第54話
「…………」
アリア様が入って来たのを見て、エルナトさんが気恥ずかしそうに僕から距離を取る。……ちぇっ。
「とりあえずパンとスープを持ってきましたけど……これだけ置いて話はまた後にします?」
「……いえ。ボクは一旦顔を洗ってくるので出直します。……失礼致します」
アリア様の言葉に対して頭を下げながらそう言い、エルナトさんは足早に部屋を出て行った。
「すみません、邪魔しちゃいましたね」
「大丈夫ですよ。食事を持って来て頂いて有難うございます」
申し訳なさそうな顔をするアリア様に対し、僕は食事のトレイを受け取ってお礼を言う。『出直す』って事は戻ってくるだろうし……アリア様の話も聞いておきたいからね。
温かいスープを少し飲み、お腹の具合を確かめながらアリア様へ顔を向けた。
「それはそうと、あの後どうなったんですか?」
「…………」
僕の問いかけにアリア様は椅子に腰掛けながらちらりと上を見る。……ドラーガナに何か確認してるのかな。そう思っている間にアリア様は視線を僕に戻した。
「先程言ったようにあのヴァンパイアは私とベテル様で討伐しました。学院に入る前に二人とも対魔王用のスキルを取得して最大まで上げていたので、あのヴァンパイア相手でも対応出来たんです」
アリア様はそこで一度口を閉じた後、小さく息をついてから言葉を続ける。
「……ここからは個人都合の言い訳というか……まぁ、説明になりますけど。私がこの世界の人間でない事は最初の頃にドラーガナとの会話を聞かれちゃったのでご存知だと思いますが……私はここに来る前、この世界で起こる出来事を物語として知っていました。学院の間の二年間……どんな行動を取るかで結末が変わる物語です」
「……物語……」
アリア様の言葉をオウム返しに呟く。
……それって、ここにいる僕等は何なんだろ。虚構って事なのかな。
僕が考えている事が判ったのか、アリア様は小さく笑って「違いますよ」と首を横に振った。
「私からするとこの世界は『物語の中の世界』でしたが、私みたいに物語を認知している多くの人によって……私のいた次元とは別のところで、実際に存在する世界として確立しました。そこにドラーガナに喚ばれた私が外からやってきただけ。この世界でいる人達は皆ちゃんと生きていて、私の知っている物語が終わっても世界は続きます」
「……そうですか」
「はい」
ホッと息をつけば、アリア様はふわりと微笑む。
「……私の知っている物語では話の転機に当たる『シリウス君がエルナトに魔王の力を奪われて死ぬ』というのが何をやっても回避出来なくて……。そもそも物語では魔王の力を手に入れたエルナトをパートナーと倒す事で英雄になり、混乱を治めるという流れでした。ドラーガナが私を喚んだ理由も『混乱している国を治める』だったので……物語が始まる前に国を治めてしまえばその出来事が起こらないんじゃないかと思ったんです」
……あ、何となくだけど、ちょっと判ってきた。
「夢で僕に『学院に行くな』と言っていたのって、もしかして……」
「はい。ベテル様の協力をもらって国を前倒しで治めはしましたが、念には念をと思って……意味無かったですけど」
「すみません」
流石に素直に謝った。
「……でも早く動き過ぎたせいか、それぞれの役割が変わった上で結局イベントが起こってしまって……終わって振り返ってみれば力を奪われる立ち位置がエルナトさん、ラスボス……力を奪うのがあのヴァンパイアになって。シリウス君を助けるどころかエルナトさんまで危険な目に合わせてしまいました。本当にすみません」
「……それは僕じゃなくてエルナトさんに言って下さい」
深く頭を下げてくるアリア様へそう言えば彼女は困ったような笑みを返してくる。
「エルナトさんにも伝えたんですけど……同じように『それはシリウスに伝えて下さい』と言われたんです」
「……あ……それは失礼しました」
「いえ、謝らなくて良いですよ。元を正せば私の行動が原因だと思いますから」
自嘲気味に笑ったあと、アリア様は椅子から立ち上がった。
「でもこれで『私の物語』に区切りがついて、それぞれの物語がようやく……ちゃんとした形で始まります。……シリウス君を死なせずにそれを迎えられて良かったです」
そう言って笑うアリア様の顔は聖女ではなく……年相応の女の子の顔だった。
「今日はこれで失礼します。ゆっくり休んで下さいね」
「……はい。有難うございます」
僕の返事を聞いてはにかんだように笑い、アリア様は深々と一礼して部屋を出て行った。
……一人になり、天井を見上げて物思いにふける。
ぼんやりしているところにドアをノックする音が耳に入り、僕はそちらに顔を向けた。
「……入っていいか?」
伺うようなエルナトさんの声。
僕が「どうぞ」と返事をすれば、ゆっくりドアを開けてエルナトさんが部屋に入ってきた。まだ腫れぼったい目をしていたけど、さっきよりは大分落ち着いている。
近くに来たエルナトさんをベッドの縁に座らせると、そのままこちらに身を寄せ腕の中におさまった。
「……食事はまだ途中?」
横に置かれたトレイを見ながらエルナトさんが呟きをもらす。
「そうですけど……ちょっと眠くなってきたので残りはまた後にします」
「……そう」
一度僕にギュッとしがみついた後、すぐに離れようとするのでそれを押し留めた。
「……寝るんじゃないのか」
こちらを見上げてくるエルナトさんに対して、僕はヘラッと笑う。
「寝ようとは思ってますけど、離したくはないので……一緒に寝てくれません?」
「…………」
その言葉にエルナトさんはじっと僕を見て──それから自身の額を僕の胸に押し当てた。
「変な事しないなら、良いよ」
「…………出来ればどこからがアウトなのか聞いておきたいんですけど」
「お前……まぁいいや。首から上と手、あと背中以外は触るの禁止」
……絶妙なラインで禁止してくるなー……。
普通に抱きしめるくらいなら背中に触れられれば問題ないけど……あ、でも……そうか。首から上が良いって事は……。
ちょっとだけ体を離し、頬に手を当てて撫でる。
くすぐったそうにしてはいるけど嫌がってはいない。そのまま唇を落としてキスした後、引き寄せてお互い横になった。
「…………」
エルナトさんが背中に腕を回してくっついてくる。
「……えーと、エルナトさん。さっき禁止されたところ触れちゃってるんですけど」
「お前が触るの禁止なだけで、触れるの禁止とは言ってない」
後付の言い訳してきた。
屁理屈だ、と言ったら少し楽しそうに笑ってくれたから別にいいけど。
……触れた部分のぬくもりが心地良くて、ギュッと抱きしめ返しながら目を閉じる。
「……おやすみ」
腕の中から聞こえた声に、僕は少し目を開けて──
「……おやすみなさい」
それだけ言って、また目を閉じた。
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