第28話

「……本当に女だったんだな」

「…………」


 昼食時。

 一週間遅れで学院に戻ってきたサルガス皇太子がエルナトさんを見て呟きをこぼした。一方、エルナトさんは食べるのを止めてサルガス皇太子に頭を下げる。

「今回は『カイトス』の件でご協力頂いて有難うございます」

「……それは別に良い。代わりにバスクの引き渡しも無くなったからな」

 空いていた僕の隣に座りながらサルガス皇太子は言葉を返す。


 そういやサルガス皇太子にはカイトスさんがエルナトさんだったって事をリゲル様が話したんだっけ。……ヴァンパイアだって事は伏せて、男装してた事にして。その上でカイトスさんをシャウラへ留学させた事にする口裏合わせにも協力してもらった訳だ。

 ……サルガス皇太子には色々協力してもらってるけど、肝心なところは教えてないよね。他国の皇太子だし仕方がないけど。

「何だ?」

「いえ、別に何も。お久しぶりです」

 視線に気付いてこちらを見たサルガス皇太子に挨拶をしてからご飯を一口食べる。


「……ところで……さっきからこっちを見てる奴等は何なんだ」

「あぁ、お気になさらず。朝からですので」

 サルガス皇太子が嫌悪感を隠さずちらりと視線を向けた先。アルゴルさんとレサトさんがこちらを……というか、エルナトさんをずっと見ていた。こっちから二人を見れば視線を逸らすけどバレバレで。……アリア様ですら気付くレベルだからね。どちらかというと様子をうかがいながら警戒している感じだ。

「何かしたのか?」

「彼等に何かした覚えはありませんが……まぁ、いきなり現れた『カイトスの双子の妹』が聖女様の侍女になっている訳ですし。何かしら疑われても仕方がないかと思います」

 サルガス皇太子の質問に首を振りつつ、アルゴルさん達の行動は否定しない。……当事者のエルナトさんがこう言うものだから、とりあえず僕等から何かする事はせず、一旦様子見になっていた。

 サルガス皇太子は「ふぅん」と短く声をもらす。

「……あまりいい感じはしないがな。何か起こる前に対処しろよ」

「はい。お気遣い有難うございます」

 頭を下げながらお礼を言って、エルナトさんは食べ終わった食器をカウンターへと持っていった。


「……本当に大丈夫なのか?」

 エルナトさんとそちらを目で追っているアルゴルさん達を横目に、サルガス皇太子が呆れ気味で僕等の方を見るのに対して、リゲル様は少し肩をすくめながら苦笑いを返した。

「当のエルナトが『良い』と言っている以上はな。……もちろん実害が出るようなら対策も打つが……ただ、アルゴルが……司教の息子なんだよな」

 少し含みを持たせた言い回しにサルガス皇太子は眉をひそめたが……僕とアリア様はハッとその意味に気付く。


 司教の息子って事は神聖魔法が使える訳で。索敵魔法が使えたとしたら……エルナトさんが魔族だってバレてるのかもしれない。


「そっか……司教の息子……でしたね……」

「……司教の息子だと何かあるのか?」

 頭を抱えたアリア様を見て、こちらに顔を向けたサルガス皇太子へ僕も苦笑いを浮かべるしかなかった。

「うちの都合といいますか、問題が少し……すみません、あまり聞かないで頂けると助かります」

「…………判った」

 不満そうな表情だが深く聞くのは止めてくれたようだ。有難うございます。

「とりあえず今は様子見だ。アルゴルの出方をみる」

「かしこまりました」

 ……今はそれしかないですよね。

 エルナトさんの事がバレている事を想定して動かないといけないけど、本当はバレてなくて単純に突然アリア様の侍女になった事を怪しんでいるだけの場合。下手につつけばこちらからバラしてしまうような事態になりかねない。……教会の人間は聖女であるアリア様を神格化に近い感じで見てる傾向があるから、ポッと出てきて侍女になったエルナトさんを「何だアイツは」と思ってるかもしれないしね。


 ……大きな問題になる前に何とか出来たら一番良いんだけど。

 そんな事を思いながら、僕は残っていたご飯を一気に平らげた。

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