第48話

 その後は宝石を早々に嵌めて装飾品を完成させて。メラクさんにお礼を言ってから店を出る。

 途中で飲み物を買って、広場から公園へと繋がる遊歩道を二人で歩く。抜ける様な青色と入道雲の白さがコントラストになっている空の下、のんびり歩いていると過ぎる時間も何だかゆっくり感じた。


「……公園は何かあるのか?」

 横を歩くエルナトさんがこちらを見上げてきたので、僕はちょっとだけ笑みを浮かべて視線を返す。

「特別何かある訳じゃないですけど……昔、何も考えずのんびりしたい時によく来てました。公園といってもベンチがいくつかあるだけで、原っぱしかありませんからね」

 ……まぁ、それもリゲル様と会うまでだけど。

 リゲル様と交流するようになってからは段々とここに来る回数も減っていったし、学院に入ってからは全く来ていなかったので、本当に久しぶりにやって来たな。

 ……そう考えると少し懐かしいかも。

 それを伝えたらエルナトさんは「……ふぅん」と呟いて、見えてきた公園に目を向けた。

 公園はベンチが少し色褪せている以外は変わっていなくて。昔よく座っていたベンチがちょうど空いていたのでそこに腰を降ろす。成長して体も大きくなっているからかな。この公園ってこんな広さだったっけ、と思いながらお茶を飲んだ。


「……シリウス」

 ぼんやり風景を眺めている途中、エルナトさんの声が耳に入り、意識が引き戻される。エルナトさんは視線を合わせず、左手に持った小箱をこちらに向かって突き出していた。

「……やる。良かったら使って」

「有難うございます」

 そのまま小箱を受け取って中を見る。……さっき作っていたネクタイピンだった。

「……今後必要かと思って」

 視線を逸らしたまま話す彼女の姿に笑みを浮かべた後。重ねて「有難うございます」とお礼を伝えてから、自分の内ポケットを弄って……目的の物を手に取り、それをエルナトさんへ差し出す。

「じゃあ僕からも。気に入ってもらえると良いんですが」

「…………」

 エルナトさんは僕が差し出す小さな袋を見て、手を伸ばしそれを受け取った。

 そのまま袋を開け──中に入っていたネックレスを手のひらに出して、しばし見つめた後、僕の方へ顔を向ける。

「……有難う」

「どういたしまして。……せっかくだし、普段使いで揃いの物を持ちたいなと思って」

 そう言いながら自分の首につけているネックレスの鎖を軽く引っ張る。

 ……揃いの物は指輪もあるけど、はめるのはもう少し先だし。ネックレスなら邪魔にならなさそうだからつけてもらえるかなと思ったんだよね。

 雫型の赤い宝石がついたネックレスをじっと見ていたエルナトさんだったが、ややあって留め具を外し、そのままネックレスをつける。

 若干鎖を長めにしたから服の中に入れると隠れちゃうけど……これなら制服の時につけたとしても見えなくなるし、思った通りちょうど良い長さだな。

「……うん。大事に使わせてもらう」

「気に入ってもらえたなら良かったです」

 宝石を触りつつ言葉を向けてきたエルナトさんに微笑みを返して、空を仰ぎながらお茶に口をつけた。


 少しの間、会話が途切れて静かになった時。

「……シリウス、ひとついいか」

 ふっとエルナトさんが声をかけてきたので、僕は視線をそちらへ戻した。

「前から気になってて、言いたくなかったら言わなくても良いんだが……リゲル王子と会った頃の話が聞きたいな」

「…………」

 その言葉にどうしたものか逡巡して。……エルナトさんだし別に良いか、と思い直し。少し笑ってそちらに顔を向けた。

「大した話じゃないですけど。昔はまぁ……魔王の力が僕に引き継がれているにも関わらず、父上が周りの人間にいいように使われてたり、カノープスってだけで好き勝手に言われてたので……ほんのちょーっとだけ、やさぐれてて。周りに対して反抗してたら、やって来たリゲル様にそれはもう完膚無きまでに叩きのめされたんです」

 ……あの時はホント、自信も何もかも見事にへし折られたよなぁ……。

 それがなかったら今でもやさぐれてたんだろうから、あの時リゲル様に叩きのめされて良かったとは思うけど。

「その時に『不平不満があるなら周りに当たる前に自分の所へ来い』って言われまして。……最初は正直何も期待してなかったんですけど、何かあるその度にこっちが理不尽に不利にならないよう取り計らってくれて。もちろん僕の自分勝手な意見は却下されましたが、カノープスが一方的に理不尽を受ける事はほとんど無くなりました。……リゲル様には、カノープスとしても僕個人としても感謝しきれないくらい色々な事をしてもらったので……何があってもこの方に忠誠を誓おうと決めたんです」

