第50話
蝙蝠の案内で森の中を馬で進む。
何があるか判らないから明かりを使わずに進んでいるけど、しばらく行くと馬車の姿が暗い中にぼんやり見えてきた。すぐ近くまでくれば、それがレオニス邸が所有する馬車だと判る。
……馬は繋がれていたが御者はいない。
開いていた扉から中を覗き……当然誰もいなかったが、エルナトさんの荷物や渡したプレゼントの袋が残っていたので行方知れずになっていた馬車に間違いないだろう。
状況だけだと御者がエルナトさんをどこかに連れて行った、と考えるのが自然だけど……エルナトさんが女性だといっても、カイトスさんとしての経験もある訳だから御者に何かされそうになっても返り討ちにするはずだ。しかし馬車内を見るに抵抗や荒事があった形跡もない。……何があってどこに行っちゃったのか……。
「キィ」
「あ、ごめん」
いつまでも馬に乗らない僕を急かすように蝙蝠が横を飛びながら小さく鳴いた。僕が馬に乗ったのを合図にして蝙蝠は再び先を飛び始める。
そこからまたしばらく進むと木々に埋もれるような場所に小さな館があった。放置されて長いのだろう。あちこち朽ちてぼろぼろの建物を見上げた後、馬の背に置いたシャツに身を降ろした蝙蝠に目を向けた。
「……ここ?」
「キィ」
僕の問いかけに翼をパタパタしながら返事をする蝙蝠。館から少し離れた木に馬をつけ、シャツで蝙蝠を隠すように包む。
「案内有難う。後でまた来るからそれまで休んでいて」
「キィ」
蝙蝠は一声鳴いてから身を丸めて目を閉じる。深い茂みの中にシャツごと隠した後、僕はレイピアを持ち直して館の中へ入って行った。
館の中もぼろぼろで、歩く度に床が軋むような状態だった。……気づかれずにいるのは無理だな。急に襲撃を受けても対応出来るようにレイピアを鞘から抜き、手に持って廊下を進んで行く。
建物内はそこまで広くなく各部屋を回るのに時間はかからなかったが誰の姿もない。最後に入った居間を調べている途中、絨毯越しに僅かな段差を感じて……それを引き剥がすと床に開き扉があり、それを開ければ地下に続く石造りの階段が現れた。
地下特有のひやりとした空気を感じながらゆっくり階段を降りる。
少し進むと木の扉があり……その向こうに人の気配を感じたので少し構え、自分の気配を抑えながら中の様子を耳を澄まして伺う。
「……大人しく血を渡せばいいものを」
聞いた事のない男の声。……血?
「下らない抵抗をするからそうなる」
「……っ」
男の声に続いて小さく聞こえた……かすれたエルナトさんの声。
瞬間、衝動的に扉を蹴り開けて勢いよく中に入った。
薄暗い部屋の中にいたのは座り込んでいるエルナトさんと、その前に立っている若い男。
男の右手には血のついたナイフと銀製のカップが握られており……エルナトさんは左手が壁に拘束され、その腕からは血が流れていた。
「シリウス!」
「やっとネズミが姿を見せたか」
エルナトさんが僕を見て声を上げる一方、男は何の感情も感じない冷ややかな声と表情をこちらに向ける。
「お前がエルナトが小細工をして呼び寄せた人間か。こんな出来損ないのために来るとはご苦労な事だ」
「……誰だ、お前」
見た目は銀髪の優男だが……この男は、やばい。
絶対零度のように凍るような魔力を感じるが底が深くて探れない。対峙しているだけでも下手に動けばその瞬間にやられてしまいそうな強い圧迫と緊張を感じていた。
「……ん?」
僅かにぴくりと眉を動かした男の視線が僕を射抜く。……背筋に寒気が走り、堪らず僕は身震いをする。
「お前、魔王様の力が少し……あぁ、そうか。お前が魔王様の力を持っていた人間か。エルナトなんぞに力を奪われるくらいだから大した事はないかと思っていたが……エルナトより余程使えそうな人間だな」
「…………」
エルナトさんに対しての嘲りを含んだ物言いに、僕は相手を見据えながら息を吐いて──それからレイピアの切っ先を男に向けた。
「どこの誰だか知らないが、人の婚約者に手を出したんだ。ただで済むと思うな」
「……婚約者……?」
僕の言葉を繰り返しながら男はこちらを見て。……嘲笑を浮かべてエルナトさんに視線を落とす。
「まさか力を奪った相手に縋り寄ったとはな。お前はどこまでもヴァンパイアの面汚しだな」
「…………」
男の辛辣な言葉にエルナトさんは俯いたまま何も言わない。……そうか、こいつ……エルナトさんの同郷のヴァンパイアか。
「おい、勘違いするな。力を渡したのも婚約者になってもらったのも全て僕からの提案だ」
「それでも面汚しに変わりはない。人間に力を譲られた上にその人間に保護されるなど……面汚し以外に何がある」
ハッと笑った後、男は僕の方に向き直った。
「心配するな。俺はコイツ自身に興味はない。必要なのはコイツの血と魔王様の力だけだ。それを取ったらお前に返してやる」
……部屋に入る前にも聞こえたけど、魔王の力はともかく何で血を……。
レイピアを構えたまま思案して──……今日が新月なのを思い出し、その理由に気付く。……子ども、か……。
スッと頭の奥が冷えるのを感じながら、僕は少し腰を落とす。
「それを聞いて大人しく『ハイ判りました』なんて言う訳ないだろ。エルナトさんから離れろ」
「…………」
男の目が細められ、真っ直ぐに視線が僕を射抜く。
「人間というのは身の程を知らずに噛み付いてくるな」
……瞬間。
凍るような殺気を受け体が強ばって。時間としては瞬き程度の僅かな時間。だが──……その一瞬で男は目の前にいた。
「!」
それに気付いて反応するよりも速く。男の持ったナイフが僕に向かって薙がれた。
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