第3話
「話を戻すぞ」
物思いにふけっていた僕だが、リゲル様の声で意識を引き戻される。そちらの方に顔を向ければ、リゲル様は厳しい表情でアリア様を見ていた。
「シリウスの事は王族しか知らない重要機密だ。兄上から聞いているのであればまだ理解出来るが、それ以前から知っていたというのがやはり引っ掛かる。それを知り得たのは『先見の聖女』としての力か?」
「…………」
その問いかけに彼女は逡巡するように口をつぐみ。
しばし間を置いてから口を開いた。
「実のところ、自分でもそれははっきり断言出来ません。聖女としての力と言えばそうかもしれないですが、私が聖女の力をはっきりと認識したのはベテル様とお会いしてからなので……シリウス様については『そうだと判っていた』としか言えないのです」
「カノープス家の秘密を誰に教わるでもなく知っていたと?」
「はい」
きっぱりと言い切ったアリア様に対し、リゲル様は隠そうともせず疑惑の目を向ける。
……リゲル様の態度はもっともだし仕方ないけれど……僕には彼女が嘘をついているようには見えなかった。
誰かにカノープス家の事を聞いた訳ではない。
でも彼女はそれを知っていて僕に忠告をした。夢を通じて会いにきたのは間違いなく聖女の力だろうが、カノープスの秘密を知っている事に関しては何となく違う気がする。
聖女の力ではなく、別の理由がある気がするのだけど……今の段階ではよく判らない。
もう少し判断材料が欲しかった僕は彼女へ顔を向けた。
「アリア様、いくつか質問を宜しいでしょうか?」
「はい。私が答えられる事ならいくらでもどうぞ」
ふわりと微笑みながら話す彼女の言葉を聞き、僕は昔抱いた疑問を口にする。
「貴女は昔、夢の中で『学院には行くな』とおっしゃっていましたよね。……今ならその理由を教えていただけますか?」
その言葉にアリア様は口を閉じ。
一瞬天井を見上げて――それから、僕に視線を戻した。
「……そうですね、今ならお答え出来ます。元々私に制限がかかっていたのはベテル様を王位につける迄でしたので……全てではありませんが、ある程度なら回答可能です」
彼女はそこで一旦言葉を切る。……ベテル様の名前が出た時、リゲル様が眉を潜めたからだろう。ただ、リゲル様も話の腰を折るつもりはないらしい。
見やった相手が何も言わなかったので、アリア様は続けて話を始めた。
「私が当時把握していた事なので、現在も全く同じになるのか判りませんが……シリウス様は入学後に実施される武術の模擬試験の途中、騒動に巻き込まれて怪我をしてしまいます。その時はリゲル様の機転もあり、皆の前で魔物を引き寄せるには至りません。ただ……その時にシリウス様の血に魔王の力が宿っていると気付く者がいるのです。彼は人間に化けてシリウス様に近付き、親密になってから……シリウス様を殺して、魔王の力を手に入れようとします」
「……な……」
淡々と話すアリア様の言葉にリゲル様は絶句している。
……魔王絡みの事なのは何となく判っていたけど、怪我してしまうのが原因か……。
おおよそ予想通りの答えに納得しつつ、僕は次の質問を口にする。
「その、僕を殺そうとする者というのは、夢で貴女が『気をつけて欲しい』と言っていた者の事でしょうか?」
「その通りです」
「何でお前は自分が殺されるって話をされているのにそんな落ち着いているんだ」
リゲル様が呆れたようにこちらを見てくる。
そう言われてもなぁ。
予想していた事が確信に変わっただけで、特に何か事態が変わる訳でもないし……。
それを口にするとリゲル様は一層呆れの色を強くして大きくため息をつき、アリア様も苦笑いを浮かべている。
……二人の態度を気にしても仕方ないので話を続けよう。
「申し訳ないのですが、あの時は名前がはっきり聞き取れませんでしたので、出来れば改めて教えていただきたいのですが……」
僕の質問にアリア様は「あら」と短く声をもらした。
「そうでしたか……それは失礼致しました」
そう言って彼女が言葉を続けようとした時、ドアをノックする音が部屋に響いた。
「入れ」
リゲル様が声を投げれば、ゆっくりとドアを開けた職員の方が恭しく頭を下げる。
「お話中に申し訳ございません。そろそろ入学式が始まるため、講堂に移動された方が宜しいかと存じます」
「そんな時間か。顔合わせの挨拶だけのつもりが長く話しすぎたな」
リゲル様は職員の方から僕とアリア様に視線を戻す。
「続きは入学式が全て終わってからだ。二人とも、時間はあるか?」
「はい、僕は問題ありません」
「私は入学式後に学院長に呼ばれておりますので、それが終わってからであれば可能です」
それぞれの回答を聞いたリゲル様は少し考え込むような仕草をした後、すぐに顔を上げた。
「判った。では貴賓室を押さえておくから、終わったらそこに来てくれ」
「承知致しました」
アリア様が会釈を返すのを見届けて、リゲル様は先に応接間を出ていく。
「シリウス様」
その後に続いて出ていこうとした僕をアリア様の声が呼び止める。
足を止めて振り返れば、彼女は聖女らしい、柔らかい微笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「……正直、シリウス様が入学してしまったのは誤算でしたが……でも、学院生活をご一緒できるのは少し楽しみにも思います。今後も宜しくお願い致します」
そう言って一礼するアリア様。
……この方が僕を気にかけているのは僕が殺されると王国の存続に関わるのが理由かと思っていたけど、それだけじゃないような気もするな。
今の段階では勘でしかないけれど。
「こちらこそ。同じ学院の生徒として宜しくお願い致します」
そんな事を考えながら同じように礼を返せば、アリア様は少し嬉しそうにあどけなく笑った。
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