 ふ、と自然に笑みが浮かぶのが自分でも判る。

 黙って話を聞いていたエルナトさんは僕を見て──そっか、と言葉をこぼしてから空を見上げた。


「……しかし、やさぐれたお前の反抗はすごそうだな」

「いえいえ、やさぐれてたと言っても子どもがやる事ですよ? カワイイものですって」

「自分でカワイイとかいうヤツに碌なヤツはいないだろ」

 呟きに言葉を返せば、皮肉めいた表情で笑われた。

「……まぁ、リゲル王子に対して恩義を持ってる理由はよく判ったよ」

 話してくれて有難うな、と言葉を続けて、エルナトさんは軽く伸びをする。

「ついでに、と言うのも何ですが。僕もエルナトさんの昔の話を聞ける範囲で聞きたいなぁ」

「ボクの?」

「はい」

「…………」

 微笑んで視線を向けるとエルナトさんは黙って俯き。……少ししてから顔を上げた。


「話せる事なんてあまりないけど……ヴァンパイアの集落を追い出された後、女のままじゃやりにくいと思って……ほとんど見た目は変わらなかったが、カイトスに化けてその日暮らししてたな。半年くらいそれで過ごしてたけど、日雇いの雑用募集してた大工連中に付いてレオニス領へ行った時、伯爵夫妻から声かけられて……大工の頭領と伯爵との間で話が進んで、気付いたらレオニス邸の下人になってた。そこから色々勉強させてもらってから後見人になってもらい、リゲル王子の従者の任について……後は知っての通り」

 肩をすくめながら話すエルナトさん。

 ……やっぱり集落の頃の話は言わないかぁ。本当はそっちが聞きたかったんだけど、言わないって事は言いたくないんだろうし……仕方ないな。


 そうなんですね、と言いながら気を取り直して次の話に移る。

「それはそうとエルナトさんにお願いがあったんでした」

「お願い?」

 首を傾げるエルナトさんに対して、僕はヘラッと笑みを浮かべた。

「はい。レオニス邸みたいにウチにも蝙蝠を一匹貸してもらえないかなと。……連絡を取りたい時にいてくれたら助かるなぁと思いまして……」

「……あー……」

 僕の言葉に納得したような声を出し、エルナトさんは口元に手を当てる。

「判った。今日、帰ったら一匹向かわせる」

「有難うございます。……餌って小さな虫でしたっけ?」

 貸してもらうなら餌は用意しなきゃ、と思って質問したが「いや、良い」と首を横に振られた。

「餌は自分で勝手に食べるから気にしなくていい。それよりも人間が素手で触るとあまり良くないから、そっちの方をご家族含めて注意してくれ」

「判りました」

 屋根裏にいてもらって誰も入らないようにすればいいかな。考えをまとめてからお茶を飲んで一息つき、再び公園へ視線を移した。

 ……何をするでもなくのんびり公園をながめながら、たまに短い会話を交わして。レオニスの迎えが来る時間になる頃、公園を出て領門へと移動する。


 門の所にはすでにレオニスの馬車が着いていて、エルナトさんを待っていた。

「…………?」

 馬車に向かって歩いている時、エルナトさんが少し眉をひそめる。

「どうかしました?」

「ん……いや、御者の人が何か……」

「御者?」

 その言葉に馬車の御者へ目を向ける。

 初めて見る人だったけど特に何か変わった様子はない。

「……何でもない。一瞬いつもと少し違う感じがしたけど……気のせいみたいだ」

 首を横に振って自身の言葉を訂正し、馬車の所まで辿り着いたエルナトさんは僕に向き直った。

「今日は楽しかった。……また後で連絡する」

 御者の人が近くにいるからぼかした言い方だが、蝙蝠を寄越す時に手紙とかくれるのかな。

「判りました。こちらこそ今日は有難うございます。気をつけてお帰り下さいね」

「あぁ」

 微笑みながらそう言って、エルナトさんは馬車に乗り込む。

 扉が開かないように施錠した後、御者の男は僕に一礼をしてから御者台に向い、馬車を出発させた。


 それを見送り、自分も屋敷に戻ろうと思って歩き出したところで……馬車が走って行ったのと同じ方角の空。何匹か蝙蝠が飛んでいるのに気付く。

 ……まだ明るい時間なのに……エルナトさんについてきたのかな。

 僅かに疑問が頭をもたげたが、蝙蝠は馬車を追うようにして飛んで行き、すぐに見えなくなる。

 ……何だろ……後でエルナトさんに聞こうかな。

 首を傾げながらも、答えは出そうになかったので考えるのは止めて。

 僕も屋敷に向かって歩き出した。

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