第31話

 頭は熱くなった気がするのに、その奥がすごく冷えていて。

 壁に備えつけられている模擬刀の所に一足飛びで向かい、それを手に取ってから床を蹴りレサトさんとの距離を一気に詰める。


「──は──」

 ギョッと驚いた表情を浮かべたレサトさんが何か言う前に模擬刀の柄で顎をかち上げて──その場で床を踏み込み反転しつつ、脇腹を思い切り蹴り飛ばす。

 詰まったような声をもらし、レサトさんは蹴られた勢いのまま左側の壁に激突してその場で崩れるように倒れた。

「な……カノープス、お前……っ!」

 それを見たアルゴルさんが僕に杖を向けようと動くけど……そんな判りやすい攻撃、させる訳ないでしょ。

 ぐっと腰を落として身を低くした状態から模擬刀を下から大きく振り、相手の腕と一緒に杖を弾いた。

「!」

 弾かれた痛みにアルゴルさんが怯んだところ、足を払って転ばせて──そのまま胸を踏みつけ動きを封じ、模擬刀の切っ先を眼前に突きつける。

 肺の空気が押し出され、苦しそうに呻くアルゴルさんを見下ろしながら僕は口を開いた。


「……女性相手に二対一とかいい趣味してますね、アルゴルさん。楽しかったですか?」

 ……自分でも判るくらい冷たい声が口から出る。

 一方、アルゴルさんは苦しそうにしながらもこちらを睨みつけてきた。

「……見た目は女性だが……っ、そいつは魔族なんだぞ……っ!」

 ……やっぱり気付いてたか。

「ど、どうやったか知らないが……アリア様に近付いて……何か企んでるに違いないんだ……!」

 憎々しげな表情を浮かべ、倒れているエルナトさんに視線を向けるアルゴルさん。……何ていうか、本当に……


「……馬鹿馬鹿しい」

「……な、何?」

 僕が吐き捨てた言葉に、アルゴルさんは驚いたようにこちらを見る。

「頭だけじゃなくて耳も悪いのかな。馬鹿馬鹿しいって言ったんですよ」

 剣先を動かさず、アルゴルさんへ冷ややかに視線を落とした。


「アルゴルさんが気付くような事、アリア様が気付かない訳がないでしょ。知った上でエルナトさんを侍女につけてるに決まってるじゃないですか。何で判らないかなぁ」

「……え……」

 アルゴルさんが戸惑った様子で僕を見ているが、口をついて出る言葉は止まらない。

「盲目的にアリア様に心酔するのは勝手ですけど、勝手に害悪を決めて排除しようとするのはただの自己満足でしょ。……あぁ、それとも何か不都合が生じた場合でも『アリア様のためを思っての行動でした』とか言って責任転嫁するのかな?」

 ハッと鼻で笑えば、アルゴルさんが厳しい表情でこちらを睨みつけてくる。流石に頭にきたらしい。

「カノープス、お前……魔族の味方をするのか⁉」

 ……まだそれを言うのか。しつこいなぁ。

「勘違いしないでもらえますか。僕は別に魔族の味方をしているつもりはない。……エルナトさんの擁護はしますけどね」

 ため息混じりに首を横に振ってから、再び視線をアルゴルさんへ向ける。


「……僕はエルナトさんに恩義があるので……これ以上彼女に手を出そうなんて思わないようにしてもらおうかな」

 胸を足で押し付けたまま、剣先を眼前から腕の方へと移す。

「僕ですね、元々得意武器はレイピアなんですよ」

「は……?」

 突然切り替わった話題に、アルゴルさんは困惑したように戸惑った声をもらした。

「なので、突きの動作は武器が変わっても得意なんです。……模擬刀でも、突き刺すくらいは自信ありますよ」

「……え……」

 小さく口元に笑みを浮かべれば、アルゴルさんの顔色が一瞬にして蒼白になる。

「……痛い思いをすれば、こんな事をしようとは二度と思わなくなるでしょ?」

「な……ちょ、ちょっと待てカノープス! 本気かお前⁉」

 動揺しているアルゴルさんに僕が何も言わず視線だけ返せば、それを受けて喉の奥で小さく「ひっ」とくぐもった声をもらす。

「あぁ、誰かを傷付けておいて自分は傷付くの嫌だとか言わないで下さいよ。そういう事をするなら自分がされる覚悟も持っておかなきゃ駄目ですって。……勉強になりましたね、アルゴルさん」

「……カ、カノープス……」

 笑みを浮かべたままそう言えば、眼下の相手は恐怖で体を震わせて僕を見上げている。

 ……今更後悔したところで遅いけど。

 僕は剣を持つ腕を大きく後ろに引いて──それから一気にアルゴルさんの腕に向かって突き出し──


「……シリウス! 止めろ!」


 瞬間、鋭い制止の声が耳に入り。僕の動きがピタッと止まる。……模擬刀の切っ先は腕に刺さる直前で止まっていた。


 声が飛んできた入口の方を見れば、リゲル様が少し息を荒く吐きながら厳しい表情で僕を見ていた。

 ふぅ、と深く息をついてからリゲル様は修練場の中を見回して。倒れているエルナトさんとレサトさんを見てから再び僕に視線を合わせる。

「二人ともそのまま動くな」

 短くそう命令をしてからリゲル様はエルナトさんの所へ向かった。体を抱き上げ、状態を確認してから小さく息をつき。彼女に回復魔法をかけ始める。


「……う……」

 ぴくりとエルナトさんが身動ぎして僅かに呻き、うっすら目を開けた。

「……リゲル王子……」

「怪我は治したがダメージまでは回復していない。しばらく休め」

「……はい。有難うございます」

 エルナトさんの返事を聞いた後、リゲル様は立ち上がって僕の方を向く。

「この場は俺が預かる。シリウスはエルナトを医務室に連れていけ。……お前の聞き取りは後でする」

「………………はい」

 ぐっと気持ちを呑み込んで返事をする。

 剣を引いて踏みつけていた胸から足を離し距離を取れば、アルゴルさんはハッと息を吐いた。


「……やりすぎだ」

「…………すみません」

 レサトさんの方へ向かうリゲル様とすれ違い様、短く言葉を交わす。


 後ろでリゲル様が再び回復魔法を使用しているのを感じながら、僕はエルナトさんの前で膝をつく。

 エルナトさんは非難するような目で僕を見ていた。

「何をやってるんだ、お前は」

「…………」

 何も言わずに自分のブレザーを脱ぎ、エルナトさんにかけてから彼女を抱えて立ち上がる。

「おい、待て。自分で歩く」

「いいから。行きますよ」

 エルナトさんの言葉を切って捨て、僕は修練場を後にした。

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