第34話

 リゲル様達とのやりとりから数日後。

「あ」

「……え? あ」

 学院を訪ねてきたシャウラ国の遣いの方をリゲル様が対応している時間。部屋の外で待っていた僕はたまたま通りかかったらしいエルナトさんと目があった。

「…………」

「あ、エルナトさん。待って待って」

 何も言わずに踵を返して来た道を戻ろうとしたエルナトさんを呼び止める。……足を止め、嫌そうな顔でこちらを振り返った彼女に苦笑しつつ、ある程度距離がある所で立ち止まった。


「呼び止めてすみません。ちょっとだけお時間もらえますか?」

「……何」

 すごい警戒されてるなぁ……仕方ないけど。

「まず、先日の事を謝ろうと思いまして。いきなりあんな事を言ってすみませんでした」

「…………」

 謝罪に合わせて頭を下げれば、エルナトさんの表情は変わらないが、体をちゃんと向き直して正面からこちらを見る。

「この間話した事は忘れてもらって大丈夫ですので、出来れば以前みたいに接してもらえると助かります。……リゲル様やアリア様がこの件ですごく気を使ってくるので……最近、ちょっと……」

「…………」

 後半、言いながら苦笑いを浮かべれば、エルナトさんも思い当たる節があるのか若干視線を逸らす。

「……はぁ」

 しばらくして、エルナトさんが大きくため息をついた。

「……判った。確かにアリア様達に気を使わせているのは申し訳ないし……あの話は忘れる」

「……有難うございます」

 まだ少し渋い表情だけど、口調は以前と変わらないものになったので内心でホッと息をつく。


「……ところで今日はお一人ですか?」

「アリア様が学院長に呼ばれていてな。少し時間をつぶしてる」

 そろそろ戻るけどな、と言葉を続けるエルナトさんに対し、僕は気になっていた事を聞こうと口を開いた。

「……そういえば『体調』の方はどうですか?」

 ……吸血衝動の方は? という意味で含みを持たせた言い方をする。それに気付いたエルナトさんは「あぁ」と短く呟いた。

「おかげさまで今のところは問題ない。……たぶん、あの時は一気に大量摂取した反動もあったんだと思う。追加で少し摂取して、体にも大分馴染んできているようだから……おそらくは大丈夫だ」

 ……顔色も悪くないし、無理はしてなさそう。良かった。

「……まぁ、また何かあれば言うよ」

「判りました」

 そうやりとりをしていると、扉が開いてシャウラの方と案内人の事務の人が中から出てきた。

 姿勢を正してお辞儀をすれば、相手も会釈を返してそのまま去って行く。


「シリウス、待たせたな……と、エルナトもいたか」

 少し間を置いて姿をみせたリゲル様は僕等を交互に見る。

「……話が長くなるなら席を外すが」

「いえ、もう戻りますので大丈夫です。失礼致します」

 首を振ってそう言った後、深く頭を下げてからエルナトさんも踵を返してその場から去って行った。

「……話は上手くいったか?」

「おかげさまで……スピカ様にも有難うございましたとお伝え下さい」

「あぁ、伝えておく」

 ちらりと視線を投げてきたリゲル様へ頭を下げながらお礼を言う。


 ……サロンでのやりとりの後、リゲル様に改めて話を聞いてもらい。リゲル様が婚約者でもあるスピカ様にアドバイスもらってくれたんだよね。どうしたらいいか。


「とにかくまずは謝りなさい」

 から始まって。

「謝った上で話を聞いてもらえるようなら、自分がどうこうではなくて『王子や聖女様に迷惑かけたくない』と言って下さい。カイトスの時と考え方が変わらないなら性格上、態度を戻すと思います」

 ……アドバイスと予測が的確すぎて流石としか言いようがない。


「とりあえず、また失言しないようにしろよ」

 リゲル様は僕の背中を軽く叩いた後、大きく伸びをした。

「俺はさっきの件でサルガス皇太子とやりとりしてから寮に戻る。先に帰っていて良いぞ」

「判りました」

 一礼してリゲル様を見送り、そのまま寮に向かって歩き出す。


 ……あれから色々考えたけど。

 考えれば考えるほど、誰かを好きになるって何かよく判らなくなってきて。

 正直、だんだん面倒臭くもなったりしたんだけど。

 ……でもまぁ色々考えても、エルナトさんに好意を持ってるのは間違いないんだろうという結論にはなっていた。彼女と疎遠になるのは嫌だなぁと思ったからね。


「……難しいなぁ……」

 ざっくりは判っても明確な回答が出ない事にため息しか出なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る