第16話

 襲撃を受けた後、お昼を挟んで別の診療所を一か所回り。本日予定していた業務を無事に終わらせた僕等は帰路についていた。

「二人とも、今日はお疲れ様だったな」

 歩きながら声をかけてきたサルガス皇太子に僕は首を横に振る。

「今回僕はあまり動いてないので。アリア様は本当にお疲れ様でした」

 そう言ってアリア様に視線を向ければ、彼女は社交辞令の微笑みを浮かべていた。

「いえ、お二人がいてくれたおかげで安心して浄化が出来ました。有難うございます」

 ……昨日から思っていたけど、シャウラ国に来てからアリア様の様子がおかしい。

 いや、聖女様として態度はちゃんとしているんだけども。大人しすぎるというか。旅の疲れかとも思ったがどうもそうじゃなさそうだし……そして、それはサルガス皇太子も感じていたようだ。


 僅かに眉をひそめた後、サルガス皇太子は手を伸ばすとアリア様の頭をガッと掴んで自らの方へ強引に顔を向けさせた。

 これには流石にアリア様も一瞬驚いた表情を浮かべ──すぐに相手を睨みつける。だが、サルガス皇太子はその視線に臆する事なくニヤリと笑った。

「こっちに来てから随分と大人しいな、アリア嬢。シャウラの空気は肌に合わないか?」

「……そういう訳ではありません」

 バシッと手を払い、彼から距離を取ってじろりと睨む。

 サルガス皇太子みたいな少し強引な男性相手の場合、対峙するにしても他に知ってる男が近くにいたらそちらの陰に隠れそうなものだけれど……アリア様って真正面から受けるよね……。

 将来国母になることを考えたらある程度の豪胆さは必要だけど……うーん。もう少しこっちを頼ってくれてもいいのになぁ。


 そんな事を思いつつ、険悪な空気にしておく訳にもいかないので間に割って入る。

「お二人ともそのくらいで。……往来で立ち止まっていては目立ちます」

「…………」

 その言葉にアリア様はぐっと何かを呑み込み。息を吐いてから少しだけ表情を柔らかくした。

「そうですね、失礼しました。……体調が悪い訳ではなく、少し考えている事があっただけですのでお気遣いなく」

「…………」

 今度はサルガス皇太子が何か言おうとしたが口を閉じて。大きくため息をついてから「行くぞ」とだけ言って歩き出す。


 イライラしているのが丸わかりの背中を見ながら、僕はスッとアリア様の隣に移動した。

「……考え事とは魔人病についてですか?」

 小声で質問を口にすれば、彼女は小さく首を横に振る。

「……それもありますけどイベントのフラグがたっちゃった気が……いえ何でもないです気にしないで下さい」

 何か言いかけたけど我に返ったように首を横に振るアリア様。

 ……いつものよく判らない事情みたい。

 なら追及してもどうせ判らないからこれ以上聞くのは止めよう。そう考えをまとめた僕は「判りました」と言うに留めた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「疲れた」

 そう言いながらドカっと行儀悪くソファーにリゲル様は腰を降ろす。

 僕等が戻ってからしばらくして、研究所から帰ってきたリゲル様は真っ直ぐ僕の部屋にやってきていた。


「血を抜かれてる訳ですから仕方ないかと。お疲れ様でした」

 水を注いだコップを差し出せば、相手は一気に飲み干してそれをテーブルに置きニヤリと笑う。

「……こっちの反応は中々良かったぞ。俺の血をそのまま魔人病患者から採取した検体に垂らしたら魔力が相殺されたからな。流石に患者に直接投与は出来ないが、血をベースに薬を作れれば何とかなりそうだと大喜びだった」

「それなら良かったです」

「……で、そっちはどうだった?」

 リゲル様はソファーに深く座り、腕組みをしながらこちらに視線を向けてくる。空になったコップに再び水を注いでから、僕も向かいの椅子に腰を降ろした。


「襲撃が一度ありましたが問題なく。サルガス皇太子もこちらの意図を読んで動いてくれましたし、アリア様にも聖獣がついていましたのでお怪我はないです。……僕は直接対峙していないので断言は出来ませんが、少なくとも今日の襲撃者は隠密重視で動いていました。……が、今日の結果をみて少数精鋭ではなく人数に物を言わせて来られると少し厳しいかもしれません」

「お前とサルガス皇太子でも?」

「流石に捌くのも限度がありますので」

「そうか」

 今日感じた事を報告すれば、リゲル様は口を閉じて天井を仰ぐ。今後どうするかの考えをまとめているのだろう。


 しばらく動かなかったリゲル様だが、ややあって体勢を元に戻した。

「……判った。明日はカイトスもそちらにつける。こっちは明日も厳重な警備が配置されている研究所だし大丈夫だろう。シャウラの人間ではあるがバスクもいるしな」

「え」

 リゲル様の提案に僕は一瞬固まってしまう。

 流石にそれは危険なのでは……ただでさえ血が有用だと証明されているのだ。監禁されて薬の原料として扱われたらどうするのか。


 それを口にすれば、リゲル様は鼻で笑って呆れたような目を向けてくる。

「心配するだけ無駄だ。仮にそんな事態になったとして。俺が対応出来なかったら悪いがカイトスがいてもあまり変わらない」

 ……それもそうか。

 いや、カイトスさんがダメとかじゃなくて。リゲル様が対応出来ない事態が想像出来ないし、そんな状況になったら誰がいても打開出来なさそう……。

 リゲル様の言い分に納得した僕は正面の相手に視線を戻して頷いた。

「……判りました」

「判ればいい。後、明日は必ず複数で動け。僅かな時間でも単独行動はするな。特に……アリアには必ずお前が付け。いいな」

「はい」

 王子の命令に短く返事をする。

 それを聞いたリゲル様は少し長めに息を吐き。そしていつものようにフッと笑みを浮かべた。

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