第35話
音楽祭の余韻が消え、学生の本業である勉学の成果をみせる定期テストが始まって、あっと言う間に終了して。
……季節は冬になり、年越しを一週間後に迎えた頃。年末に行なわれる感謝祭を間近に控え、あちこちがお祭りムードで浮足立っていた。
「……どこに行ってもお祭りムードですごいな、アルデバランは」
椅子にもたれて腕組みをしながらサルガス皇太子が天井を仰いでいる。
「一年を締めくくるお祭りですからね。シャウラはこういうのないんでしたっけ」
椅子を引いて腰掛けながら質問をすれば、サルガス皇太子は少し考え込むように視線を泳がせた。
「なくはないが大きく騒ぐのは春の祈願祭と秋の収穫祭だな。一年の終わりは神へ供物を捧げるが厳かなもんだ」
「やっぱり国が違うとお祭りも変わる物なんですねぇ」
返ってきた言葉に相槌を打ちながらお茶を一口。温かい紅茶が体にじんわりしみた。
「年末年始、確か帰らずにこっちに残るんですよね」
「あぁ、戻ってもすぐとんぼ返りになりそうだからな。年始の挨拶は手紙で済ませる」
学院も明後日から年明けにかけて冬期休暇が始まるが、流石に国外にゆっくり行くほどの日数はない。……年始の挨拶、仕方ないとはいえ手紙だけで本当に良いのかな? と思わなくもないけど。
「お前は家に帰るんだったか?」
視線を向けられ、僕は「はい」と言いながら頷いた。
リゲル様とアリア様は冬期休暇の間王宮に戻る予定になっており、僕やエルナトさんは年末年始を実家で過ごす許可をもらっている。
……年末年始は王族が関わる行事が多いため、本来なら従者としてついていくべきなんだろうけど……リゲル様もアリア様も
「今回は必要ない」
「今年は色々ありましたし、ご家族とゆっくり過ごして下さい」
と言って、僕等の同伴はなしになった。
ちなみにリゲル様とアリア様はその打ち合わせでこの場にいない。エルナトさんも別で用事があると言ってどこかに行ってしまったため、今ここでお茶を飲んでるのは僕とサルガス皇太子だけである。
「……ま、折角だからアルデバランの祭や行事に参加して文化を学ぶさ」
「家単位で参加する行事もありますから全部は無理ですけど、時間が合うならご案内しましょうか?」
「あー……」
僕の提案に天井を見上げながら少し考え込み。ややあって首を横に振った。
「いや、大丈夫だ。リゲル王子がゆっくりしていいって休み出してるんだから、そこはちゃんと受け取っておけ」
「……そうは言っても、いうほど従者の仕事してませんけどね……」
大体の事を自分で行なう主を思い浮かべて自嘲する。
一度エルナトさんにどうやってたか聞いたら
「とにかく色々考えて先回りして動くしかない」
って助言もらって。それから多少は出来るようになってきたけど、いかんせん経験不足は否めないので来年はもっと頑張らないとなあ。
「……お」
話の途中、サルガス皇太子がフッと出入り口に視線をやったので、つられてそちらを見ればエルナトさんの姿があった。
入ってきたエルナトさんはそのまま僕等の方に向かって歩いてくる。
「お話し中に失礼します。少しシリウスをお借りしても宜しいでしょうか?」
「あぁ、良いぞ」
「有難うございます」
サルガス皇太子にお礼を言って一礼した後、エルナトさんは僕へ視線を落とした。
「ちょっと来てくれ」
「判りました」
背中を向けたエルナトさんが歩いて行くのを見ながら、サルガス皇太子へ軽く会釈して後を追う。
「どうしました?」
「…………」
サロンの外。
立ち止まったエルナトさんに声をかければ、彼女は周りを見回してから僕に向き直った。
「相談があってな。……お前、冬期休暇の初日は何か予定あるか?」
「初日ですか? 夜に家族で食事に行く以外は特に何も」
僕の返事にエルナトさんはどこかホッとしたように息をつく。
「……それなら明後日の日中、ちょっと買い物に付き合ってくれないか。……アドバイスが欲しい」
「アドバイス……ですか?」
……エルナトさんが僕に何だろ。
首を傾げながらそちらを見れば、エルナトさんは若干視線を外しつつ言葉を続けた。
「毎年、感謝祭に合わせてレオニス伯爵に贈り物をしてるんだが、今年はいつもより良い物を選びたいけど中々思いつかなくて……何か良い物があれば教えてほしい」
「……あぁ……」
なるほど、レオニス伯爵への贈り物選びか。確かに今年は魔族だったって事をバラして、その上で受け入れてもらっている訳だし、特別な物を渡したいのは当然だよね。……何だけど。
「……お付き合いするのは問題ないんですけど、正直お力になれる自信が……」
レオニス伯爵って外交も絡んでるから流行り物とかすごく詳しい方なんだよね、確か。そういう方に贈る物を選ぶのって難しそう……。
「……言いたい事は判る。が、ボクが今その状態だから何でも良いんでアドバイスをもらいたい。こっちの都合なのは申し訳ないが……」
考えてる事を読まれた上でお願いされた。……相当行き詰まってるな、これは。
「判りました。お付き合いします」
「すまない、本当に助かる。後でカノープス宅に行く時間を連絡する」
頭を下げながらお礼を述べた後、エルナトさんはくるりと踵を返して去って行った。
「…………」
しばらくそれを見送り、角を曲がって姿が見えなくなったところでサロンに戻る。
「長かったな。何の話だったんだ?」
戻って来た僕に気付き、こちらに顔を向けてきたサルガス皇太子をじっと見て──
「時勢に詳しい四、五十代の男性に贈る物って何がありますかね」
「……はぁ?」
ぼそっと質問を口にしたら、怪訝な表情を返された。当たり前だけど。
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