第49話

 屋敷に戻り、そろそろ夕食の時間という頃。何の連絡もなくアルカイド様が僕宛にカノープス邸を訪ねて来た。

「遅い時間にすまない」

「それは構いませんが……どうされましたか?」

 申し訳なさそうにしながらも、どこか焦った様子のアルカイド様に問いかける。

 アルカイド様は一度深呼吸をしてから口を開いた。

「……実は、エルナトが屋敷に戻ってきていないんだ」

「え?」

 思ってもいなかった言葉に頭の中が真っ白になりかけ……すぐに頭を振って意識を戻した。

「そんなはずは……確かにレオニス邸の馬車に乗って……僕はそれを見送りました」

「……その馬車が戻ってきていない。馬車ごと行方知れずになっている。それで念のためエルナトが行きそうな場所をあちこち探しているんだけれど……こちらでもなかったか……」

 馬車ごと戻ってきていない……?

 何か事故にでもあったのか……いや、事故ならカノープス領からレオニス領に行くまでの街道で何かしら痕跡があるはずだ。それをアルカイド様達が見落とすとは思えない。

 そうなると……何か事件に巻き込まれた、と考えるのが妥当だけど……そうなると手かがりがなければ探しようがないだろう。


「……レオニス邸には何も来ていないのですか?」

 誘拐の類いであれば何かしらの要求があるはず……と思ったが、アルカイド様は首を横に振った。

「少なくとも今のところは何もないんだ」

「だったら僕も捜索に加わります。……あと、アリア様にもご協力をお願いしましょう。アリア様ならエルナトさんの居場所を特定出来るかもしれません」

 索敵魔法の範囲は判らないが、アリア様なら魔王の力を持っているエルナトさんを見つける事が出来る可能性は高い。

 それを伝えれば「判った」と言って、連れて来ていた方に指示を出す。その方が馬に乗って走り去るのを見送った後、アルカイド様は僕へ向き直った。

「……とりあえず、他の場所を当たってみる。もしどこか心当たりがあれば、すまないがそちらを探してみて欲しい」

「判りました」

 去って行くアルカイド様に一礼をして、すぐに出発しようと家の中に入ろうとした時。……遠くの方でキィキィ、と高い鳴き声がした。

「…………?」

 聞き慣れない鳴き声に耳をすませば、それに混じって複数の羽音もする。……これって……。

 聞こえた方角の空をじっと目を凝らして見る。……今日は新月で月の光がないから暗くて見辛いが……遠くからこちらに向い、黒い影がうっすらと複数見えた。──蝙蝠だ。

 どうやら一匹の蝙蝠を複数の蝙蝠が襲っているようだった。僕はすぐに家の中に入り、妹の名前を呼ぶ。


「……レダ! すまない! 弓を持って玄関に来てくれ!」

 そう言いながら居間へ向かい、壁に掛けてあったロングソードを手に取って玄関へ戻った。

 流石に距離があり過ぎて、近接武器主体の僕では手が出せない……が、逆にレダは弓が得意だ。申し訳ないが手を借りよう。

「兄様、どうしました?」

 小走りで駆け寄って来たレダは弓矢を抱えてこちらを見上げる。僕は蝙蝠の群れを指差しながら妹へ声をかけた。

「こっちに向かって来る蝙蝠を撃ち落として欲しいんだ。襲っている方の蝙蝠ならどれでも良い」

「え?」

 その言葉にレダは目を細めて遠くを見て──それから。

「よく判りませんがやってみます」

 目を細めたまま、弓を構えてぐっと弦を引き絞る。

「……いけそう?」

「待って下さい。飛んでる上に暗すぎて照準が合わせ難くて……」

 じっと目を凝らしながら細かく矢の位置を調整している。そうしている間にも一匹の蝙蝠は複数の蝙蝠から攻撃を受けていて今にも墜落しそうだ。

「……そこっ!」

 声と同時にレダは引き絞った弦から手を離して──放たれた矢は一直線に飛んでいき、一匹の蝙蝠を撃ち落とす。

 仲間がやられたのに気付き、残った蝙蝠達はこちらに向かって勢いよく飛んできた。

「有難う、レダ。助かった。屋敷の中に入ってて」

「はい」

 短く返事をしたレダは踵を返して屋敷の中に入り、すぐに扉を閉めて。僕はそれを横目で確認してから向かって来る蝙蝠達へ剣を向けた。


 ……蝙蝠は全部で三匹。

 まずは最初に向かってきた一匹を刀身で叩き落とし、足で踏み付けて動きを封じる。

 その場で剣を反し、突っ込んできた蝙蝠の胴体を剣で突き刺して──そのまま最後の一匹の翼を剣先で薙ぎ切り落とした。

 片翼で飛べなくなり、地面に落ちてバタバタと暴れている蝙蝠は一旦放置して。

 踏み付けていた蝙蝠をひと突きし、動かなくなったのを確認してから、刀身に刺さっていた蝙蝠を振り落とした後。地面で暴れている蝙蝠に止めを刺した。

「…………」

 蝙蝠の死骸を確認してから顔を上げて空を見る。

 襲われていた蝙蝠はふらふらと不安定に飛びながらも、ゆっくりこちらに向かって降りてきたが……その途中で木の枝に打つかり、バランスを崩して地面に落下した。

「おっと」

 ちょっと慌ててそちらに向かい、来ていたシャツを脱いで、それを使って落ちた蝙蝠を拾い上げる。

 蝙蝠はシャツの中で弱々しく鳴きながら飛ぼうとしていたが、あちこち傷だらけで飛ぶ力があまりないのは明らかだった。

「何で襲われてたかは知らないが、大人しくしてろ」

 そう声をかければ、蝙蝠は返事をするように「キィ……」と鳴いた後、縮こまって翼を畳む。こっちの言ってる事が判るみたいだ。

 ……ただ、翼は畳んだものの。蝙蝠は僕を見上げて小さく鳴き続けていた。


 何だろう? と蝙蝠を見ていたが……ふと、考えに思い当たって。

「……お前、もしかしてエルナトさんの居場所を知ってたり……する?」

 試しに質問をしてみたら、蝙蝠は途端に鳴きながらバタバタと翼をはためかせた。

「ちょっと待って」

 シャツごと蝙蝠を一度地面に置き、僕は急ぎ足で屋敷に戻る。

「あっ、兄様」

 玄関では弓を抱えたままのレダが立っていた。

「レダ、外に蝙蝠の死骸があるけど後で処理するから触らないように。それと僕は少し出掛ける。父上達に伝えておいて」

「……判りました」

 早口で言った言葉に頷く妹を確認して、自分の部屋に戻り。蝙蝠の血がついた剣を丸ごと布でぐるぐる巻きにしてから部屋の隅に置いた。消毒は後でやろう。今は……。

 上着を羽織り、壁に掛けてあった自分のレイピアを手に取って部屋を出た後。そのまま玄関を抜け馬屋から一頭連れ出して蝙蝠の所へ向かう。


 ……蝙蝠は僕を見てまた「キィ」と小さく鳴いた。シャツごと抱き上げ、馬に跨がった後で蝙蝠に視線を落とす。

「怪我してるところ申し訳ないけど……案内をお願い出来るかな」

 その言葉に蝙蝠は翼をはためかせ、よたよたとしてはいるが飛び始めた。

「……無理させてごめんね」

 謝罪に対して蝙蝠は一声鳴いた後、ゆっくり先導するように飛んで行く。

「…………」

 僕は一回深呼吸をして。飛んで行く蝙蝠の後を追って出発した。

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