第36話
……そうして迎えた冬期休暇初日。
約束の時間ぴったりにやってきたエルナトさんは律儀に手土産を持ってきていた。
「皆様でどうぞ」
「ご丁寧に有難うございます」
出迎えた執事のトゥバンがそれを受け取ってから、僕が来たのを見てスッと身を引いて下がって行く。
「……爵位が高い家の方が下の家にお土産を持って来なくて良いんですよ?」
「今日は個人の頼みで帰省したお前をご家族から借りるんだ。礼儀は必要だろ」
「どこまでも真面目ですね」
「うるさいな」
そんなやりとりをしていたら後ろから声をかけられたので振り返れば、奥からゆっくり父上がこちらに向かって歩いてくるところだった。
「エルナト様としてお会いするのは初めてになりますね。本日はわざわざ拙宅までご足労頂き有難うございます」
恭しく一礼して挨拶をする父上に対して、エルナトさんは首を横に振る。
「いえ、こちらの都合で帰省したばかりのご子息をお借りして申し訳ございません。ご夕食のお時間までにはお返し致しますので」
「それはお気になさらず。……カノープス家としても貴女には恩義がございます。王族とは違う意味で、カノープスはレオニス伯爵家に礼を尽くしたいと考えておりますので、何かございましたら遠慮なくおっしゃって下さい」
「…………」
それを聞いたエルナトさんは少し困ったような顔でこちらを見る。僕は苦笑いを返しつつ、父上へ目を向けた。
「父上、そろそろ出かけますね」
「……あぁ、出がけに時間を取らせてしまったな。すまない。それではエルナト様、失礼致します」
そう言って深くお辞儀をした後、父上は奥へ戻って行った。
「……お前の義理堅さはお父上譲りなんだな」
「義理堅いと言うか……それだけカノープスが魔王の力に振り回されてたって事ですよ。それより街まで馬車を出してくれるそうなので行きましょう」
「判った」
それから馬車に乗り込み、ガタゴト揺られながら街に向かう。……いくつか候補は考えたけど、気に入ってくれる物があれば良いなぁ……。
ちらりと向いに座っているエルナトさんに視線を投げる。向けた相手は窓の縁に頬杖を付き、物思いにふける感じで外を見ていた。
……伯爵への贈り物、あれこれ考えてるんだろうな。人の事を義理堅いとか言ってるけど、エルナトさんも中々だと思う。
そんな事を思いながら、僕も窓の外に目を向けた。
……高くて透き通った青空が綺麗だなぁ。
暑いのが苦手なのもあるけど、冬の空気は澄んでいるというか……変なだるさがなくて身が引き締まる感じ。今時期が一番過ごしやすいかも。
ぼんやりそんな事を思いながら外を見ているうち、馬車が目的地に到着した。
「……ここは……」
馬車から降りたエルナトさんは目の前の建物を見上げる。こじんまりとした目立たない店だけれど、あまり主張してない看板には『ポラリス細工店』の文字が書かれていた。
御者に迎えの場所と時間を指示してから馬車を見送った後、看板を見上げたままのエルナトさんに声をかける。
「昔からうちでよく利用してる細工店でして。とりあえずここを見てもらって、ピンとくるものがなかったらまた次の場所に行こうかと思います」
「……判った」
「じゃ、入りましょうか」
看板から視線をこちらに移したエルナトさんへ声をかけ、僕はゆっくり扉を押した。
古い造り特有の軋んだ音を立てて開いた扉の先、カウンター内に座っていた細身の男が顔を上げる。
「あ、シリウスの坊っちゃん。いらっしゃい。お待ちしてました」
「メラクさん、お久しぶりです。今日は宜しくお願いします」
立ち上がって挨拶をしてきた男性──メラクさんに僕も挨拶を返し、後方にいるエルナトさんの方を向いた。
「エルナトさん、こちら細工師のメラクさん。……見ての通り知る人ぞ知るって感じのお店ですけど、腕は良いので安心して下さい」
「坊っちゃん手厳しいなー。うちのやり方じゃ、このくらいの規模じゃないと回りませんってー」
「…………」
僕の言葉に対してからから笑うメラクさんに、エルナトさんは驚いた様子で目を丸くしている。
そんなエルナトさんを見たメラクさんは少し姿勢を正して彼女に向き直った。
「えーと……初めまして、レオニスのお嬢さん。大まかに坊っちゃんから話は聞いてます。並んでる既製品でも良いですが、うちのウリは
「……自分で……?」
不思議そうにこちらへ顔を向けてきた彼女に対し、僕は笑いながら口を開く。
「メラクさんのお店は誰でも金属加工が出来る特殊な魔導具を持ってまして。……自分で造りたい、って方向けに材料提供と道具貸出のサービスしてるんです。……特別な贈り物なら、手作りもありかなと思ったので」
「…………」
付け加えた言葉にエルナトさんは口を閉じてしばらく黙り込み。
「……詳しい説明をお願い出来ますか?」
「かしこまりました」
流れと使用する材料を実際に見せながら話すメラクさんの説明を真剣に聞いてるエルナトさん。
……そうして、説明が終わり。
エルナトさんは顔を上げて僕の方を見た。
「……ここで造ってみる」
「判りました」
微笑んで返事をすれば、エルナトさんはすぐメラクさんに視線を戻して加工やデザインについて相談を始める。
……さて、他に相談していた店に連絡入れなきゃ。
完全に蚊帳の外に置かれた状態になった僕はそっと店を出た。
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