゃうし。

 ひたすらヤスリで表面を滑らかにしていく作業を行なって──全部終えた頃には目だけじゃなくて手と腕も疲れ切っていた。


「お疲れさんです。一旦預かりますね」

「宜しくお願いします」

 洗浄のためメラクさんへ作った物を渡して、息を吐きながら椅子に深くもたれかかる。流石に数あるときつい……エルナトさん大丈夫かな。

 ふっと顔をそちらに向ければ、エルナトさんもブローチをメラクさんに渡しているところだった。……あ、腕揉んでる。やっぱり腕にきてるか。

 苦笑いが浮かぶのを押さえて、椅子から立ち上がってエルナトさんの所へ向かった。

「大丈夫です? 腕もですけど手も負担かかってるはずなんで、今日は湯船にしっかり浸かってマッサージして下さいね」

「……そうする」

 腕を揉みながらため息をついているエルナトさんの向かいに腰掛け、メラクさんの戻りを待つ。


「……満足いく物、造れました?」

「出来映えはもうひとつだが……まぁ、満足はしてる。後はレオニス伯爵の反応次第かな」

 問いかけに対してエルナトさんは肩をすくめつつ少し笑う。……この感じだと問題はなさそうだな。ちょっとでも手助けになったなら良かった。

「あれなら大丈夫だと思いますけど。今度どうだったか教えて下さいね」

「あぁ、判った」

「すんません、お待たせしました~」

 エルナトさんの返事を聞いたところで、メラクさんが洗浄済の物を持って来た。

 僕の分諸々は箱に入れられたまま元々座っていたカウンターに置かれ、こっちにはエルナトさんのブローチだけ持って来る。……さて、最後の宝石をはめる作業しよ。

 僕はエルナトさんに「作業に戻りますね」と声をかけてからカウンターへ向かう。


「……これ、どうやってはめるんです?」

「ええとですね、これは……」

 背中で二人のやりとりを聞きながらカウンター席に座り、窪みに用意してもらった宝石を専用の接着剤も使いながらはめ込んでいく。当然だけど、この作業が一番楽……。全ての物に宝石をはめ込み終わり。僕はふぅ、と息をついた。

 これをまた専用のボックスに入れて接着剤が固まれば完成だ。それは三十分弱で完了するから、ひと休みしてる間に終わるだろう。

「……坊っちゃん、終わって……ますね。預かりますよー」

「宜しくお願いします」

 エルナトさんのブローチを手にしたメラクさんが持ちやすいよう、箱に入れて僕の分を渡す。

 奥に引っ込んだメラクさんを横目で見つつ、僕は再びエルナトさんの所に行き。接着剤の定着が終わるまで雑談をして、それから出来上がった品物を受け取った頃。ちょうど馬車の来る時間になっていた。


「今日は本当に有難うございました」

「いえいえ、また良かったら来てくださいな」

 馬車に乗り込みながらお礼を述べるエルナトさんへにこにこ笑顔をメラクさんが返す。……初めてであれだけ凝ったデザインのブローチを造ってたもんね。教える側もそれは楽しかったろう。

「じゃあメラクさん、良いお年を」

「はい。坊っちゃんもレオニスのお嬢さんも良いお年をー」

 年末の挨拶をお互いに交わしてその場を離れる。


「…………」

 馬車が走り出した後、エルナトさんはブローチが入ったプレゼントボックスを見ながら表情を少し緩める。それから顔を上げて対面に座る僕へ視線を向けた。

「お前にも礼を言わないとな。良い贈り物が用意出来た。有難う」

「満足頂けたなら良かったです」

 いつもより柔らかい空気のエルナトさんに僕も自然とふわっとした気持ちになる。

 嬉しそうで何より。

 ……それは良いとして……あんまり時間もないし、さっさと渡しちゃおうかな。

 袋から小さなプレゼントボックスを取り出し、エルナトさんに向き直った。

「エルナトさん」

「ん?」

 窓の外を見ていたエルナトさんが呼びかけに反応してこちらを見る。

「今年はお世話になりました」

 そう言いながら、手にしていたボックスを彼女の方へ差し出した。

「……え」

 虚を突かれたような表情を浮かべつつも、それを受け取って──改めて僕に視線を戻す。

「……ボクのまで作ってたのか」

「今年は一番お世話になりましたからね。ヘアピンなんで良かったら使って下さい」

「…………」

 エルナトさんは手の中のボックスに視線を落とし、それから申し訳なさそうに口を開く。

「……悪い、何も用意してなかった」

「そこはお気になさらず。僕がお礼で渡したかっただけなので」

「…………」

 ……あ、不満そう。

 見返りが欲しくて渡してる訳じゃないんだから、別に気にしなくていいのになぁ。

 ……って言っても気にしそうだよね、エルナトさん。

 うーん、と少し考えて。


「……それなら年明け落ち着いてからでいいので、冬期休暇が終わる前にレオニス領のオススメご飯が食べたいです」

 レオニス領、伯爵が流行に詳しいからかお店も色々あるんだよね。こっちにはない美味しいご飯とかありそう。

「……判った。日程を確認してからまた連絡する」

「有難うございます。楽しみにしてますね」

 どこかホッとしたようなエルナトさんにお礼を返して外を見る。

 ……今年ももう終わりだなぁ。

 色々あったけどまぁ何とかやりきったし。後は新年を迎えるだけ……。

「…………」

 ふっとエルナトさんへ視線だけ向ける。

 対面に座っている相手は頬杖をついて窓の外を見ていた。



 屋敷に到着すると、門の前にはすでにレオニス邸の迎えの馬車が止まっていた。

「今日は本当に世話になった」

「いえいえ」

 馬車に乗り込みながらこちらを見るエルナトさんに笑みを返す。

「それじゃまた年明けに連絡するよ。……良いお年を」

「はい、良いお年を」

 暮れの挨拶を交わし、馬車の扉を閉めてから見送りを──……しようとして。

 ちょっと思い留まり。

 御者の所に行き、少し待ってもらうようお願いをした後、ノックしてから馬車の扉を開けた。


「……どうかしたか?」

 扉を開けた僕をエルナトさんが不思議そうに見る。

「すみません。年越し前に伝え忘れた事があったなぁ、と思って」

「伝え忘れ?」

「はい。……ちょっと失礼して」

 そう言いながら馬車の中に乗り込んでエルナトさんの横に座り。

「?」

 不思議そうな顔でこちらを見ているエルナトさんをそのまま抱きしめて耳元に口を寄せた。

「やっぱり僕、エルナトさんが好きなんで。来年はもうちょっと押していきますね」

「は」

 エルナトさんが短く声をもらす。

 それ以上エルナトさんが何か言う前に離れ、目を丸くしている相手に小さく笑いかけてから馬車を降り、扉を閉めて鍵をかける。


「……ちょ、ちょっと待て! お前……!」

 間を置いて中から声が聞こえたが無視して御者台へ向かった。

「有難うございました。出発して下さい」

「え……大丈夫……ですか……?」

「大丈夫です」

「あ、くそ! 鍵開けろ!」

 中で騒いでいるエルナトさんと僕を交互に見ている御者へそう伝えて馬車を送り出す。

 ……言いたい事を言えて良かった。これで心置きなく新年を迎えられそう。

 満足感にひたりながら僕は屋敷に入ってドアを閉めた。

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